第14話 エマの夢

 正面上のモニターに写し出された時間制限タイムリミットがゼロになると九尾の狐ナインテイルは変形をとき、人型にもどり膝をたてた姿勢で座り込んだ。

 コクピットの内の電源も切れ、薄暗くなる。

「これより休眠スリープモードに入ります」

 タマモがそう言い、すべてのモニターが暗くなった。

 腕と背中に接続されていた極細の毛も座席の中に収納された。

 九尾の狐は完全に停止した。


 エマは手探りで鍵をにぎり、引く抜く。

 するとコクピットのハッチが開き、外の景色が肉眼で確認できた。

 周囲は破壊されたジャッカルや装甲車の残骸だらけであった。

 九尾の狐によって破壊され、殺されたものたちの死体だらけであった。

 もし生き残りがいればエマは対処することができなかったであろう。

 だが、そうはならなかった。

 この荒野で生きているのはエマ一人であったからだ。


 エマは誰もいないことをいいことにパイロットスーツのチャックをへその下まで下ろした。

 形のいい豊かな胸と白い腹部があらわになる。

 汗だらけで火照った体に外気に冷たい風があたり心地よかった。

 彼女は座席に深くこしかけ、目をつむった。

 緊張から解き放たれたことと初めて獣鬼兵を操縦したことによる疲労からエマはすぐに眠りに落ちた。


 

 エマは眠りのなか、夢を見た。

 目の前には物心つくころになくなったサラが立っていた。

 サラは腕をのばし、エマを抱きしめた。

 エマは幼いときの姿にもどっていた。

 小さな彼女はサラの腕の中にいた。

 サラの体温がとても暖かい。

 それはかすかに残る母の記憶であった。

「よくやったね、エマ」

 そういい、ザラザラの手でエマの頭をなでた。

 それは長い戦場生活で荒れすぎた手であった。

 エマはその固い手が嫌いではなかった。

 むしろ好きであった。

 その手に抱かれると安心するのであった。

 もう二度と会うことはない母の記憶と感触であった。

「あの機体は人間の本能を表にだすものだ。とても危険なものだ。けどねそれだけ力が強い。エマ、おまえならきっと使いこなせるよ。私は自分の娘を信じてるからね。その力でおまえの守りたいものを守ってやるんだ。安心しな、きっとおまえには私と同じようないい仲間ができるはずだ。おまえは一人じゃない。仲間を信じればきっとこれからのことも乗り切れるはずだ。がんばるんだよ、エマ……」

 そう言い、サラは力強くエマを抱きしめた。

 エマも両手をのばし、サラの体に抱きついた。サラの豊かな胸に顔をうずめた。



 冷たい手がエマの頬にふれる。

「エマ、エマ」

 彼女の名前を呼ぶ声がするので彼女は目を覚ました。

 もう外は薄暗く、時刻は夜の玄関に立っていた。

 エマは目をあけるとにこやかに笑みを浮かべるベレッタの顔があった。

 その横にはピーターがいた。

 ピーターはエマのあられもない姿を見て、頬を赤くして顔を横にむけた。

「ああ、おはよう。ベレッタさん」

 うーんと背をのばし、エマは言った。

「もうすっかり夜だけどね」

 ベレッタは言った。

「リナは、リナはどうなったのですか」

 彼女はもっとも大事な義妹のことをベレッタに聞いた。

「ああ、無事だよ。予想外な味方ができてね。リナをはじめ、誘拐された少女たちは無事だよ。それに男爵の私兵たちは皆、逃げたか死んじまったよ。初陣にしてはたいした戦果だ。さすがはサラ旅団長の娘だ」

 そう言い、ベレッタはエマの赤毛の頭をなでた。

 エマは誉められて悪い気はしなかった。

「さあ、街に帰ろう」

 ベレッタは言った。

「ええ、でも疲れててうまく動けないの。ねえピーター、おんぶしてくれないかしら」

 エマは言った。

 ベレッタは肘でピーターの体をつつく。

「わ、わかったよ……」

 ピーターはどこか緊張の面持ちで言った。

 エマは座席から立ち上がり、ピーターの背中に抱きついた。

 ピーターは背中に感じるエマの乳房の柔らかな感触に緊張と興奮を覚えた。

 エマは両手をのばし、ピーターの首に手をまわす。

 エマの熱い吐息をピーターは頬に感じた。

「ほら、ピーター。もっとお尻をしっかりおさえてくれないとバランスが悪いわよ」

 エマは言った。

 背中に抱きついているがどうにも居心地が悪い。

「で、でも……」

 ピーターは躊躇した。

「遠慮なんかしなくていいよ。昔はよくおんぶしてくれたじゃない」

 エマは言った。

「そ、それは昔の話だよ」

 ピーターは言う。

「昔も今も関係ないわ」

 エマはさらに強くピーターの首に抱きついた。

 エマの汗でしめった頬がピーターの頬にふれあった。

「わ、わかったよ」

 しぶしぶピーターは両手をエマのお尻にまわし、固定した。

 エマの張りのあるお尻のさわり心地は最高であった。


 ベレッタの助けをえながら、ピーターとエマは九尾の狐を降りた。


 降りてきたエマたちに走って駆け寄る人物がいる。

 黒髪の可憐な少女リナであった。

「お姉ちゃん、ありがとうありがとう」

 リナはそう言い、エマたちに抱きついた。

 彼女の白い頬には涙が流れていた。


 リナたちは織物工のヤンにによって牢から解放され、ギュンターが運転する輸送用のトラックでここまできたという。

 他の少女とベレッタとピーターもそれに同乗した。

 ここにブレーメン自警団となる最初期の団員メンバーがそろった。

 すなわち九尾の狐のエマ、黒真珠の娘リナ、泣き虫バード、肉屋のピーター、織物工のヤン、会計係のギュンターの六名である。





 




 

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