第13話 織物工のヤン

 ガープの街の北側にある織物工場で働く少年にヤンという名の人物がいる。

 ベレッタがこの街にやってきたときちょうど十六歳になる。エマやピーターより一つ年上の砂色の髪をした少年であった。

 彼にはさらに一つ年上の姉がいた。

 彼女がいうには自分は美人ではないのでハーゼル男爵の人拐いにあうことはないだろうと笑っていた。しかしヤン少年からみると姉は十分に美人であり、いつ誘拐されてもしかたがないという心配が常に頭の中にあった。

 織物工のヤンはその他にも悩みや怒りを持っていた。

 それはこの街に住んでいる者なら誰しもがもっているものであった。

 度重なる徴税に娘までさらわれる。

 集められた税金は決して街の発展に使われることはなく、ハーゼル男爵の贅沢な生活に使われるのである。そして足らなくなるとまた何かしらの税金がかせられる。しかも少女たちはいつ拐われるかもしれないという恐怖に悩まされていた。

 どうにかしなければいけない。

 ヤンはそう考えるが、自らの無力さにいつも思いしらされていた。

 そんな彼には趣味とよばれるものがあった。

 時間を見つけては街の地下に縦横無尽に張り巡らされた道を探検することであった。

 そしてある日彼はみつけたのである。

 この地下道に決して開けられることがない部屋があるということだ。

 そしてさらに彼はみつけたのだ。

 この地下道はあのハーゼル男爵が拠点とするボートワス砦につながっているのである。

 彼はこの地下道を使い、度々、ボートワス砦に潜入を試みた。

 潜入はあっさり成功したのでヤンは肩すかしを食らった気持ちになった。

 男爵の部下たちはまるで砦を見張ることに意識がなかった。

 彼らにしてみれば砦を見張るなどという仕事はこれ以上ないつまらないものであったからだ。

 気をつけなくてはいけないのはつば広帽の片目の男であった。

 あの男だけは見つかれば即死になると思わせるほどの殺気を身にまとっていた。

 ただ、その片目の男が砦の周囲を巡回するなどということはめったになかった。

 そしてヤンはいつものように地下道に入っているとあの決して開けることができなかったあの部屋が開いたのである。

 赤い髪の少女と金髪の少年、それに背の高い革の上下を着た女性がその部屋に入ったかと思うと獣鬼兵で飛び出していったのだ。

 驚いたヤンはすぐにその後を追った。

 追ったがものすごいスピードのため追い付くことはできなかった。

 しかし、彼は見た。

 その獣鬼兵が飛んでいく方向を。

 それは間違いなくあのハーゼル男爵が拠るボートワス砦の方向であった。

 ヤンの想像ではあの獣鬼兵はボートワス砦に攻めよろうとしているのだ。

 そしてそれはヤンの予想通りであった。


 ついにこのときが来たのだ。

 ヤンは決心した。

 きっとあの獣鬼兵と男爵一味は戦闘になるだろう。

 ならあの男爵一味に一泡ふかせるチャンスではないか。

 ヤンはかつてしった地下道を通り、ボートワス砦に入った。

 砦の中には男爵の私兵たちは一人もいなかった。

 どうやら私兵たちは外でおこっている戦闘に出払っているようだ。

 あの恐ろしい片目の男もいない。

 ヤンは地下道から砦の地下室に入った。

 彼をさえぎるものは誰もいない。

 ヤンはハーゼル男爵によって連れ去られた少女たちがとらわれているであろう牢を目指した。

 すでに大規模な戦闘が始まっているようだ。

 砦がドンドンと激しく揺れている。

 気を抜けば転んでしまいそうだ。

 

 ヤンが歩いていると彼を呼び止める声があった。

 ヤンは警戒しつつその声の牢に行く。

 そこに薄汚れた服を着た、割れた目がねをかけた男がいた。

「やあ、そこの君、私をここからだしてくれないかね」

 その男は言った。

 声の様子から意外と若いのかもしれない。

「あなたは誰ですか」

 ヤンは訊いた。

 その時、ひときわ大きな破壊音がした。

 どうやらどこかの壁が破壊されたようだ。

「いやあ、外はすごいようだね。私はギュンター。男爵のもとで会計係をしていたんだがね、あの男の不興をかってね。こんな所に閉じ込められたんだ」

 ギュンターは言った。

 

 ヤンはその牢の中の人物をよく見た。

 どうやら嘘はついていないようだ。

「わかったよ」

 ヤンは言い、牢屋の鍵に手をかけた。

 あらかじめ手に入れていた壁にかかった鍵束をその鍵穴にさして、開ける。

 重要な鍵をそのあたりにほっておく警戒心のなさがこの砦の兵士たちの士気の低さを象徴していた。

 カチャリとして鉄格子が開く。

「いやあ、助かったよ。ところで君は?」

 ギュンターは訊いた。

「僕は織物工のヤンだよ」

 ヤンは言った。

「君は捕まっている少女たちを助けたいんだろう。ついてきたまえ」

 ギュンターは言った。


 ギュンターの後をついていくとすぐに十人ほどの少女たちが閉じ込められている牢に到着した。

 その中にひときわ可憐な黒髪の少女がいた。

 ヤンはその美貌に思わず息を飲み込んでしまった。

「た、助けにきました」

 そう言い、ヤンはその牢の鍵をあける。

 ヤンの声を聞いた少女たちは喜びの声をあげた。


「そこにいるのは誰だ!!」

 女性の声が背後から聞こえる。

 ヤンがふりむくとライトを手に持つ背の高い女性と金髪の少年がいた。

 ライトの眩しさにヤンは顔をしかめる。


「ベレッタさん、それにピーター」

 黒髪の美少女が彼女らの名前を呼んだ。

 



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