第12話 ベレッタの作戦
エマがハーゼル男爵と戦闘している方を表側としたらベレッタとピーターは裏側にいた。
エマが表側で派手に戦っていてくれるおかげでベレッタたちはなんの障害もなくここまで来ることができた。
大きな爆発音がする度にピーターはビクッと背中を震えさせた。
彼にとって戦闘なんていうものは初めてのことであり、心臓の鼓動が否応なく速くなった。
エマ、どうか無事でいてくれ。
ピーターは心のなかでそう祈った。
「おうおう、派手にやってくれてるじゃないかい」
どこか嬉しげにベレッタは言った。
彼女は久々に感じる戦場の空気に高揚感を覚えていた。
彼女は背中の軍用リュックからレンガのようなものをとりだすとボートワス砦の壁にとりつけた。
「ベレッタさん、それは何ですか」
ピーターは訊いた。
「こいつはドグ・スターロックが開発したMツー爆薬さ。この砦の壁ぐらいなら粉微塵にすることができるのさ」
ベレッタはそう言い、なにやら複雑な回路を組み立てだした。
なれた手つきでベレッタは爆薬をセットするとそこから距離をとるために離れた。
ピーターも彼女の背に続く。
ベレッタは手に持つ小さなスイッチを押そうとしたが、一陣の疾風が目の前に出現し、彼女の邪魔をした。
風の中から現れたのは
つば広帽の下の片目でベレッタたちを睨んだ。
「やはりどぶねずみは貴様らであったか」
冷たい口調でロシュフォールは言った。
するりとサーベルを抜き放つと彼は構えもとらずにベレッタたちと爆薬の前に立った。
「どぶねずみとはひどいいいかたじゃないか。これでも私は未婚の
ベレッタはそう言い、腰の戦士の銃を引き抜いた。
ピーターは震える手に力をこめ、ぐっとライフルの銃身を握った。
初めて見る
こいつが三十年戦争で共和国軍の兵士たちを恐怖に陥れた存在なのか。
自分たちはこの不気味な男に勝たなくてはいけないのか。
ピーターの心に一抹以上の不安がよぎる。
「心配するな、ピーター。戦力は私たちのほうが上さ」
戦士の銃の銃口をロシュフォールに向け、彼女は言った。
「笑止!!」
ロシュフォールがそう言い、サーベルを一閃させる。
ぎらりとサーベルの根本に埋め込まれた黒水晶が鈍く光る。
「切り刻め、魔剣シルフィーユ」
サーベルの切っ先から疾風が発生し、それが土ぼこりを巻き上げながらベレッタたちを襲う。
もし命中すればベレッタたちは挽き肉になっていただろう。
だが、ベレッタの反射神経のほうがわずかに速い。
「飛ぶよ」
そう叫び、ベレッタはピーターの腰をつかみ、右側にダイブする。
ベレッタはピーターの体を抱きながら、地面を回転する。
ピーターの顔にベレッタの豊かな胸がおしつけられたが、少年はその柔らかさに感動する余裕はなかった。
魔剣シルフィーユから発せられた疾風は誰も傷つけることなく、砦の壁にあたり霧散した。
「ピーター!!どこでもいい、奴の体を撃て!!」
どうにか体勢をととのえ、ピーターはライフルでほとんど狙いを定めることなく引き金を引いた。
ベレッタの言葉に誘発され、彼は引き金を引いたが銃弾はこの魔法騎士に通じないのではという疑問が脳裏によぎった。
彼の考え通り、銃弾はロシュフォールの右肩の直前で停止し、地面に落ちようとしていた。
ベレッタはその様子を姿勢を整えながら、つぶさに見ていた。
今だ。
彼女は心の中で言うと獣の紋章を銃身に刻まれた戦士の銃の引き金を引いた。
その時間はピーターが撃ったライフルの銃弾が弾かれてからわずかに半秒しかたっていない。
ベレッタが発射した銃弾は風の壁にはじかれることなく、ロシュフォールの右肩に命中した。
「ぐふっ」
ロシュフォールは唸ると後ろに半歩下がった。
「なぜだ、なぜこの体を傷つけることができるのだ」
右肩からだらだらと鮮血を垂れ流した。
彼は久しぶりに体に走る痛みに顔を歪ませていた。
ベレッタは戦士の銃を指でくるくると回しながら、ロシュフォールの姿を見た。
「あんたの風の壁は一度展開すると次に展開させるのに約半秒ほどかかるんだ。そこで一度開いたところと同じところを狙えばすむ話さ」
ベレッタは言った。
ベレッタは余裕の表情でいうが、それは至難の技であった。
一発目に撃ったところと寸分たがわずに同じところを撃たなければいけないのだ。
ベレッタの銃の腕前はそれを可能にさせるほどのものだったのだ。
しかし、この作戦は一人では無理であった。
誰かに一度風の壁を展開させてもらう必要があったのだ。
そのためにピーターの役目は重要であったのだ。
右肩から大量の血を流しながらもロシュフォールはなおもサーベルをふりあげた。
このあたりさすがは帝国が誇る魔法騎士の矜持といえた。
サーベルの周囲に小型の台風なみに風が集中する。
この風が完成すれば、ベレッタたちとロシュフォールをふくめて吹き飛ばしかねない。
彼は瞬時に自らの命もかえりみずに勝利を優先させた。
「ピーター!!心臓を狙え!!」
今度は狙いすまし、ピーターはロシュフォールの心臓を狙った。
彼は父親とともに行った猟を思い出した。
父親は言っていた。
雑念を振り払い、自分を銃の一部だと考えるのだ。
その言葉を思い出すと不思議と体から緊張の糸が消えた。
彼は機械のように精密に引き金を引く。
銃弾は的確にロシュフォールの心臓を狙う。
その弾丸は心臓の手前で風の壁にはばまれ、地面に転がった。
そしてそのすぐ後、ベレッタが撃った戦士の銃の弾丸がロシュフォールの心臓に突き刺さった。
ロシュフォールは後ろに倒れ、魔剣シルフィーユは地面を無様に転がった。
ロシュフォールの心臓から噴水のように血が吹き出す。
ベレッタとピーターは魔法騎士のもとにかけよる。
彼の右目から急速に生気が消えていく。
「そうか、貴様が
口から血を吐きながら、ロシュフォールは言った。
「嫌だよ、そんないかつい二つ名は嫌いだね。私は泣き虫バード。サラ団長がつけてくれたその
ベレッタは言った。
「ふん……冥土の土産に教えてやる。あの黒真珠の娘を帝都に送るのだ。あの娘は必ず貴様らのわ、災いの種となるだろう……」
細い声で言うとロシュフォールは息絶えた。
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