第11話 男爵の最後

 オットー・ギム・ハーゼル男爵の目の前で彼にとって悪夢以外のなにものでもない光景が繰り広げられていた。

 彼の自慢の十五体もの四足型機動兵器ジャッカルが謎の白い機体によって次々と撃破されていた。

 最初、その敵は人型をしておりかなりの機動力をほこってはいたものの数の力でおしきれると思っていた。

 事実包囲網は完全に完成されており、数騎は破壊されたもののかなりのダメージをあたえており、最終的には自分たちがかつものと思っていた。

 それがその白い機体が謎の咆哮をあげた後、異常な性能差をみせだし、あっという間に戦力は半分まで減少した。

 その機体は人型であったが、その咆哮のあと九つの尾をもった四足歩行型に変化したかと思うと文字通り目にもとまらぬ早さで味方のジャッカルたちが葬られていった。


「なぜだ、どうなっているのだ」

 彼は部下に返答をもとめた。

 だが返事は帰ってこない。

 部下たちはそれどころではなかったからだ。

 粉微塵に粉砕されていくジャッカルたちを見た歩兵たちは我先に逃げ出していったのだ。

 部下たちにとっても男爵に仕えることによって自らの欲望を叶えるために得られるメリットよりも自らの命のほうを優先させたのだ。

 彼らはハーゼル男爵にたいする忠誠心はかなりとぼしい。

 私兵として住民たちから金銭をしぼりとり、すきかってできるから彼につかえているのであってもっとも大事な命を捨ててまで男爵を守る義理はないのである。

 ハーゼル男爵をまもるジャッカルもすでに彼を含めて四体までに減っていた。


「ハアハアハアハアッ……」

 額に大量の汗をうかばせ、エマは肩で息をしていた。

 すでに歩兵のほとんどは逃げ出しており、残りのジャッカルは四体である。

 モニターに写る残り時間は百八十秒であった。

 残り三分か。

 どうにかなるか。

 彼女の体力も限界に近い。

 九尾の狐ナインテイルを目に見えぬ速さで動かすにはかなりの体力が必要であった。またその動作からくる反動もすさまじく、彼女の体をはげしく傷つけた。

 敵方がしるよしもなかったが、エマの体力がもつかハーゼル男爵らがたえきれるかは紙一重の状態であったのである。

 しかし、もちろんそれに気づかれるわけにはいかない。

 エマは荒々しく肩で顔に浮かぶ大量の汗をぬぐった。

「一気にかたをつけるよ」

 エマは言った。

固有特技ユニークスキルを使用しますか」

 タマモがそう言った。

 そう言えば、獣王のモードはそれぞれの機体ごとに固有特技ユニークスキルというものがあるとのことであった。

 そして九尾の狐ナインテイルの他にも獣王の名をもつものは七騎あるともいっていた。

 九尾の狐以外はどこにあるのだろうか。

 そんな疑問がエマの脳裏をよぎったが今は戦いに勝つことが先決である。

「ああ、なんだって使ってやるよ」

 エマは答えた。

 いったいどのような力があるのだろうか。

 今現在でもすさまじい力を誇っている九尾の狐ナインテイルであったがさらに上の能力が期待できるのはたしかであった。


狐火フォックスファイヤーを発動させます」

 タマモはどこか事務的な声で言った。


「ウオォォッ!!」

 また九尾の狐が吠えた。

 その咆哮は大地をゆらし、空気を切り裂いた。

 九尾の狐の周囲に直径三メートルほどの炎が浮かびあがった。

 巨大な炎の玉は全部で九つであった。

 紅蓮の炎はくるくると回転し、男爵が指揮する残りのジャッカルたちに襲いかかる。

 タマモが狐火フォックスファイヤーと呼んだ灼熱の炎の弾丸は一撃でジャッカルたちを燃やしつくした。

 業火はジャッカルの金属の機体を四分五裂させると誘発し、黒い煙をあげていた。

 だが、一体だけかろうじて動いている機体があった。

 ハーゼル男爵がの操る指揮官用の銀のジャッカルであった。

 さすがに他の機体とは違い、装甲が分厚いものであった。

 性能も他のものと比べればはるかにいいものであった。

 しかし、ハーゼル男爵にとってそれは不幸なことであったかもしれない。

 炎で一瞬にしてやかれていたほうが良かったのかもしれない。

 炎に焼かれたハーゼル男爵の機体は立っているのがやっとであった。

 彼はどうにかしてこの戦場を離脱しようとした。

 操縦桿をはげしく動かすが、ジャッカルは思うように動かない。

 操縦に必要な回路はほとんど焼ききれていたものであったからだ。

「くそ、動け動け動け!!」

 男爵は叫ぶがジャッカルは緩慢な動きをするだけで戦場を離脱するための距離をとることはできない。


 エマはその銀のジャッカルに向かって駆け出した。

 残るはこの男爵が操るものだけだ。

 街を不当に支配し、搾取し、あまつさえ街の娘たちをその欲望のためにさらっていく悪の権化たる男爵が無様にも目のまえで逃げ出そうとしている。

 そしてその動きはとんでもなく遅いものだった。

 エマは正面上の小さな画面を見た。

 残り三十秒となっていた。

 九尾の狐は大きく口を開けると銀のジャッカルの後頭部に噛みついた。

 九尾の狐の鋭い牙はジャッカルの機体をたやすく切り裂き、その中のコクピットにも達した。

 牙の先端はハーゼル男爵の胸を深く突き刺し、背中から牙の先端がつきだした。

 ハーゼル男爵は口から大量の血液を吐き出した。

 まさか平民の小娘にこの誇り高い貴族である自分が殺されるのか。

 その事実を彼は受け入れるしかなかったのである。

「イザベラ様……申し訳ありません。オットーはマクシミリアン様の忘れ形見を見つけたにも関わらずこのような場所で……黒真珠の娘をイザベラ様に……」

 ハーゼル男爵はその言葉を最後に大量の血を吐き、息絶えたのである。


 ハーゼル男爵の最後の言葉をエマは九尾の狐の優秀な集音機能により聞きとっていた。

 やがて残り時間が無くなった九尾の狐は動かなくなった。


 

 




 

 

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