第9話 一対百の戦い

 獣鬼兵という言葉を聞き、ハーゼル男爵は顔を驚愕の色に染めた。

 このような辺境で獣鬼兵という大戦時の兵器の攻撃を受けるとは夢にも思っていなかったからだ。

 だが、彼はすぐに冷静さを取り戻した。

 このあたりは腐っても人の上にたつ者といえるのかもしれない。

「して、その数は?」

 と報告する者に尋ねた。

「い、一体です」

 男は言った。

 その報告を聞き、ハーゼル男爵は不敵な笑みを浮かべた。

「わずか一体か。恐れることはないな」

 そう言い、彼は歩き出す。

「ロシュフォール、その黒真珠の娘を地下牢に閉じ込めておけ。私は狐狩りにいく」

 足早に歩き、ハーゼル男爵は大広間をあとにする。

「御意……」

 ロシュフォールはリナの手をひき、再び地下牢に向かった。

 

 湿った地下牢に他の娘たち同様、リナはまた閉じ込められた。

 だが、彼女には希望があった。

 何者かがこのボートワス砦を襲撃している。

 きっとそれは姉のエマに違いない。

 確証はなかったがリナは確信があった。 

 姉のエマならもしかするとやってくれるにちがいない。

 地下牢に閉じ込められながらもリナの瞳には希望の色が濃くあった。

「ほう、どぶネズミが二匹いるな……」

 虚空を右目だけでみつめ、ロシュフォールは一人つぶやいた。

 リナを地下牢に収容したあと、彼もその場所を離れる。



 すでに十発ほどエマは九尾の狐ナインテイルによる投擲を行っていた。

 砦の壁はあるいはへこみ、あるいは崩れていた。

 エマはハアハアと息をしながら、砦を見ていた。

 かなり派手に暴れたはずだ。

 何かしらの反応があるにちがいない。

 しかし、けっこう体力をつかってしまったな。

 エマは荒れる呼吸を整えながら、砦の様子を凝視する。

 すると砦から大型の四足歩行型の機動兵器が出現した。

 彼らは荒れ地を駆けながら、エマの方に近づいてくる。

 轟音と爆風を撒き散らしながら、彼らはエマが乗る九尾の狐に接近した。

 数はざっと十五機はいる。

 その四足歩行型機動兵器は帝国のほこるジャッカルとよばれるものだ。

 機動力にすぐれ、背中には五十口径のバルカン砲が装備されていた。

 ジャッカルの横や後ろにそれぞれ武装した兵士たちが装甲車両に乗り、エマを包囲しようとしていた。

 ハーゼル男爵は銀色のジャッカルを操り、エマの前に立った。


「私は帝国よりこの地を預かるハーゼル男爵だ。我が領地にこのような暴挙、楽に死ねるとおもうなよ」

 ジャッカルの拡声機能を使い、彼は言った。

 ハーゼル男爵はただの強欲な貴族というだけでなく、獣鬼兵の操縦もかなりのもので幾人もの共和国軍の兵士をあの世に送ったことがある。


 リナを連れ去った張本人でありこのガープの街に圧政をひく男の声を聞き、エマは操縦桿を握る手に力をこめた。

 倒すべき相手が目の前にいる。

 エマは緊張と高揚感で大きく息を吐いた。

「私はエマ・パープルトン。妹を返しなさい、変態男爵!!」

 エマは言い放った。

「ほう、そうか貴様はあの黒真珠の娘の姉か。獣鬼兵一体でなにができるというのだ。おとなしく我がなぐさみものになるというのなら生かしておいてやってもいいぞ……」

 ぐふうっとハーゼル男爵は低く笑う。

 搭乗者が女性だと知り、この男爵はあきらかにその欲望をむき出しにした。

 戦争の狂気と女性への虐待が彼の生存本能であったからだ。


「誰が貴様のものなどになるか!!」

 エマは言い放ち、九尾の狐ナインテイルを走らせた。

 風を切りながら、猛スピードで九尾の狐は荒れた大地を駆ける。


「包囲殲滅せよ」

 男爵は命令した。

 十五体のジャッカルはハーゼル男爵が操る機体を中心に半月陣形をとった。

 ジャッカルたちの横や後ろに歩兵たちも続く。

 よく訓練されたとはけっしていいがたいが、彼らはハーゼル男爵の命令通りに動いた。

 彼らも久々の戦闘に酔っていた。


 ジャッカルの背中のバルカン砲がそれぞれ火を吹く。

 ダンダンダンと発射音が大地に響き、九尾の狐めがけて襲いかかる。

 だがその弾丸たちはむなしく空を裂くだけだった。

 九尾の狐は空高く飛んだ。

 およそ十メートルほどジャンプし、エマは銃弾たちをかわした。

 空中で回転し、着地すると左端のジャッカルめがけてエマは大地を蹴った。

 エマは手刀でジャッカル一体の腹部につきつける。

 手刀は簡単にジャッカルの腹を突き抜け、機械油が血のように吹き出した。

 中身の機械部品が周囲にとびちり、機械油が地面にばらまかれる。

 ジャッカル一体に完勝したが、その隙にべつの二体がエマの背後にまわりこみ、バルカン砲で攻撃した。

 またダンダンダンと背後で発射音がする。

 エマはかわそうと思ったが、手刀をジャッカルに突きつけていて、すぐに抜くことができなかった。

 背中に五十口径バルカン砲の直撃を受け、エマの背中に激痛が走った。

 足にもわずかな痛みが走る。

 足元で歩兵たちが砲撃していたからだ。


「装甲度が八十五パーセントまで低下しました」

 タマモが冷静に現状報告する。


 手刀を抜き、その場からエマはどうにかして離れた。

 なおも執拗にバルカン砲の攻撃が飛来するがエマは何度かジャンプし、その攻撃をかわす。

 背中がジンジンと痛む。

 機体と神経をつなげているため、攻撃を受けるとそのダメージはダイレクトに伝わってくる。その反面、反応速度はとんでもないものであったが細かいダメージは確実にエマの体力を奪っていった。

「くそ、やっぱり多勢に無勢か」

 そういいながら、エマは接近したジャッカル一体を蹴り飛ばす。

 ジャッカルは顔を砕かれ、後方に吹き飛ぶ。

 装甲車と歩兵の何人かを道ずれにそのジャッカルは動かなくなった。

 しかし、またもやその隙に別のジャッカルが左足首に噛みついた。

「うっ!!」

 痛みが足首に走る。

 敵は九尾の狐の得意の機動力を奪いにきたのだ。

 右足でそのジャッカルを蹴り、エマはさらに横に飛ぶ。

 着地したときに左足首に痛みが走る。

「ハアッハアッハアッ……」

 エマは大きく喘ぎ、顔に大量の汗が浮かぶ。

「な、なにか手はないのか」

 エマは一人言った。

 苦戦に間違いない。

 このまま一体一体相手にしていたら、きりがない。

 どうしたらいい。

 勝つためにはどうしたら?


獣王ビーストキングモードを発動させますか?」

  そうタマモが提案した。

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