第8話 男爵の思惑
薄暗い地下牢にリナは閉じ込められていた。
空気は湿っていて、かび臭かった。
自分の他にも十人ほどの同世代の少女たちが一緒にそこにいた。
皆、うつむき、これからのことを考え、瞳に涙を浮かべていた。
リナは気丈にも寂しさと悲しさをぐっとこらえていた。
きっと姉のエマがどうにかしてくれるにちがいない。
信頼する姉への希望がギリギリの所で彼女の心を正常にたもっていた。
やがてその牢屋に一人の男がやって来た。
その男はロシュフォールと呼ばれた片目の男であった。
ロシュフォールは冷たい眼光でリナの秀麗な顔を見た。
「男爵閣下がおよびだ」
短くいうとリナの細い手をつかむと牢からつれだした。
リナは抵抗せずに彼にしたがった。
ここで無駄に抵抗しても怪我をするだけだと考えられたからだ。
きっと逃げ出す機会はあるはずだ。
それまで体力は温存すべきだ。
「ほう、抵抗せぬか。いい心がけだ」
ロシュフォールは右目だけでリナを見て、そう言った。
リナはロシュフォールに腕を掴まれながら、ボートワス砦にある大広間につれてこられた。
そこには彼女を連れ去った人相の悪い男たちとかなり身なりの良い男がいた。紺色のゆったりとした服を着たその男は欲望に濁った瞳でリナの愛らしい顔を見た。
この人物こぞガープの街を支配しているハーゼル男爵であった。
貴族らしい端正な顔をしているが、その瞳の汚れた色が彼の貴公子然とした容姿を台無しにしていた。
リナは視線をそらさずにその目を見返した。
ここで泣き叫んでも事態は好転しないし、嗜虐的な趣味をもつハーゼル男爵を喜ばせるだけだと思ったからだ。
「ほう、これはこれは美しい。黒真珠のようではないか」
黒真珠のようとは帝国における女性への賛辞で最高のものであった。
艶のある黒髪の女性にだけに送られる言葉であった。
手をのばし、冷たい手でリナの柔らかな頬をさわる。
リナは噛みついて、その男爵の指を噛みきってやろうとも思ったがロシュフォールに手首をつかまれると体から力が抜けていった。
立っているだけでやっとだ。
「怪我をしたくなければ下手なことはしないほうがいい」
小声でロシュフォールは言った。
その声はリナにだけ聞こえるものであった。
「これはすばらしい。これほどの美しい娘はそうはいない」
下品に舌なめずりし、ハーゼル男爵は言った。
頬をなでていた手をリナの服の襟元に移動させる。
どうにかして抵抗したかったがロシュフォールの不思議な力によって身動きひとつとれなかった。
悔しくて涙がながれそうだったが歯をくいしばり、それだけは我慢した。
涙を流さないことが彼女のプライドを守る必死の抵抗であった
男爵の手が襟元をつかむと乱暴に破り捨てた。
布切れが床に捨てられるとリナのまだ発達途中の胸の膨らみがあらわになった。
その胸の膨らみを見た男爵と周囲の男たちはこれから起きることにその顔を欲望に歪めていた。
帝都に送る前に黒真珠の美少女を自分達の欲望のはけ口にしようというのだ。
助けて、エマお姉ちゃん……。
リナは動かない体で心の中でそう叫ぶのが精一杯であった。
男爵がリナの乳房をその手で鷲掴みにしようとしたした瞬間、ピタリとその手をとめた。
ぐっと顔を近づけて、リナの可愛らしい胸の谷間をのぞきこんだ。
「こ、これは……」
急に神妙な顔になり、ハーゼル男爵はリナの乳房を凝視する。
次にロシュフォールの片目を見た。
「まさかこのような場所にいたとは。バダフシャーン公爵閣下、オットーはどうやら約束をはたせるようです」
オットーとはハーゼル男爵の名であった。
オットー・ギム・ハーゼルというのがこの男爵の正式な名前であった。
「この薔薇の紋様は間違いない……」
ハーゼル男爵は一人真剣な眼差しで言う。
ハーゼル男爵が見ているものはリナの右胸に刻まれている花のようなアザであった。それは幼いときからリナの胸に存在したものだ。
ロシュフォールも右目でそれを見る。
「閣下の見立てに間違いないものと思われます。この紋様は五華選帝公のものに相違ございません」
ロシュフォールも真剣な顔で言った。
「やはりそうか。ロシュフォールよ。このものを帝都におくるまで傷一つつけてはならぬぞ」
伸ばした手をおさめるとハーゼル男爵は言った。
「承知しました」
ロシュフォールは答える。
周囲の荒くれものたちは自分たちの欲望を満たせずに明らかに不満の顔を浮かべたが、ロシュフォールの氷のような眼光でふせがれてしまった。
どうやら自分はどういうわけか傷つかずにすみそうだ。
リナは内心、ほっとしていた。
そして事態はさらに変化する。
轟音とともに砦を地震のようなゆれが襲った。
ドンドンドンと部屋全体がゆれ、立っているのもやっとであった。
「た、大変です!!男爵様!!」
転がるように男爵の部下がその大広間に入ってきた。
「
男は部屋一杯に聞こえる大声で報告した。
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