第6話 獣は空を駆ける

 その感触はエマが生まれて初めて味わうものであった。

 初めての感触であったので他に例えようがなかった。

 両腕から極細の糸のようなものがパイロットスーツの繊維の隙間から侵入し体の皮膚に突き刺さる。

 だが、不思議と痛みはなかった。

 皮膚の中に侵入したその糸はあっという間に体中に広がり、血管や骨の中にもはいってくる。

 その感触はえもいわれぬ心地よさであった。

「あうっ……うふんっ……」

 その全身を愛撫されるような感触にエマの体は勝手に反応し、熱い吐息をもらした。

 糸は神経にまで達し、つながっていく。


「神経接続に成功しました。これより本機九尾の狐ナインテイルの操縦者はサラ・パープルトンからエマ・パープルトンに変更されました」

 タマモの機械的な声がコクピットに広がる。

精神同調サイコクロス完了しました。本機体はこれよりエマ・パープルトンの精神に同調し作動します。現在の同調シンクロ率は九十九パーセントです」

 タマモが説明する。


「はあっ……」

 エマはおおきく息を吐いた。

 画面にはベレッタとピーターが写っている。

 感覚としては大きな服を着ているのに近い。

 ためしに右腕を動かすことを意識すると機体の右腕も時間差なしで動いた。

 これはすごい。

 エマは素直に感心した。

 どうやら難しい操作は必要ないようだ。

 この機体はエマが思った通りに動くのだ。

 あの毛よりも細い座席から生えた糸は機体とエマの体をつなげるもののようだ。

「どうやらうまくいったようだね」

 ベレッタがうれしそうにコクピットの外から話しかける。

 前とは違い、直接耳で聞く感覚に近い。

 聴覚も機体と同化しているようだ。

 外の声がはっきりと聞こえる。

「じゃあ外に出ようかエマ」

 ベレッタが言い、天井を指差す。

 そこは薄い板だけがはられており、すぐに壊してそとにでれそうだ。


 エマは九尾の狐ナインテイルの両腕を床におろす。

 右の手のひらにベレッタが乗り、左の手のひらにピーターが乗る。

「しっかりつかまっていてね」

 エマは言った。

 その声も外にきこえるようだ。

「わかったよ」

 ピーターが手をふり答えた。



 エマは顔を上にむける。

 モニターに写る画面が木製の天井が見える。

 そこにむかって飛び立つイメージを浮かべる。

 九尾の狐をすぐに反応し、飛び立つ。

 天井はあっという間にこわれ、木片が床にばらまかれる。

「うわああっ」

 ピーターが悲鳴に近い歓声をあげる。

「あははっこいつはすごいよ!!」

 ベレッタが少女のようにはしゃいだ声をあげた。

 コクピットの左右正面の三つの画面には一面の青空が広がっていた。

 下をみると遠くにガープの街並みがみえる。

 かなり上空までジャンプしたようだ。

 その感覚は飛行に近い。

 まるで鳥のように空を飛んでいるようだ。

 しかし、実際はジャンプしただけなので機体は徐々に落下していく。


 エマは今度は着地をイメージした。

 九尾の狐は軽やかに地面に舞い降りる。

「本当に思った通りに動くわ」

 エマは心底、感心した。

 いける。

 このロボットなら男爵の私兵なんて恐れることはない。

「エマ、男爵の本拠地はどこかわかるかい」

 ベレッタが声をかける。

 正面画面のさらに上に小さな画面が飛び出る。

 そこには辺り一帯の地図が写し出されていた。

「ええ、わかるわ。ここから約南西二十キロの地点に対戦時に使用されていた砦があるの。男爵はそこを居城がわりに使っているの。たしか名前はボートワス砦っていったかしら」

 エマは言った。

 地図に赤い点滅が浮かぶ。

 どうやら目的地に設定できたようだ。

「よし、じゃあ目指すはそのボートワス砦ね!!」

 ベレッタは言った。

「承知しました。目的地であるボートワス砦までは十五分で到着できます」

 タマモがそう説明した。


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