第4話 母の遺産

 黒騎士ロシュフォールは値踏みするような目でベレッタを見た。

 普通に考えれば剣よりも銃のほうが強いと考えられるが、そうはならないのがかつて共和国軍に恐怖の対象とされた魔法騎士マジックナイトである。

「ほう、その銃身の獣の紋章は音に聞くブレーメン旅団のものだな」

 黒騎士ロシュフォールは言った。

「ああ、そうだよ。私はもとブレーメン旅団のベレッタ・バードさ」

 銃口をロシュフォールにむけ、ベレッタは言った。

「そうか、共和国のあの旅団か。なら相手にとって不足はない」

 ロシュフォールは剣先をベレッタにむけ、一閃させた。

「吠えろ、魔剣シルフィーユ!!」

 一陣の風が舞う。

 それはロシュフォールの剣にあつまり、ベレッタにむけ放たれた。

 当たればベレッタの長身は血みどろになるところであった。

 文字通り髪一重でかわすとベレッタは引き金を引いた。

 火花を放ち銃弾が発射される。

 鎌鼬の風をよけながらの無理な姿勢ながらベレッタの射撃の腕前はさすがのものであった。

 銃弾は的確にロシュフォールの額めがけて飛来する。

 当たれば彼は一撃で死亡するだろう。

 だがそうはならない。

 銃弾は額の寸前でぴたりと止まり、床に落ちた。


 黒騎士ロシュフォールはにやりと笑った。

「精霊の加護を得た魔法騎士の前では戦士の銃の弾丸であっても子供の玩具以下だな」

 ベレッタはその人並み外れた視力で見た。

 彼女の放った弾丸は空気の壁によって弾かれたのだ。

 どうやらこのくそったれの敵は風を自由自在に扱うようだ。

 彼らが魔法騎士と呼ばれる所以である。

 武器の宝石に宿った精霊や悪魔、神の力を使うことが彼らはできるのである。

 三十年戦争で共和国軍は彼らにかなり苦しめられた。

 魔法騎士はその絶対数が少ないのが唯一の救いであった。

 チッと舌打ちしながらベレッタは引き金を何度も引く。

 弾丸はしかしながら空気の壁によってすべて弾かれた。

「短いがこれで終わりとしよう。なかなかの腕前であったぞ」

 黒騎士ロシュフォールはそう言い、魔剣を縦横に振り抜いた。

 魔剣から発生した十字の疾風はベレッタを襲う。

 彼女はなんとか避けようとしたが、一足おそかった。

 風が彼女と周囲のテーブルや椅子ともども吹き飛ばし、おおきく床に体をうちつけられた。

 頭を強く打ち、彼女は意識を失った。

「ベレッタさん!!」

 最後に聞こえたのは悲鳴に近いリナの声だった。



 それがベレッタの語るリナがさらわれた顛末であった。

「すまない。さすがに魔法騎士には一人では敵わなかった」

 ベレッタはすまなさそうに言った。

「いいえ、でもどうしよう。どうしたらリナを取り戻せるかしら」

 眉をよせ、エマは思案している。

 だが答えはでない。

 今の彼女たちはあまりにも無力であった。

 リナを取り戻すには男爵がかかえる百人あまりの私兵と魔法騎士、それに大戦末期に使用されたという兵器を相手にしなければいけない。

 しかもそれほど時間は残されていない。

 ロシュフォールは貴重な黒髪の少女を帝都の貴族のもとに送るといっていた。

 そうすることによって多額の報酬をえられるのであろう。

 黒髪の美少女というのはそれほど貴重な存在であるからだ。

「水、ありがとう」

 空になったコップをピーターに返すと彼の肩に手を乗せベレッタは立ち上がった。

 はだけたシャツの隙間からベレッタの豊かな胸の谷間が見えたのでピーターは人知れず顔を赤くした。

 乱れた衣服をただし、体についたほこりや瓦礫の破片をベレッタは払うとエマに笑顔をむけた。

「心配いらないよ。まさかこんなに早く使うことになると思わなかったが、とっておきのがあるんだよ」

 ベレッタはエマの首にかかる金の鍵をそっとなでた。

「そ、それはどういうことですか」

 エマは訊く。

「あんたの母さんが残したのがあるんだよ。そいつを使えばやつらに対抗できるさ。さあ、時間がおしい。すぐにいくよ」

 ベレッタはエマの肩を叩いた。

「母さんが残したもの……」

 それはいったいなんなのだろうか。

 ベレッタの口調では男爵の私兵たちに対抗できる代物であるようであったが。

「あ、あの僕も手伝わせてください」

 ピーターが拳をぐっとにぎり、言った。

 その表情は決意のあらわれであった。

 彼なりに好意をよせるエマの役にたちたいと思ったのだろう。

 ベレッタはピーターの金色の頭をなでた。

「いい顔だ。今はひとりでも多くの戦力が欲しい。ついてきな」

 ベレッタは言った。


 ベレッタの話ではエマの母親が残したものがこの黒猫亭の地下にある通路をわたった先にあるという。

 彼女のいう通り一階の食料などを保管している地下室からさらに下に通じる梯子があった。

 ベレッタはその梯子を降り、さらにその下の通路に降りた。

 狭い通路で空気は湿り、ほこりっぽかった。

 もう何年も空気がいれかわっていないと思われた。

 ベレッタは革のジャンバーから取り出したライトで道を照らしながら前に進んでいく。

 十五分ほど歩くとと大きな扉の前にたどり着いた。

「ついたよ」

 ふうっと息をはくとベレッタはライトで扉を照らした。

 扉に鍵穴を照らす。

「そら、そこにその鍵を入れてみな」

 ベレッタの言う通りエマはその鍵穴に金の鍵をいれた。

 カチャリと鍵が開く。


 扉を開くとかなりの広さの部屋が目の前にあらわれた。

 ピーターは思わずおおっ声をもらした。

 壁じゅうにライフルや機関銃、拳銃などが並べられている。

 しかしそれらの武器よりも存在感のあるものがあった。

 部屋の奥に一体の人型のロボットが膝をおり、たたずんでいた。

 純白の機体であった。

 右肩に九本の尾を持つ狐がデザインされた紋様があった。

「こ、これは……」

 ごくりとエマは息を飲んだ。

 これは三十年戦争で使用された兵器である獣鬼兵ビーストウォーリアと呼ばれたものだ。

「こいつがサラ旅団長が使用していた機体九尾の狐ナインテイルだ」

 ベレッタはどこか自慢気に言った。

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