第3話 魔法騎士

 それは過去の記憶であった。

 もう二十年近く前の思い出あった。

 三十年戦争末期、戦争で両親を失ったベレッタ・バードはサラ・パープルトンに拾われ、彼女と行動をともにしていた。

 その日も戦線から帰投したサラは怪我をしていた。

 左腕に銃弾による傷を受けたサラは治療のため旅団の医師であるドグ・スターロックのもとをおとずれていた。

「君はいつも怪我をしてくるね」

 そう言い、ドグは上半身下着姿のサラの左腕を消毒していた。

 そこにサラの帰投をききつけたまだ少女のベレッタがやってきた。

 治療中だというのにベレッタはサラに抱きついた。

「団長、団長また怪我している……」

 両目にいっぱいの涙をためてベレッタは鼻声で言った。

「なんだいこの娘は泣き虫だね」

 そういい、サラはやさしくベレッタの頭をなでる。

 ベレッタはこの瞬間が大好きだった。

 強く優しいサラに頭をなでられると不安や恐怖がどこかにいくのである。

「そうだよ。ベレッタの言うとおりだ。サラ旅団長はいつも怪我ばかりしてくる。もっと自分というものを大事にすべきだね」

 なれた手つきで包帯をまきつけ、ドグは言う。

「なんだい、ドグまで。怪我は女の勲章だよ」

 快活な笑い浮かべ、サラは言った。

 それは懐かしい、もどらない思い出である。



 意識をとりもどしたベレッタは最初、自分を抱く人間をサラだと思った。

 ああ、サラ団長、生きていたんだ。

 思わずまた涙がこぼれそうになる。

 だが、視界がはっきりするとそれがよく似た別人であるのがわかった。

 サラの娘であるエマであった。

 しかしよく似ている。

 とくに赤い髪と意思の強そうな瞳はまさに生き写しであった。

「つっ……」

 意識を取り戻すと痛みもぶり返す。

 頭に鈍い痛みが走る。

 そうだ、私の不手際であのリナをくそったれのやつらにさらわれてしまったのだ。

「すまない、エマ。リナを男爵の一味にさらわれてしまった。まさか一味に魔法騎士マジックナイトがいるとは思わなくてね。泣き虫バード一生の不覚をとってしまったよ」

 ベレッタの言葉を聞き、エマは目に見えて表情を青くさせた。

「そ、そんな……」

 いつも一緒にいる大切なリナがよりによってあの男爵にさらわれてしまうなんて。

 ベレッタを抱く腕がふるふると震えていた。

 どうしよう、どうしよう。

 ほうっておけばあの可愛らしいリナが男爵の毒牙にかかってしまう。

 しかし取り戻すにも男爵には百名以上の私兵をかかえている。さらに大戦末期に使用された兵器をいくつか所有しているという。

 しかもベレッタの話ではその私兵のなかには三十年戦争で勇名をはせた魔法騎士もいるというのだ。



 時はすこしだけさかのぼる。

 エマが買い出しに出かけたあと、ベレッタは一階でコーヒーをのみながら朝のひとときを優雅にすごしていた。

 リナのいれたコーヒーはなかなかのうまさだった。

 戦場でのんだあの泥水みたいなコーヒーとは天と地ほどの差がある。むろんリナのコーヒーのほうが天のほうである。

 しかし、その朝の楽しい時間も騒がしい一団のためぶちこわしになった。

 みるからに人相の悪い男たちが十人ほどあらわれた。

 その一団の中に一際異相をはなつ人物がいた。

 黒いつば広帽に黒いマント。左目は眼帯で塞がれていた。

 腰にはサーベルをぶらさげている。

 彼だけが有象無象の集団の中で一人だけ異質な存在であった。

 狂気と殺気が服を着ている。

 そんな印象をうけた。


 ベレッタは警戒しつつ、そっと腰の拳銃に手をのばす。


「ロシュフォール様、ここがあの宿屋ですぜ」

 人相のわるいスキンヘッドの男が言った。

「ふむ……」

 ロシュフォールと呼ばれた黒マントの男が答えた。

「おい、おまえ。ここに黒い髪の少女はいないか。ずいぶんと綺麗な顔をしている娘だ」

 違う男がベレッタに問う。

 それはおそらくリナのことだろう。

 すなわち街の美少女たちを狩り集めているという男爵の一味に間違いない。

「しらないね。美少女ならここに一人いるけどね」

 コーヒーを一口のみベレッタは減らず口をたたく。

「誰がおまえのような年増のことをいっている!!」

 怒ったスキンヘッドの男がベレッタにつかみかかろうとする。

 年増とよばれたベレッタは怒り心頭、そのスキンヘッドの手をひらりとかわすと顔面にカウンターパンチをおみまいした。

 きれいに顔面にパンチを受けたその男は鼻血を垂れ流しながら、後ろに倒れた。

 その光景を見た一味はあきらかに殺気に包まれた。


「なに、なんの騒ぎなの」

 奥にいたリナがその騒ぎについ顔をだしてしまった。

 ベレッタは舌打ちし、リナの前に立つ。

 あの集団の目的はあきらかにこのみめ麗しい少女に間違いない。

 のこのここの場所にはあらわれてはいけないのに。


「へへへっ、いるじゃないか」

 一味の一人の男が舌なめずりし、言った。


 その表情を見たリナが恐怖で震える。


「リナ、下がってな」

 ベレッタはそういい、拳銃を身構える。


「やはりいたか。しかも噂通り黒髪の娘か。帝都におくれば中央への帰還もまちがいないだろう」

 黒髪の女性は帝国では珍しい存在であった。帝国の上級貴族にはその黒髪の少女だけを集め、自身の欲望のために奉仕させている者がおおくいるとベレッタは聞いたことがある。

 そんなゲス野郎どもへの欲望のはけ口にリナをさせるわけにはいかない。

 ベレッタは銃身を持つ指に力をこめる。


「見たところこの女もそれなりにやるようだ。ここはこの黒騎士ロシュフォールが相手をしてやろう」

 そういい、ロシュフォールは抜刀する。

 彼がもつサーベルの根本には黒水晶がうめこまれていた。

 それがギラリと不気味に輝く。

 ベレッタは昔、このような宝石を埋め込まれた剣を持つものを戦場で見たことがある。

 そのものたちは魔法騎士マジックナイトと呼ばれ、同盟軍兵士から畏怖の対象とされていた。




 

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