第2話 とらわれた妹

 ベレッタの目の前にはじゃがいもとベーコンを炒めたもの、野菜のスープ、スクランブルエッグ、トーストにチーズが並んでいた。

「ほう、こいつはうまそうじゃないか」

 ホークとスプーンを両手に持ち、子供のようにベレッタは舌なめずりした。

 じゃがいもはよく香辛料がきいており、ほくほくしてうまかった。

 これはビールにあうな。

 そう思い、ベレッタはキンキンに冷えたビールを流し込み、ふうっと息を吐いた。

「ところで、どうだい一緒に食べないか」

 時刻はすでに夕刻を過ぎており、食事時だというのにこのレストラン兼宿屋にはベレッタ以外の客はいなかった。

 ならかまわないだろうと彼女は考えたのである。

 エマはちらりとリナのほうを見た。

 リナはこくりとうなずいた。

「それではご一緒させていただきますね」

 そう言い、エマとリナはベレッタの向かいに座った。

 

 この店は見る限り、それほどはやっていない。

 それはこの街に観光や商売で訪れる者が極端に少ないということだろう。

 国境の街なら行商人や交易商でにぎわっていても不思議ではなかったが、統治者であるハーゼル男爵の圧政と乱暴が原因だとエマは語った。

 この店に客として訪れたのはベレッタがかなり久しぶりということであった。

 ベレッタが見る限り、この宿屋は清潔で掃除が行き届いており、料理もなかなかのものだった。特に街の特産物の一つであるビールは極上のものである。

 もっともっと繁盛してもいいというのにそうはならないのはそのハーゼル男爵とやらの罪は深いものだとベレッタは思った。

 それどころか美少女であるリナが隠れてすごさないといけないとは不幸すぎる。

「どうだい、この街をでる気はないかい。その気があるなら私がなんとかしようじゃないか」

 アルコールが入り、気分がよくなったベレッタは言った。

 ただその言葉は本気であった。

 二人が承諾するならこの不景気で治安の悪い街を出て別天地で暮らすのも悪くないと思われた。

 エマの母親には返しきれない恩のあるベレッタである。

 そのためならベレッタはどんなことでもする覚悟はできていた。


 エマはその申し出にすこし考えてから、首を左右にふった。

「その言葉はうれしいけど、私はこの街をこの店を捨てることはできないのです。この店は今は亡きお母さんが残したものだから、私は簡単には捨てたくはないのです」

 それがエマの答えであった。


 写真でしかしらない母が残した大切な店である。エマは現状が厳しいからといってこの店を簡単に捨てる気にはならなかった。

 それにリナとの今の生活もけっこう気にいっているのである。

 エマとリナはこの街を出る気にはなれなかった。


「そうか、そいつは仕方ないね……」

 それはそれで仕方がないだろう。

 だが、せっかくこの街にやってきたのだ。なにかこの姉妹の役にたつことをしようと考えるベレッタであった。


 おおいに飲み食いしたベレッタは部屋で休むことにした。

 部屋の調度品は質素であったがとても清潔であり、エマとリナの仕事ぶりがよくうかがえた。

 熱いシャワーを浴び、髪を乾かしたあと、ベレッタはベッドに横になった。

 旅の疲れが出たのだろう、彼女はすぐに眠りについた。



 翌日、しばらくこの街に滞在するというベレッタのためにエマは買い出しにでかけた。

 肉や野菜、日用品を買いこむとエマは帰路につことした彼女を呼び止めるものがいた。

 肩で息をしながらその少年はエマのところまで駆けてきた。

「ピーター、どうしたの?」

 エマは両手に荷物を持ち、その少年に訊いた。

「追いついてよかったよ、エマ。じつは嫌な噂をきいてさ……」

 ハアハアと息をきらしながら、少年は言った。

 彼の家は肉屋をいとなんでいる。

 ピーターは肉屋に訪れた客からエマの家にかんして嫌な話を聞いたのである。

 この金髪の少年はエマに好意をもっており、いてもたってもおれなくなり店番を抜け出し、エマのあとをおってきたのである。

「噂ってなによ」

 エマは訊いた。

「その客が言うには商会ギルドの一人が借金で首がまわらくなって、リナのことを男爵の手下にしゃべったっていうんだよ」

 その言葉を聞き、エマは悪寒のようなものを感じた。

 当たってほしくない予感を胸にエマは駆け出した。

 肉屋の少年ピーターもそのあとを追う。



 黒猫亭に帰ってきたエマとピーターが見たのは壊された椅子とテーブルが散乱した瓦礫と破片だらけになった無惨な光景であった。

 割れたテーブルの下に頭から血を流したベレッタが倒れていた。

 エマはベレッタのもとにかけより、抱き起こす。

 スカートのポケットからハンカチを取り出したエマは傷口にあてた。

「つっ……」

 意識を取り戻したベレッタは痛みにともなう苦悶の表情を浮かべていた。

 コップに水を入れ、ピーターはベレッタに差し出す。

 ベレッタはそれをごくごくと飲んだ。

「ベレッタさん、これはいったい」

 エマは訊いた。

「すまない、エマ。リナを男爵の一味にさらわれてしまった。まさか一味に魔法騎士マジックナイトがいるとは思わなくてね。泣き虫バード一生の不覚をとってしまったよ」

 エマの腕の中でもっとも聞きたくない言葉を聞いてしまった。


 リナが男爵の手に落ちてしまったのである。

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