ブレーメン旅団の帰還
白鷺雨月
第1話 生き残りとの再会
ベレッタ・バードが国境の街ガープを訪れたのは十一月のある寒い日のことであった。
ベレッタは今年で三十歳になる長身の女性であった。
レザーの上下でそのスタイル抜群の体を包んでいる。
腰には護身用の拳銃をぶら下げている。
この街を女性一人で訪れるにはこの武装では心もとないと思われた。
この街の治安レベルはそれほど悪いということであった。
国境の街ガープは帝国と共和国との国境に位置し、現在は帝国が実効支配しているが元々は共和国に所属していた。
先の三十年戦争時に帝国が侵攻し、そのまま支配されてしまったのだ。
ベレッタがこの街で要件があるのは、黒猫亭というレストラン兼宿屋であった。
街外れにあるその黒猫亭には小さな黒猫の看板がかがげられていた。
「十五年ぶりね」
ベレッタは一人言い、その宿屋に入る。
その宿屋は一階がレストランで二階と三階が宿泊施設になっている。
「いらっしゃいませ」
少女の声がした。
赤い髪の少女であった。
燃える炎のように赤い髪と意思の強そうな濃茶色の瞳が印象的であった。
背が高く、百七十センチメートルはあるベレッタとそう変わらない。
「こんにちは。エマ・パープルトンだね。私はベレッタ・バードさ」
ベレッタは赤い髪の少女にそう名乗った。
「ベレッタさん……」
エマはそう言い、ベレッタの端正な顔を見る。
少し思案し、その顔に笑顔を浮かべた。
「もしかして、母のお知りあいですか」
と尋ねた。
「ああ、そうさ。泣き虫バードだよ」
ベレッタもその顔に笑顔を浮かべる。
「母の昔の仕事の仲間ですよね。お名前は母が亡くなる前に何度か聞いたことがあります」
エマは言った。
「実はね、あんたに会うのは二度目なんだよ。まあ、あんたは産まれたばかりの赤ん坊だったけどね。私が来たのは預かり物を届けにだよ。あんたの母親に十五歳になったら渡してくれって頼まれたのがあってさ」
そう言うとベレッタは革のジャンパーから金色の鍵を取り出した。
それには細い鎖がついていて、ペンダントのようになっていた。
「あんたの母親は私にとっては命の恩人でね。この約束は絶対に護らなければいけないのさ。こうして君に再会できて私はうれしいよ」
ベレッタはその鍵のペンダントをエマの首にかけた。
エマの形のいい胸の上でその鍵はユラユラと揺れた。
「お母さんの形見……」
胸の上で揺れる鍵を撫でながら、エマは言った。
ベレッタは感慨深げにその鍵を撫でるエマをにこやかに見ていた。
よかった、無事に約束をはたせたわ。
一人心の中でそう思っているとベレッタはある視線を感じた。
カウンターの奥から自分を見つめる人物がいる。
「エマ、あの娘は?」
ベレッタは訊いた。
エマはカウンターのほうを振り返る。
「リナ、もう出てきていいわよ。この方はお母さんの友だちだった人だから」
エマのその声を聞き、カウンターの奥からもう一人少女があらわれた。
黒髪の可憐な少女であった。
エマと違い小柄で可愛らしさを具現化したような少女であった。
ベレッタは不思議そうにそのリナと呼ばれた愛らしい少女を見た。
彼女はとびっきりに可愛らしいがエマともベレッタが知るエマの母親サラとも似ていない。
エマは母親に瓜二つであったが。
特にその勝ち気そうな瞳がそっくりであった。
「この娘は妹のリナよ。戦災孤児で母さんがひきとったのよ」
エマが言った。
なるほど、それで顔が似ていないはずだ。
ベレッタは一人納得した。
「リナは見ての通り美人すぎるからね。男爵の目にとまらないように普段は隠れてるのよ」
エマは言った。
ベレッタもこの街を統治しているハーゼル男爵のことは聞き及んでいた。
帝都から派遣されたその男爵はとてつもなく好色で街に住む美少女を見つけてはその毒牙にかけているということであった。
中央から遠く離れた国境の街ガープでハーゼル男爵は自分の欲望のまま、この街を支配しているということであった。
たしかに目の前の黒髪の少女リナは女の自分でも見とれるほど可憐だ。
エマが男爵に見つからないようにかくまっているのはうなずける。
「そうかい。君らも大変だな。ところでここはレストランもしているんだろう。悪いけど長旅で腹が空いていてね。何か食べさせてくれるかな」
ベレッタは言った。
「ええ、もちろんです。久しぶりのお客様ですからね。腕によりをかけてつくりますよ。リナ手伝ってくれるかしら」
エマはそう言うとカウンターの奥のキッチンに向かった。
「ええ、お姉ちゃん」
エマの後をリナはとことことついていった。
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