燻る思い
結論から言ってしまえば、アルルは心を閉し切ることは出来なかった。
塞ぎ込もうとしていたところに、シノアという少女が優しく手を差し伸べてくれたのだ。彼女の、「いつか折れずに続けてきてよかったって思える日が来るよ。だから一緒に頑張ろう」という言葉を信じてみようと思った。
その言葉はすっと心の中に染み込んできて、座り込んでしまいそうだったアルルをもう一度立ち上がらせてくれた。
シノアから言葉をもらってから3年ほどが経った。
いつかここから出られる日が来るのだろうか。彼女から励ましをもらっても、不安は拭いきれない。
アルルは天井付近に付いている格子窓に視線を移した。それは、手を伸ばせば届きそうなほど低く見えるが、それと同時に、本当は存在しているかもわからないくらいに程遠くも感じた。
そこから差し込んでくる光は、アルル達を照らすには力不足で弱々しい。
私はどうしたらいいんだろう?あの光に手を伸ばすべきなのだろうか。それとも、外の世界はアルルの思っているよりずっと危険で、ここでいうことを聞いている方がマシなのだろうか。
工場から出たことのないアルルにとって、外は未知の領域だ。どんな場所で何が待ち受けているかもわからない。そんな場所に危険を顧みてまで手を伸ばす意味はあるのか。
それでも私は......。
気がつけば終業を知らせるベルの音が激しく鳴り響いている。先程まで大きな音を鳴らしていた蒸気の排出音もぴたりと止んだせいか、ベルのけたたましさがより一層際立っている。アルルは顔を上げると、製造を止めた工場を眺めてみた。それは神話に出てくる眠っている猛獣のようで、今にも動き出してこちらに襲いかかってきそうだ
アルルは作業台の端に置いてある、何を拭ったのかもわからないほどに黒ずんだ布切れで手の油を拭うと、重い足取りで歩き始めた。
デラシネの逃避行 @KOUTAKU1019
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