第一〇〇話:とある伊賀忍の供述
豊臣秀吉を暗殺しようとし、千鳥の香炉を盗んだ盗賊、石川五右衛門は、伊賀の百地丹波一門の忍びとして生を受けた。
物心つくときには両親はおらず、師匠である百地丹波を親代わりとして忍びの修行を授けられた。
親がいない子供など伊賀では珍しくないが、五右衛門は子供の時から素行不良児であり、何度叱られ折檻を受けても態度を改めようとしなかった。
そのせいで伊賀忍の中でも高い身体能力を持ち、優れた体術・忍術を修めていても、任務をいくつ遂行しても五右衛門は下忍から昇格することはなかった。
それらのことが彼の性格をねじ曲げ鬱屈させたのか、五右衛門はなんと自分の師である百地丹波の愛妾を無理矢理寝取った。
当然、百地一門からは破門。上層部から処刑されそうになった五右衛門のところへ、とある忍びが秘密裏に接触してきた。
髪も肌も白いその男は、名を才蔵といい、五右衛門と同じ百地一門の忍びであった。
百地丹波の十二番目の息子である彼を、五右衛門は毛嫌いしていた。
白子野郎。目も見えなく日の下で活動できない虚弱な白子が、なんで血筋がはっきりしているというだけで俺より優遇されるんだ? 俺の方が多くの任務を遂行してきたのに。俺の方が年上なのに。俺の方がはるかに強いのに。
『君に最後の
牢の鍵を開けながら、才蔵は笑いながらそう言った。この任務を成功させれば処刑はなくなると。白子野郎のいいなりになるのは癪だが、ここで死ぬのも御免だ。五右衛門は牢を抜け出し、伊賀から出て大坂城へ向かい、豊臣秀吉の寝所へと侵入した。
寝ている秀吉の喉元へ刃を向けたとき、香炉がちりり、ちりりと鳴いた。
九十九神である千鳥の香炉から発せられた音で秀吉は目覚めてしまい、豊臣家の忍び達に五右衛門は捕らわれてしまう。
しかし五右衛門はあきらめなかった。こっそり盗んできた千鳥の香炉を胸に、才蔵の手引きで牢から脱出し、才蔵の用意した身代わりの者達が、大罪人・石川五右衛門とその妻子として釜ゆでの刑に処されたのを尻目に、五右衛門と才蔵達は北上し、一旦山形城城下の七日町に潜伏する。
『全く、駄目なやつだな。仕方ない。挽回の機会を与えよう。これが本当に最後だ。禁術を発現した
才蔵が禁術指定されたとある瞳術を研究していることは、伊賀全体に知れ渡っていた。そして、先日発眼者を出すことに成功したことも。
成功例の朔に、もう一人の発眼者を術の共鳴によって探しだし伊賀へ連れてくるよう刷り込んだが、その刷り込みが発動しなかっただけじゃなく、朔が向こう側に奪われてしまったことに才蔵は焦っていた。伊賀の機密漏洩だけは防がなくてはいけない。
才蔵に命じられたとおり、
月の里の追っ手から逃げて、無事に才蔵達と合流した五右衛門は、言われたとおりに奪われた情報を消してきたことを得意げに報告する。これで俺は無罪放免、里へ戻ることを許される。
『ご苦労様。石川五右衛門』
月夜でにっこりと微笑んだ才蔵は労いの言葉をかけると、次の瞬間、五右衛門の喉元を切り裂こうと短刀を振るう。
『な、なにしやがる!?』
紙一重で攻撃をかわした五右衛門へ、才蔵達は無言で攻撃を仕掛けてくる。それが答えだった。
最初から才蔵は、いや、伊賀は五右衛門を生かしておく気はなかったのだ。秀吉を暗殺させ、禁術の成功体から抽出された情報を削除させたら、五右衛門は用済みとして抹消する。それが子供の頃から素行不良で、師の愛妾を寝取った大罪人・石川五右衛門への伊賀からの処遇であった。
――冗談じゃねえ。
才蔵を除く伊賀忍を全員返り討ちにし、花小路にある女郎屋へと逃げた五右衛門は、煮え立つような怒りで体を熱くさせる。それは伊賀から裏切られ、あまつさえ使い捨てとして殺されそうになったことへの憎悪からであった。
――冗談じゃねえ。俺は殺されない。俺を殺そうとした才蔵や伊賀を許さない。いつか必ずお前達を殺してやる。
袂に手を入れると、千鳥の香炉に指が触れる。この香炉を使って他者の体力と精気を奪い蓄えさせ、俺の糧にする。そうして力をつけて、必ずあいつらへ復讐してやる!
まずはここ七日町の花街で、女どもから精気を奪うとするか。情欲が一番奪いやすいと聞く。女郎達から精気を一滴残らず奪った時、この香炉にはどれだけの力が蓄えられるか楽しみだ。
千鳥の香炉で大麻の練り込まれた香を焚きながら、五右衛門は女郎を貪り抱く。ちりり、という鳥が鳴くような九十九神の悦びの声を聞きながら――
※
※
※
「結局、おまえの行動が全ての原因じゃないか」
月の里の地下牢にて、五右衛門から今までのいきさつを全て聞いたさやと紫月は、呆れたように肩を落とす。
百地丹波といえば伊賀の三大上忍だ。そんな人物の側室を寝取ったら伊賀から追放、または処刑されるのは当たり前のことじゃないか。
「これでわかったろ? 俺は伊賀とはもうなんの関係もねえ。伊賀に、あの才蔵とかいう白子野郎にぜってえ復讐してやりたいんだ。協力してくれよ、禁術のお嬢ちゃんと色黒の兄さんよ」
「気安く呼ぶな。まだお前を完全に信じたわけじゃ無い」
紫月が苛つきながら答える。五右衛門がどうして七日町の女郎達を疲弊させていたのかはわかったが、彼の話していることが全て真実とは限らない。嘘の情報でこちらを撹乱し、里の弱体化を狙っているのかもしれない。
「あんたの話したことが事実として……朔の瞳を元に戻すことは出来るの?」
さやが五右衛門に詰問する。任務に出る前より白濁が少し薄くなったとはいえ、朔は未だに失明したままだ。
「ああ? 傀儡の術で操ったあのガキか? 失明したのか。俺はなにも出来ねえよ」
あっけらかんと言う五右衛門に対し、さやは目を大きくし、次の瞬間には五右衛門を引っ叩いていた。
ぱあん、と頬を叩く乾いた音が牢内に響く。叩かれた五右衛門は目を丸くし、さやは肩を上下させながらき、と五右衛門を睨む。その目にはうっすらと涙の膜が覆っていた。
「あんたら伊賀のせいで、朔は……!」
さやが荒い息のまま前に踏み出し、五右衛門の囚人着の胸ぐらを掴む。そのまま二発目を食らわせようと手を上げたさやを、紫月が静かに止める。
「石川五右衛門。俺たちに受け入れてほしいなら行動で示せ。お前が操った子供が瞳を白濁させ視力を失っている。もし朔の目に視力を戻すことが出来たなら、お前を里にかくまえるよう上に掛け合ってもいい」
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