第七十九話:調査
里長、上役達と四つの党の党首達が集まり、里長の屋敷にて緊急の会合が開かれた。
消去した実行犯と思われる朔は、あれから昏睡状態が続いており、詰問を行える状態ではない。
澄党の党首の
そして里の外で結界を張っていた忍びにより、恐らく七日町の花街で目撃されている大柄な男が、結界ギリギリのところまで近づいていたことが報告されている。
これらの事実から浮かび上がる仮説は、朔が元々伊賀の間者で、月の里に潜入して伊賀に不利な情報を消す任務を受けていた、もしくは大柄な男が伊賀の忍びで、結界の外から朔を操り、天恵眼を通じて白い忍びに関する情報を消させた、の二つの説が考えられる。
前者の朔が伊賀の間者説は、かなりあり得ないと思われた。それは朔の記憶にさやと共に潜入した尋問担当忍が、伊賀の忍びであるような記憶は全く無かったと証言しているからだ。
記憶潜入のとき瑞乃もその場にいたから、朔の記憶が術により捏造されていたり消去されていたりといった不自然な箇所は全く無かった。
信憑性があるのは、やはり後者の大柄な熊のような男が伊賀の忍びで、朔を操って巻物の映像と肖像を消させた"
伊賀の、特に百地一門衆には、他者を操る傀儡の術があると月の里の調査で判明している。対象者の身体のどこかに
傀儡の術の詳細はこれしか解っていないが、朔の場合、大柄な男に里の結界の近くから操られた可能性が高い。
「伊賀の傀儡の術は、結界すら越えて発動されるのか……」
上役の一人がそう呻き、里長や四人の
「しかし、あの朔という子供、里に入れるときに身体を調べましたが、足の銃創と瞳の天恵眼以外に、傀儡の術のような印らしきものは見当たりませんでしたよ?」
風の一族の
神経質そうなその男は医療・薬学に長けており、里に新たなものを迎える場合、彼の率いる医療班が、怪しい術にかけられていないかと里に害をもたらす可能性はないか、そのものを徹底的に調べる。
さやも月の里に来たときには、間者じゃないかどうか医療班に調べられた。天恵眼以外におかしな術がかけられている可能性がないのと、神楽舞を踊りきって里長に認められたので、月の里の忍び候補として正式に迎え入れられた。
「その天恵眼が、実は傀儡の術の印だったのではないか?」
土の一族の
天恵眼が傀儡の術の印という可能性は、この事件が起こってからずっと考えていた。天恵眼は元々伊賀の禁術である。その禁術をかけられた朔が、瞳に印をつけられ、傀儡の術で操られてしまった可能性は大いにありえる。
もし、天恵眼が傀儡の術の印であると仮定するなら、もうひとりの発動者である坂ノ上さやにも印が付けられていることになる。皆その可能性にたどり着き、さやの所属している焔党の党首を凝視する。しかし党首は反対の意を唱える。
「しかし、さやは四年前にこの里に来て以降、傀儡の術が発動したような形跡は一切ない。それどころか天恵眼を用いて、忍具制作班や医療班にて功績をいくつか残しているではないか」
焔党の党首の言葉に、疾風党、磊々党の党首達はぐっと喉をつまらせる。
あらゆる物や人を透視する天恵眼は、他里から奪ってきたり、異国から入手した忍具や道具の構造を丸裸にする。さやは狙撃銃や他の武器・忍具の内部構造をいくつも紙に書いたり口頭で忍具制作班に伝えていた。その結果、新たな忍具が生まれたり、新しい武器を量産できていた。
また、天恵眼は人体の内部の異常を直接診ることも出来る。医療班が患者に問診したり触診して病気や怪我を解明するのに対し、さやは患者の体内を透視し、どの部分がどんな風に異常を起こしているかを瞬時に解ることが出来た。そしてそれを伝えられた医療班は、適切な処置を素早く行えて、結果何人もの命が救われている。
これらの功績はたしかにさやの天恵眼のおかげである。この夏には初任務をこなし、月の里の忍びとして活躍している。天恵眼が印であるなら、四年間も傀儡の術が発動しないのは不自然だ。
しかし、上役の一人が首を振る。
「それはまださやに術が発動していないだけかもしれん。敵国に潜入し情報を入手するには、優秀な功績をあげ、周りの信頼を得るのが基本ではないか。潜入に数年かかるのも忍びにとっては珍しいことではない」
今度は焔党の党首が言葉をつまらせる。火の一族の長としては部下であるさやを信頼したいが、上役の言い分も一理ある。
澄党の党首・瑞乃や他の党の党首達、そして上役達が意見を交わし合う。だが一向に結論がでない。
「このままでは埒が明かぬ。まずは天恵眼が本当に傀儡の術の印なのか、発動者である坂ノ上さやを再び調べよ。そして里に伊賀の間者がいないか、隅々まで徹底的に調査するのだ」
それまで静観していた里長が、初めて口を開く。長の下知に、広間にいる皆は了承し深々と平伏する。
こうして緊急会合は幕を閉じた。
何も知らないさやが召喚されたのは、会合が終わってすぐのことであった。
※
※
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会合の終了後、さやの天恵眼を調べる隊と、里の内偵のための隊が早速組まれた。
さやを調べる隊は、疾風党の医療班と澄党の忍術開発班が中心になって行われる。
実験室に呼び出されたさやは、中にいる忍びの数と、実験器具らしきものが多数用意されていることに少しだけ怯んでしまう。
「里長の命でね、さやちゃんの天恵眼が本当に怪しくないか、伊賀の傀儡の術ていうのの印がどこにもついてないか、徹底的に調べろって」
「は、はあ……」
瑞乃の言葉で、さやは自分が疑われているのを知る。どうやら朔の天恵眼に伊賀の傀儡の術の印が記されて、それで朔は伊賀忍に操られて巻物の映像と肖像を消した可能性が高いらしい。それで同じ天恵眼の持ち主であるさやにも、術の印がつけられていないか調べられるそうだ。
理由はわかったが、自分が疑われているのはショックだった。伊賀のことなど殆ど知らないし、傀儡の術とやらも今聞いた。里を裏切る気などもちろんないし、自分は月の里の忍びだと誇りを持って言えるのに……。
「でも、さやちゃんの身体はこの前隅々まで調べたわよねえ。そこの寝台に、着物を脱いださやちゃんが寝て――」
「きゃあああ!!」
瑞乃の言葉をさやは羞恥の悲鳴で遮る。ほんの十日ほど前、この実験室で瑞乃と二人きりになり、着物を脱ぐよう命じられ、身体のあんなところやそんなところを触られ、さらにあんなことまでされて……
「ううう……」
さやは真っ赤になって顔を覆った。今思い出しても恥ずかしい。あんな辱めをまた受けなきゃいけないのだろうか。
「安心して。今回は裸にはならないから」
瑞乃がにっこりと笑い、寝台に横になるよう促される。まだ不安ではあるが、前回みたいなことは他の忍びもいるから行わないだろう。多分。
寝台に身体を横たえたさやは、頭に脳波を測るための兜と、両手と両足首に金属の輪を付けられ、さらに目元に術式の書かれた布を巻かれた。
「まず、身体と瞳を調べるわね。天恵眼を発動させて」
緊張しながら天恵眼を発動させると、視界いっぱいに布に書かれた術式がぐるぐると回っている。今まで見たことがない光景に戸惑っていると、どうやら寝台の側でさやの天恵眼の状態を
「透視、望遠、発光具合……全て今までの記録と同じ。眼球、網膜、視神経、どこにも術の印は見当たらない……」
結局、さやはその日一日中身体と精神を調べられた。
身体は目視だけではなく、あらゆる状態での脈拍や脳波、体温に血圧、発汗具合まで調べられ、血液まで採取された。おかしな点がないか瑞乃や医療班と忍術開発班の忍びが記録し、精査する。
身体の調査はまだ耐えられたが、精神のは辛かった。
朔に行ったような記憶潜入の術ではないが、さやの表層意識に術がかけられていないか、何人かの忍びがさやの精神と同期し、ほとんど強引に調べられた。
脳の内側の神経を、何人もの手で直接触られているかのような嫌な感覚がさやを襲い、一度目の調査が終わった瞬間、さやは胃の中のものを全て吐いてしまった。それでも精神の調査が中止されることなく、五回以上調べられて傀儡の術や他の術がかけられていないことが判明されて、ようやくさやは解放されたが、調査の副作用でさやはしばらく動くことが出来なかった。
※
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さやの調査と並行して、焔党と磊々党の信頼の置ける忍びで構成された内偵の隊も、里を徹底的に調べ上げていた。
伊賀の間者が潜んでいないか、おかしな動きをしている者はいないか、隊のものはやや乱暴に里の施設や屋敷を隅々まで調べ、少しでも怪しいと思った忍びを尋問していた。
さやの師で従者でもある紫月も、尋問を受けた。内偵隊の忍びは、焔党と磊々党の、里で生まれ育った血筋の確かな忍びが選ばれており、尋問されているのは外から来た客忍ばかりである。
中でもさやを月の里に連れてきた紫月は、誰よりも長く質問攻めにあっていた。
「あの娘と行動していて、なにかおかしな点はなかったか?」
「あるわけがないだろう」
隊員の詰問に、紫月は不機嫌そうに答える。ただでさえ
「あの娘に天恵眼がかけられたとき、お前は傍にいなかったんだよな?」
「何度言わせればわかるんだ。あのとき俺はさや様のお父上、坂ノ上清宗様付きに戻され、お館様から宝刀を託され、さや様を守れと命じられたんだ。三鶴城に戻ったらさや様が目から血を流して倒れていたんだ。全部報告しているだろう」
その後、里長からの命で三鶴城に潜入して白い忍びと戦ったこと、盗賊団にこき使われていた朔を狙撃銃で撃ったこと、記憶潜入の術で見た朔の記憶の中身など、今まで散々報告していることを延々と詰問された。
隊員に舌打ちされながら紫月が解放されたとき、さやの調査が終わったと知らせが来た。しかしさやは精神を探られ、そのせいで寝たきり状態になってしまっていることを知り、紫月は急いでさやが収容された療養所へと向かったのだった。
※
※
※
里の調査は三日間続いたが、伊賀の間者や怪しいものや場所はなかったことが判明した。
さやにも術がかけられている形跡はなかった。となると、やはり結界の外で怪しい動きを見せた大柄な男が伊賀の忍びで、朔の天恵眼に傀儡の術の印がつけられており、男が朔を操り情報を消させた可能性が非常に高くなった。
朔はまだ目覚めていない。同じ療養所の寝台で、さやはやっと動けるようになった身体を起き上がらせて、朔の寝台へと紫月の手を借りて近づいた。
「……朔」
親を殺され、無理やり術をかけられ、盗賊に入れられて、ようやく里に来て解放されたと思ったら、伊賀の忍びに利用されるだなんて。こんな小さな子になんて酷いことを。
朔の天恵眼に傀儡の術を仕込んだのは、あの白い忍びだろう。そして恐らく白い忍びから命じられて朔を操ったのは、七日町から来たであろう大柄な男だ。
騒ぎがあってから七日町の花街への潜入任務は延期されていたが、さやが無実であることが分かり、身体も回復してきたなら、もうすぐお千代達とともに潜入指令が下るだろう。
さやは絶対に伊賀の忍びである大柄な男を捕まえてやる、と、未だに力が入りきらない指で拳を握って決意する。
「……ん、うぅ……」
朔が眉を寄せ、身体をわずかに動かす。さやは驚いて紫月と顔を合わせると、朔はゆっくりとまぶたを開いた。
「……ここ、は……どこ……?」
乾いた唇から出た言葉よりも、さやは朔の瞳を見て絶句した。
何故なら、朔の瞳は白濁して焦点があっていなかったからだ。
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