第六十七話:澄党の党首の実験
水の一族の「
「
凜とした声でさやは告げる。しかし部屋からはなんの反応もない。
「同じく焔党所属、「
そこでようやくがたがた、と物音が聞こえてきて、戸が勢いよく開けられ何人かが飛び出してきた。
と、同時に、紫の煙と鼻をツンと付く刺激臭がさや達を襲った。さやと紫月は反射的に鼻と口を押さえる。
「げほげほ……」
紫の煙の向こうから、白衣の女性が咳き込みながら現れた。くりくりとした酷いくせっ毛の小柄な女性は、水の一族の「澄党」の現党首である。
里の四つの一族で、女性の
さやはこの方とは、最終試験を突破し、忍びとしての位を授けられる時に初めて会った。話には聞いていたが本当に女の人なんだ……とさやは同じ女として尊敬の念を抱いた。
その後、忍術開発班での天恵眼の実験などで水の一族と関わってきたが、澄党の党首と会ったのは二回ほど。しかしその二度とも遠くから見たり、実験の成果の確認のために実験室に来たところで会っただけで、口をきいたことなどない。
「これで六十三回目の失敗か」
党首が眠たそうな目で呟く。一体何の実験をしていたんだ? とさやは不思議に思い小屋の中を覗いたが、
「あの、ご党首……」
「やはり湿度が原因か? いや、配合に問題が……」
「とう……」
「保存状況は間違っていなかった。ならばまだ不純物が残っているということなのかしら?」
「澄党の党首様!」
顎に手を当てブツブツと呟いていた党首は、さやの大声で初めてこちらを向いた。とろんとした瞳が、さや達を見て細くなる。さやと紫月は
「焔党所属・「
「ああ、誰かと思えば千里眼のさやちゃんじゃないの」
党首が少しだけ声を高くして言う。こちらの事を知っていてくれたのは嬉しいが、さやは自分に付けられた“千里眼のさや”という二つ名に微妙な気持ちを抱いている。
紫月が“金剛力のひのえ”、お千代が“百面相のお千代”という風に、何かに優れている忍びには二つ名が付けられる事が多い。さやにもいつの間にか“千里眼のさや”などという二つ名が付けられたが、天恵眼は最大で
「ん~? そっちの子は、確か同じ天恵眼の発動者だっけ? そういえばうちの党で尋問しろって上役が言ってたな」
「あの! そのことでお願いしたいことが!」
重たそうな瞼をしばたたかせ、党首はさやの顔を見る。党首だけではなく、医療班や忍具制作班、忍術開発班の班員達がさやに注目する。さやは緊張しながら、「わ、私に、この子の尋問を担当させてください」と言った。
一瞬、党首のみならず他の忍び達は何を言われたか分からずぽかんとしたが、次の瞬間には「なにを言ってるんだ」とさやを叱責する声が上がる。
「お前は「戊」の忍びだろ? 記憶潜入の術などやったことがあるのか?」
「……座学で習いました。実践はしたことありません」
失笑が辺りに満ちる。澄党の党首は横を向きながらくせっ毛を指でいじっている。興味がない、というように。
「き、記憶潜入の術は、被験者に絶大な負荷がかかると聞いております。この子にそんな術をかけたら無事では済まないのではないでしょうか?」
「ふうん。千里眼ちゃんはうちの一族の尋問担当より、自分の方が上手くやれると、そう言いたいんだあ?」
党首が間延びした声でさやに問う。声音こそ穏やかだが、自分の一族を軽んじるようなさやの傲慢ともとれる発言に、不快感を露わにしている。
顔を青くしながら、さやは「ち、違います! 私は……」と弁明しようとするが、党首と、周りの忍びの敵意のこもった視線に気圧され、言葉を失ってしまう。
「ご党首」
それまで黙っていた紫月が静かに口を開く。
「澄党の皆様の術の練度については、こちらもよく分かっております。ただ、天恵眼というのは未知の代物です。発動したこの二人には、なにか共通する部分があるはずです。同じ発動者のほうが、負荷も比較的少なく記憶を抽出出来るかもしれません」
真っ青になったさやの肩に手を置いて、紫月は淡々と述べる。水の一族の忍び達は、まだ不快そうに眉をひそめているが、党首はさやと紫月をじっと見ている。真意を探るように。
車椅子に乗せられた子供は、何も発することなく
「ひのえ君と千里眼ちゃんが言いたいのは、この子の苦しむ姿を見たくない、だから自分達が、てことでしょう?」
党首の図星を付いた問いかけに、「いや、それは……」と言葉を濁す紫月に対し、さやは「はい、そうです!」と勢い良く返事をする。その返事を聞いて、党首の目が大きくなる。
「この子は両親を殺され、無理矢理攫われて術をかけられ、盗賊達に虐げられていました。お願いします。この子をこれ以上苦しませないでください。酷いことしないでください。この子が助かるなら、私、何だってします」
全く論理的でない、感情を爆発させた幼稚なさやの言い分に、周りの忍び達はやれやれと呆れたように肩を竦める。紫月も困ったように頭を抱えている。
だが車椅子の子供と党首は、頭を地面にこすりつけているさやを真剣に見ている。
(でも、それじゃあ面白くないわね)
党首はにんまりと笑いながら、地面に頭をつけているさやを無理矢理上に向かせ、両手でむにむにとほっぺたをいじる。党首のいきなりの奇行に、さやだけではなく、紫月や他の忍び達も困惑している。
「何でもする、て確かに言ったよね?」
さやの弾力のある肌を餅のようにむにーと摘まみながら党首は問う。ほっぺたをつままれたさやは「ふ、ふぁい……」と肯定する。ほっぺたが痛いよう。
「これは面白い
やっとさやのほっぺたから手を離した党首は怪しげに微笑み、「じゃあ千里眼ちゃん、こっちにいらっしゃい」と実験室の戸を開けて手招きする。
「……私は千里眼ちゃんじゃなくて、坂ノ上さやです」
まだヒリヒリする頬を押さえながら反論するさやを軽く受け流し、「じゃあ、さやちゃんだけ入って。他の子は入っちゃ駄目よ」と片目を瞑りながら紫月達に言い、党首は実験室の戸を閉めた。
※
※
※
実験室で党首と二人きりになったさやは、小屋の中は意外と広いな、と感じた。
卓に散らかっていた薬品や実験器具を棚へと片付け、党首は「さやちゃん」と真剣な声で話しかけてきた。
「あたし、前からさやちゃんに興味があったのよね。色々と隅々まで調べて見たいなって。覚悟はよろしい?」
一体何をされるのか不安だったが、私から言い出したことだ。さやは拳を握って「はい」と返した。
「良い返事ね。それじゃあ……」
党首は奥の方にある寝台を叩きながら、「着物脱いで、ここに横になって」とにっこりと笑った。
「……え?」
※
※
※
一方その頃。実験室の外では、紫月や他の忍びが戸に近づいて耳をそばだてていた。
先ほどの党首の様子からいって、怒っているわけではないだろう。むしろ何か悪戯を思いついたかのような、怪しげな瞳だった。嫌な予感がした紫月は、小屋の中の音を注意深く聞く。
『……んな……はずかし……』
『ほらあ、力を抜かなくちゃ駄目よ』
女二人の声が聞こえてきた。さやと澄党の党首で間違いないが、何を話しているんだ?
『いや、それは……』『じゃあ、ここ』『い、いや』『恥ずかしがり屋さんなのね』『ひゃん!』『次はここね』『ひゃい! くすぐったい!』
明らかに怪しげな会話に、紫月は思わず戸に耳をくっつける。他にも興味をもった男達が我先にと戸にヤモリのように群がってきたが、紫月は蝿を追っ払うかのように彼らを戸から剥がした。
『だ、だめ!』
『そんなとこ触っちゃらめえええええ!!』
「!」
さやの艶っぽい悲鳴を聞き、紫月は戸を開けようとしたが、鍵がかかっているのか術をかけられているのか、びくともしなかった。
こんな時、自分に天恵眼が発眼していたらと切に願う。天恵眼なら中の様子を透視出来るのに。
「そうだ! 坊主! 中の様子を見られるか!?」
紫月に問われ、もう一人の天恵眼発動者である子供は、目を光らせて実験室を透視する。
しかし子供は顔を真っ赤にしてもじもじし始めた。
「おい! なにが見えた?」
「いや……あの……女の人が、えっと……」
そこまで言うと、子供は茹で蛸のように真っ赤になり、顔を覆う。その様子を見て、中で良からぬことが起きていると紫月や他の忍びはごくりと生唾を飲み込む。
――一体、この小屋の中でなにをしているんだ!?
※
※
※
そうして悶々と待っていると、やっと実験室の戸が開く。
そこには、満面の笑みを浮かべた澄党の党首と、顔を手で覆ったさやが立っていた。
「いや~充実したわ」
すっきりとした様子の党首とは対照的に、さやは顔を真っ赤にして小刻みに震えている。
――まさか、あんなところまで触られるとは……
――しかもあんなことやそんなことまでされて、あれやあれを採取されるとは……
「さや様、なにをされたんです?」
紫月の顔がまともに見られない。あんなところのあれまで採取されたなんて言えない……
「は……辱められた……」
さやは顔を覆ったままいやいやと頭を振った。なにやらけしからんことが行われたらしいと知り、紫月や他の忍びは妄想がはかどってしまう。
「いやねえ、ただ天恵眼の発動者のあらゆる検体を採取しただけよ」
党首が満足げに容器をかざす。その検体は血液や髪ではなさそうだ。一体、身体のどこからなにを採取したんだ!?
何でもすると言ったさやは、本当になんでもされてしまいがっくりと項垂れる。
しかしこれで約束を果たしたさやは、言い分が認められ、子供への記憶潜入を許可されたのだった。
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