第二十七話:紫月VS白い忍び
紫月のクナイが弧を描いて白い忍びを切り裂こうとする。
しかし白い忍びは上体を反らして回避し、そのまま胴を一ひねりさせ、その反動で蹴りを繰り出す。
紫月は咄嗟に腕で防御するが、鋭い蹴りは紫月の身体を横へと吹っ飛ばした。
襖を破り、寝所へと飛ばされた紫月は、受け身をとりすぐに体勢を整える。すると
「やはり、影武者か」
簾から出てきた忍びの男を見ながら紫月はごちる。あれだけ襖の外で騒いでいたのに寝ている城主なんて不自然だ。最初からここに城主はいなかった。自分の侵入がばれたからなのか、それとも初めから寝所を別の所へと移していたのか、今となってはどうでもいい。問題は、この局面をどう乗り切るかだ。
横から白い忍びが短刀で斬りつけてくるのをかがんで避け、前からもう一人の忍びの拳が顔面に飛んでくるのを横に避けて、忍びの腕を絡み取る。そして紫月は忍びの男に裏拳で顔面を殴打し、更に白い忍びの攻撃を男の身体を盾にし
白い忍びの短刀が男に深く刺さる。男が苦悶に顔を歪めているところに紫月の激しい蹴りが腹に入り、男と白い忍びは二人とも吹っ飛ぶ。鳩尾につま先を入れられた男は気絶し、男の身体ごと衝撃を受けた白い忍びは、口元に垂れたよだれを拭きながら笑みを浮かべた。
「……へえ、君、強いね」
果心居士越しに、さやに禁術をかけた白い忍びのことは既に聞いていた。恐らく伊賀の忍びであろうそいつは、月の里でも風の噂でその存在は知られていた。
髪も肌も白い忍びは容貌だけで目立つ。伊賀の白蛇神だの、夜にだけ咲く月下美人だの言われていたが、目撃情報は皆無だった。白い忍びが生きているのかさえ不明だったが、さやの話で実在することが分かった。しかし状況が状況だったために、彼女の記憶が正しいものなのか疑問であり、錯乱して見間違えただけかもしれないかと思っていたが、今、こうして紫月の目の前で、髪も肌も白い忍びが立っている。
性別さえ不明だったが、先ほどの声と手と足の形と大きさから見て、痩せ型の長身な男であると分かる。年齢は自分と同じくらいか、もう少し若いか……
そこまで考えたところで、白い忍びは掌底突きを繰り出してくる。掌底は紫月のクナイを床に落とさせ、さらにもう一方の手先は紫月の目を狙い突いてきたが、紫月は手でそれをいなして、左足を相手の右脇腹目がけて蹴る。白い忍びは僅かに横へと移動しただけで、痛がる素振りも見せなくすぐに手刀を繰り出してくる。
確実に肝臓に当たったはずだ。普通なら激痛で動けない。感触からして鎧を着込んではなさそうだ。たとえ
繰り出される手刀を躱しながら、紫月は白い忍びの顎に肘を当てる。ごり、と顎の骨が砕けるのを感じると、白い忍びは一瞬動きを止める。紫月はその隙に寝所から脱出した。
もう少し白い忍びについて調べたかったが、そんな余裕はない。今は一刻も早くここから離脱するのが先だ。
寝所を出て、未だ飼い葉が燃えている
高い塀を乗り越えようとしたとき、ピィーーと笛の音が夜空に響き渡る。すると芦澤家の忍び達が紫月を囲む。人数は、およそ十人。
紫月は一瞬だけ足を止めたが、すぐに目の色を変えて臨戦態勢をとる。
その目は追い詰められたウサギの目、ではなく、獲物を前にした獰猛な獣の目であった。
後ろから飛来する棒手裏剣を、身体を捻って全て躱し、その内の二つを掴み、目の前の二人の忍びの首に突き立てる。首から血を流している忍びの肩を踏み台に、紫月は高く跳躍し塀を越える。残りの忍びは当然後を追ってくる。クナイに忍び刀、
一人の忍びの首を捻り、もう一人も蹴りを食らわせ頭蓋骨をかち割り、相手の手首を捻り多節昆を奪って横に振り、三人の顔面を砕き絶命させる。
残り、三人――紫月の瞳が残忍そうに見開かれる。残りの忍びは怯えの表情を浮かべるが、既にそこは紫月の狩り場と化していた。
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その少し後、白い忍びと、
「賊たった一人に、忍び隊が全滅だと!?」
左腰の刀の柄に触れながら大定は叫ぶ。袖から僅かに見える左手にも火傷の痕がある。
「賊はやはり坂ノ上の残党か!?」
「さあ……そんなことはどうでもいいんだけど……」
白い忍びが大定の言葉に心底興味なさそうに呟く。紫月によって顎を砕かれたはずなのに、彼は平然としている。大定は忍びの襟首を掴み顔を近づけた。
「貴様がついていながらなんて様だ! 殿は無事なんだろうな!?」
「お殿様なら酒かっくらって別室で寝ているよ。それより放してよ。鬱陶しい」
白い忍びは、大定を見下しながら襟首を掴んでいる手を捻り離れさせる。大定は捻られた手首を庇いながら忍びを睨む。痩せた身体のどこにこんな力があるのか。
「それより、あの彼……ひょっとしたら……」
白銀の髪を月明かりで照らしながら、忍びは灰色がかった瞳を細ませ顎に手を当てながらブツブツと何か言っている。大定は不気味そうにその様子を見ていた。
全てが白い忍びは、やがて得心が行ったように瞳を大きくさせる。
「そうか、あいつ……そうだったのか!」
彼は子供のように無邪気な笑顔を浮かべた。まるでずっと探していた玩具を見つけたかのように。
三日月の明かりを浴びながら、白い細面の顔を緩ませ彼は笑い声をあげる。遠巻きに見ていた大定や、厩の消火が終わり駆けつけた部下達は気が触れてしまったかと怪訝そうに眉を寄せる。
伊賀の白い忍びは、夜空へと腕を上げる。日輪の光を受け輝いている月を掴むかのように、白い指はゆっくりと拳を握った。
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追っ手の忍びを全て殺し、三鶴城を脱出し、桜川で紫月は顔についた返り血を拭い、
暫く耳を澄ませたが、新たな追っ手の気配は感じられない。紫月は川の近くに立っている木の根元に埋めて隠してあった
東の空が白み始めている。明るくなれば更に警備が厳しくなる。その前にここから離れなくては。紫月は再び薬売りに変装すると、旧・三鶴領を出て月の里まで歩を進める。
さやの叔父の髪と血は採取出来なかったが、代わりに白い忍びの情報を得た。今までさや以外に目撃されなかった謎の忍びの情報を少しだけだが入手出来た。これなら党首も納得してくれるだろう。
尾行されないよう細心の注意を払いながら、紫月は北上する。
その忍びは「
紫月は監視任務についての詳細を少年に説明し、そして里に残してきたさやの事を聞いた。
少年によれば、さやは禁術についての性能実験を行ったり、髪や血液を提供したり、他にはお千代から里の子供と同じく勉学を受けたり、琴や笛、和歌を詠んだり書道や茶道を習ったりと、女児の教養を教えられているらしい。
ひとまず里側がさやを酷い目に合わせていないと分かり、紫月は胸をなで下ろす。
「お千代様から文を預かっております」
少年は紫月に文を渡すと、頭を下げ、坂ノ上神社へと向かった。
紫月は周りを見渡し、怪しい者がいないか確認すると、そっと文を開いた。僅かに伽羅の匂いが通ってきて、紫月はお千代の人好きしそうな笑顔を思い出す。
そこには、任務についた紫月を心配する旨と、最近のさやについての報告が、綺麗な草書体で書かれていた。大体は少年の言っていた事と同じであったが、最後にこう書いてあった。
『この間の新月の日に、さやさんに初花がきんしたよ』
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