猫の塔、嵐の女王
デッドコピーたこはち
窮奇が見た夢
超高層ビルの屋上に座り込み、闇夜に空中投影された千変万化の
『依頼番号:KR-1389-8567 依頼者:Qiong91 依頼内容:
「やっときた」
私が傭兵互助会のマッチングシステムを通して、自分自身に五千万クレジットの懸賞金をかけてから三時間、やっと
『依頼番号:KR-1389-9103 依頼者:kasha22 依頼内容:
私は、脇においてあった得物を手に取った。私の得物はスフェリコン・アームズの
観測手代わりの高度なAIと観測装置を備え、火器管制を行う銃など山ほどあるが、造形弾頭まで採用しているのはこの銃だけだ。その性能の高さはいままで受けてきた殺しの依頼で証明済みだ。
「さて、やろうか。
法の力の届かないこの街の裏社会にもルールはある。たとえば、傭兵同士での『決闘』の作法だ。まず、自分自身に懸賞金をかけ、決闘したい相手を指名する。相手が決闘に応じるつもりがあるなら、その依頼を受け、同じように自分自身に懸賞金をかけるのだ。こうすることによって、お互いに、先に相手を殺した方が懸賞金を手にできるようになる。
『決闘』は様々な意図で行われる、復讐、売名、興行、
アンチエイジング技術が発達し、いくらでも身体を機械置換できる世の中だ。肉体の老い自体はなんとかできるかもしれない。だが、二十歳で軍に入隊して以来、半世紀以上の間、殺し合いの場に身を置き続けているのは正気の沙汰ではない。都市間戦争終結後、フリーランスの狙撃手となってからも、その高名さゆえに顔も名前も割れているのにも関わらず、問題なく仕事をこなしている。その精神力、実力、幸運。どれをとっても伝説的だ。
だからこそ、私は
狙撃手同士での『決闘』において、もっとも重要な点は相手の居場所を知ることだ。先に相手の居場所を掴んだ方が勝利すると言ってもいい。その点、私は抜かりがない。街中に放ったマイクロドローンの一群が、すでに
マイクロドローンと一部視覚を共有する。ソバージュの白髪頭に、しわだらけの顔、特徴的な鷲鼻。くすんだえんじ色のロングコート。低解像度だが、確かに
サン・ジャックタワーⅡは辺りの200m級高層ビルよりも一段と高い。検索してみると、建築物の高さ制限が緩かったころに建てられたものだかららしい。陣取るには合理的な場所だろうが、目立ちやすいのが仇になったようだ。
私は光学迷彩を起動後、移動を開始した。目指すのは、サン・ジャックタワーⅡ近くのカストディアンビルだ。周辺のビルでは、サン・ジャックタワーⅡに次いで高く、
超高層ビルの屋上から飛んで、また屋上に着地する。ここからだと、地上にいる人々が豆粒のように見える。下界の人間たちは私の存在など知る由もないだろう。
生身の人間を遥かに超えた身体能力は、全身の機械置換によるもの。脳以外の肉をすべて捨て去って、洗練された戦闘機械と化すのは素晴らしい体験だった。無力な
屋上を渡りながら、カストディアンビルまであと100mに迫ったところで、
「ビビらせやがって」
失ったはずの心臓の高鳴りすら錯覚してしまった。冷静になって考えれば、こちらは光学迷彩を使っているのだ、先手を取られるはずがない。しかし、たまたまとはいえ、こちらの方を向かれているのは面倒だ。万一の可能性もある。狙撃位置を変えよう。
そう考えて、狙撃位置の第二候補へ向かい転回する。再度の跳躍のために踏み切った瞬間、
数秒間の跳躍の後、着地姿勢に入ろうとしたとき、胸に衝撃を受けた。
「ぐっ!」
バランスを崩し、高層ビルの屋上へ転がりながら着地する。凄まじい痛み。痛覚をカットする。身体が半ば無意識的に動いて、屋上に設置されている
胸を見ると、短い矢のようなものが胸に突き刺さっていた。胸に刺さった矢を引き抜く。ずっしりと重い。重金属合金か。どうやら矢やボルトの類ではなく、フレシェット弾のようだった。三重の防弾繊維とチタン合金製の胸郭を貫通して、主電源部にまで到達している。驚くべき貫通力。副電源があって助かった。電力を消費し過ぎないように、光学迷彩を停止させる。
「ちくしょう。なんなんだ」
このフレシェット弾は
そもそも、いまも私と
そう考えている間に、
今回の狙撃で、トリックを見破るほかに勝つ道筋はない。私は脳に精神加速剤を投与して、思考を加速させた。
時間の流れがタールのように鈍化する。街灯がチカチカと点滅し出し、空気中の埃の一つ一つの流れを目で追えるようになる。私は拡張されたすべての感覚器を動員して、辺りを警戒した。
初めに捉えたのは、空気のわずかな歪みだった。清涼飲料水の
フレシェット弾は確かに風に流されている。しかし、それによって曲線を描きながらこちらに向かってきている。私は気づいた。
私は頭から横っ飛びに飛んで、迫りくるフレシェット弾を回避した。フレシェット弾は
「いいぞ……」
タネは半分わかった。どうやって、光学迷彩を使用中の私の位置を特定したかは謎だが、もうそんなことはどうでもいい。問題は、どうやって反撃するかだ。
私は立ち上がって、走り始めた。また、超高層ビルの屋上から屋上へと跳躍する。とにかく、射線を通すことだ。でなければ、一方的に撃たれるだけで、話にならない。幸いにして、こちらは
ビルからビルへの跳躍のために踏み切った瞬間、
狙ってくるのなら、このタイミングだとわかっている。空中ならば回避ができない、そういう考えだろう。また、フレシェット弾が横滑りしながらこちらへ飛んでくるのが見える。
私はSp-VC08Sを構えた。瞬時に、フレシェット弾の迎撃に最適な弾丸が印刷される。私は飛来するフレシェット弾の弾道予測コースに銃口を向けて、引き金を引いた。
私の放った弾丸はしばらく飛んだあと自壊し、その破片が散弾のようにフレシェット弾に降り注いだ。フレシェット弾は弾道をずらされ、明後日の方向に飛んでいく。
どんな方法で不規則なビル風を捉えているかは知らないが、曲射するのに都合がいい風が吹くかどうかは運しだいなはずだ。そう連射はできまい。これはチャンスだ。
私は最後の跳躍をした。空中でSp-VC08Sを構える。
私の人生はまだこれからだ。老いたお前を殺して、これから私はもっと良い人生を歩む。お前は生贄だ。死ね。私は生きる。
「くたばれ」
私は引き金を引いた。
周囲に展開した『猫のヒゲ』——総全長300kmに及ぶ60本のナノフィラメント感覚器——が複雑なビル風と周囲の環境の様子をつぶさに伝えてくる。
浮遊している『猫のヒゲ』を格納する。銃身上部に設けたセンサーユニットへ、肉眼では見えないほど細い繊維が吸い込まれていく。右眼窩のターミナルに差し込んだ端子を外して、銃との直結を解く。拡張された感覚と肉体の感覚のギャップで一瞬めまいを感じる。
ガンケースに自分の得物をしまう。ヴェスパ2200。ボルトアクション式、標準のボックスマガジンで装弾数は5発。世にも珍しいフレシェット弾使用の狙撃銃。無理やり増設したセンサーユニットのために、やや不格好になっている。ミワ・オニキス工業が200丁だけつくり、さっぱり売れなかった銃だが、物は使いようだ。
仕事を終えたが、高揚感も安心感も感じない。ただ、自分の欲に負けて、決闘を受けてしまったこと、年端もいかない少女を殺したことへの後悔だけがあった。
そうでなくとも、傭兵稼業に身を置いたものの末路は大抵ろくなものではない。遅かれ早かれ、まともな死に方はしない。だが、
「ああ、また死に損なったな」
私はケースを担いで、屋上を去った。
猫の塔、嵐の女王 デッドコピーたこはち @mizutako8
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