第29話 エピローグ


「そういえば、クロードは老人を追い出したと言っていましたが……。その後老人たちはどこにいったのでしょう……」


 私はふと疑問に思い、それを口に出しました。

 民が暴動を起こしたからといっても、それまでに追放された老人は、すでにどこかにいってしまったのでは?

 組織ニューオーダーズ加盟国にはいられないでしょうから、それ以外の地域を目指して旅立った可能性もあります。

 最悪の場合だと、その道中で……。

 いや、考えるのはやめましょう。


「そうですね、シルヴィアさんの言う通りです。行く当てがなく困っている人がたくさんいるかもしれません」


「それに、クロードの国はもう立て直しが効かないほど混乱しているでしょうから……それに伴って難民が発生してもおかしくありません」


 残念ですが、どうしようもありませんね。

 私はもう組織の人間ではありませんから……。

 私が干渉するのは、難しいでしょう。

 ですがリシアンさんは、思いがけない提案をしました。


「どうでしょうシルヴィアさん。その方々たちを、我々のルキアール王国で受け入れる、というのは」


「えぇ!? でも、リシアンさんはそれでいいんですか?」


「ええ。私はシルヴィアさんに助けてもらいました。だからこそ、私も誰かを救いたい。それは、他の国民たちも同じ思いだと思います。きっと彼らを歓迎しますよ」


 リシアンさんはなんて立派な方なのでしょうか……。

 そういえば、私のかつての恋人――リエリーも彼のような正義感にあふれた人物でした。


「でも、この国にそんな余裕は……」


「それも大丈夫ですよ。シルヴィアさんのおかげで、瘴気がなくなったので、この辺りにはまだまだ利用可能な土地がいくらでもあります。それに、またシルヴィアさんのお力をお借りする事にはなるのですが……きっと、みんなで力を合わせれば、乗り越えられますよ!」


「リシアンさん……そうですね。私も頑張ってみます」


 ということで、難民をルキアール王国で受け入れることになりました。

 そうと決まれば、急いで私の魔法で彼らを探しだし、こちらに転移させましょう。


 転移はものの数週間で終わりました。

 新たに国の領土を広げ、彼らに土地を与え、農作業をしてもらいます。


 ここら一帯は長年の瘴気のせいで、ルキアール王国以外には国がないので、独り占めし放題です。

 老人たち以外にも、今回の件で組織に不満を持った一部の人たちも、受け入れることにしました。


 これからルキアール王国はますます発展していくことでしょう。

 私も楽しみです。


 私とリシアンさんも、力を合わせて上手くやっています。

 彼とは本当によく気が合いますし、なんといっても誠実です。

 クロードなんかと違って、彼には全幅の信頼を置けます。

 そんな忙しくも充実した毎日が過ぎ――。


 ある日のことです。


「シルヴィアさん……ぜひ、私と結婚して……この国をずっと支えていってくれませんか? 私にはもう、あなたなしの人生など考えられない。それはあなたの力だけを見て言っているのではありません。この何か月かを共に過ごしてみて、あなたがかけがえのないパートナーだと思えたのです。互いに信頼し、尊敬しあえる関係を、これからも築いていきたい」


 リシアンさんの急な告白に、私は驚きました。

 いままでにもクロードのように政略的な意味での婚約を持ち掛けてくる人間はいましたが……。

 リシアンさんの目は本気でした。

 彼は私に、心から恋をしてしまっているのでしょう……。


「あの、大変うれしいのですが……。いいんですか? 私、500年も生きているんですよ? おばあちゃんです。こんな年上でも構わないんですか?」


「関係ありませんよ。私の魂が、あなただと言っているのです。それに、こんなに可愛らしいおばあちゃんなら、大歓迎ですよ」


 リシアンさんの手が、私の頬に優しく触れます。

 顔が熱くなっているのが、バレてしまいます……。


 私も、彼と同じ気持ちでした。

 共に過ごす中で、彼に惹かれていったのは事実です。

 ですが――。

 それでも素直にはいと言えない理由がありました。


「私には――リエリーという恋人がいました。もう数百年も昔のことです」


「はい」


 リシアンさんはそれだけ言うと、私の目を見て話を聞いてくれました。

 なにを話しても受け入れてくれる、そんな安心感がありました。


「私はリエリーを、彼女を殺してしまったのです」


「……」


「正確には、そう望んだのは彼女自身でした。私は自分の都合で、彼女を自分と同じ不老不死の身体に変えました。最初の内は、彼女もそれを喜んでくれていました。ですが……長い時間が過ぎるにつれ、彼女は考えを変えていきました」


「そんなことが……」


「最後には、彼女は自死を選びました。もう殺してくれ、もう終わりにしたい。そう言った彼女の顔が、今でも忘れられません……」


 私は、リシアンさんを受け入れて、その後拒絶されることが怖いです。

 また、あの時と同じことを繰り返してしまうのではないかと――。


 ですが、リシアンさんは笑って言いました。


「大丈夫ですよシルヴィアさん。私は、シルヴィアさんと一緒なら、何百年だって生きていたい」


「最初はリエリーもそう言いました。でも、違ったんです。時の流れに、彼女は絶えられなかった。もう、これ以上失うのは嫌です……」


「では、こうするのはどうでしょう――」


 リシアンさんは私を優しく抱きしめました。

 ようやく私は、ともに年を重ねていける相手を見つけたのかもしれない。





 あれから、私とリシアンさんは結婚し、ともに国をおさめていくことになりました。

 多くの国民がそれを祝福し、すべてが上手くいきました。


 あのときリシアンさんが私に言った言葉。


 ――ともに年を重ねましょう。いっしょに、生きて死にましょう。


 その言葉の通り、私は不老不死であることをやめました。

 私の作った魔法で、不老不死になっていたのですから、それをやめることも簡単です。

 

 私はずっと怖かった。

 一人で死ぬのが怖かった。

 だから、不老不死であり続けました。


 でも、リシアンさんの腕の中で、心底安心した私は、思ったのです。

 彼となら、なにも怖くない――と。


 かつて私は恋人を身勝手に不老不死にしてしまったことで、不幸にしてしまいました……。

 それは今でも後悔しています。


 ですが、今度は逆に私が相手に合わせることで、幸せをつかめたような気がします。

 ありがとう、リエリー……。

 ごめんなさい、リエリー……。

 ありがとう、リシアンさん。


■■■

「シルヴィア、せめて……この世界をよろしくね。人間たちはまだまだ未熟だから、災いから守ってあげて……この世界の秩序を……」

■■■


 かつてリエリーは私にそう言いました。

 あれは、どういう意味だったのでしょうか。


 少なくとも、組織ニューオーダーズは失敗だったように思います。


 今のこの国を、ルキアール王国を彼女が見たらどう思うでしょうか……。

 国民全員が、幸せそうに暮らしています。

 これこそが、彼女の理想の国の形だったのかもしれませんね。

 私はリシアンさんと、そしてこの国と出会ったことで、ようやく気付けました。


「見てますか、リエリー。この国は……この世界は、こんなにも美しいです」


 国のはずれの、小高い丘に、リエリーの墓をたてました。

 そこからは、国全体が見渡せ、緑に広がる草原が美しく輝いています。






――Fin.



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隠居した不老不死の大賢者であるエルフ美少女は田舎でスローライフを送りたい~私をBBA呼ばわりして婚約破棄した若い王子がいたらしいけどもう忘れました~世界の秩序が大変?知るかボケ。 月ノみんと@世界樹1巻発売中 @MintoTsukino

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