おまじないと約束

 全身ずぶ濡れかつ泥まみれで満面の笑みを浮かべながら返ってきた快人と倫太郎を見て、母たちは悲鳴を上げた。その反応に2人は顔を見合わせてニヤリと笑う。反省も後悔も見られない2人に母たちの怒号が飛んできた。あまりの剣幕に快人は肩を落として縮こまったが、倫太郎は怯むことなく彼の母と激しく言い争いをしている。その争いは倫太郎の父が参戦することで苛烈さを増し、静かな屋敷は途端に大騒ぎとなった。





 屋敷中に響き渡った倫太郎親子の言い争いは、快人が大きなくしゃみをしたことで中途半端に熱を持て余したまま終了した。


 血相を変えた母たちによって快人と倫太郎は早急に着替えさせられ(倫太郎は屋敷にあった比較的きれいな服を着せられていた)、仏壇のある部屋から動かないよう強く言いつけられた。2人は服や靴の泥を落としにいった母たちを横目に、胡坐をかきながらオレンジジュースを飲んでいた。


「雨すごかったな!」

「どろどろでたのしかった!」

「な! おまえ顔まで泥まみれだったな!」


 ケラケラと笑いながらジュースを飲み干す倫太郎。快人も倫太郎と同じように笑っていたが、不意に”川遊び”のことを思い出し、笑みを消した。


「あ……、川……」

「あーー、川。行けなかったな」

「あそびたかった……」


 沈んだ声でうなだれる快人。倫太郎が不思議そうな声を上げた。


「来年……、でかい法事しばらくないんだっけ? まあ、来年また来て行けばよくね?」


 倫太郎の軽い声に快人がすっと顔を上げる。考えもしなかった提案に目から鱗が落ちた。


「らいねん」

「そ、来年。次は俺も水着持ってくるし、思いっきり遊べるだろ」


 来年もまた倫太郎に会える。


 歯を見せて笑った倫太郎に、光を失った快人の目に輝きが戻った。


「らいねん! 川いこう!」

「おう! 次は雨降らねーように祈っとかないとなー」


 倫太郎の言葉に、快人は『いいこと思いついた!』と言わんばかりに手を上げた。


「おれ、てるてるぼうずつくるよ! 上手なんだ!」


 得意げな快人の背中を倫太郎は楽し気に叩いた。


「頼んだぞ。よく効くやつ作ってくれよな」

「うん! やくそく!」


 2人は小指を絡め、腕を大きく振りながら歌を歌った。

 来年こそは、一緒に。願いを込めて、快人は大きな声で歌を歌った。




**




 外に出るだけで汗が吹き出すほど良く晴れた、”晴れ過ぎ”な8月のある日。快人は自分の部屋から空を見上げていた。雲一つない突き抜けるような青空。絶好の川遊び日和だ。


「快人行くぞー」

「はーい!」


 父の声に大きな返事をして、快人は窓に吊り下げたてるてる坊主を見た。赤い紐が太陽の光を浴びてきらきらと輝いている。


 今日一日、ちゃんと晴れにしとけよ!


 快人はてるてる坊主を軽くはたいてから、元気よく自分の部屋から飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

青空の約束 三上クコ @mikami_kuko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ