雨の中の笑い声

 一面茶色、ほんの少しだけ緑と赤が見える揚げ物ばかりのおかずと、赤、白、オレンジ、黄色のカラフルな寿司のオードブルが大きな机に豪快に置かれ、親戚一同での食事が始まった。快人と青年、倫太郎は隣同士に座って色んな話をした。友達とカブトムシを捕まえたこと、部活のスタメンに選ばれたこと、あるゲームのずっと倒せなかったラスボスをようやく倒したこと、成績が落ちてゲームを禁止されたけど隠れてやっていること。

 この空間で、こうやって誰かと話せることが、快人は嬉しくて嬉しくて仕方なかった。


「あとね、このあと川にいくんだ! りんたろうもいこうよ! 川!」

「お! いいな! 行こうぜ」


 倫太郎の返事に、快人は飛んで立ち上がった。


 倫太郎と遊べる!


 こうしちゃいられないと、快人は皿の上に載っていたハンバーグとサーモンの握りを一気に頬張った。もぐもぐと懸命に顎を動かしつつ、何やら楽しそうに話をしている父の背中を叩く。


「どうしたどうした。おかわりか?」

「川! いこ!」

「……あ"ーー、もう少しゆっくりしてから、な?」


 煮え切らない態度の父に、快人の中で何かが切れる音がした。


「大人しくしてた」

「……してたなぁ」

「やくそくした」

「…………したなぁ」

「川」

「いや、もうちょっとま「か! わ!」わかった! わかったから叩くな!」


 力を込めて何度も強く叩けば、ついに父が両手を上げて降参のポーズを取った。周りの大人たちが大笑いする。快人は満足げに鼻を鳴らし、持ってきた水着に意気揚々と着替え始めた。





 父曰く、川はこの屋敷から歩いて15分ほどの場所にあるらしい。

 水着にTシャツを着た快人は法事のときと変わらず制服姿の倫太郎と手を繋いで、山道を進む父の後ろを歩いていた。倫太郎は水着を持ってきていないら足だけ浸かるらしい。『ずぶ濡れで帰ってこないでよ!』『足”だけ”って言ってんだろ!』と彼の母と言い争いをしていたから、倫太郎と思いっきり遊ぶことはできなさそうだ。それでも、少しでも一緒に遊べることに心が踊った。

 浮つく気持ちのまま軽い足取りで山道を歩いていると、突然、3人に濃い影がかかった。空を見上げると、快人たちがいる山の辺りだけ重たい灰色の雲がかかっている。土の、森の、自然のにおいが強くなった気がした。父が大きな舌打ちをする。


「……こりゃ不味いな。帰るぞ2人とも!」

「なんで!」

「なんでって、」


 悲痛な叫び声を上げる快人。父が快人を説得する暇もなく、その声も思いも、空から降ってきた凄まじい轟音と体が痣だらけになりそうな大きな水滴にあっという間に流されてしまった。ゲリラ豪雨だ。

 あっという間に服の色が変わり、ずっしりと重くなる。


「タイミング悪いな! 足元気を付けろよ!」

「あっははははははは! やべぇ!」


 ただただ上を見上げ大粒の雨に打たれることしかできない快人の手を引いて、倫太郎は楽しそうに踵を返した。水たまりをわざと踏みながら来た道を戻る倫太郎。水が飛び散る力強い音がして、足に冷たい泥がへばりつく。楽譜なんて無視して好き勝手に音を鳴らすピアニストのように、倫太郎は無茶苦茶な動きで楽しそうに泥を飛ばす。2人の服が見る見るうちに茶色に染まっていく。父が制止の声を上げているが、倫太郎は止まらない。大口を開けて笑いながら山道を駆ける倫太郎を見ているうちに、快人は川に行くことも、雨で濡れることも、泥で汚れることも、全てがどうでもよくなってきた。倫太郎に習って、快人も両足で水たまりに飛び込んだ。少し高い水音とぬるりと滑る感触。泥が高く跳ね、2人の頬にべたりと張り付く。2人は顔を見合わせて、大笑いした。


「りんたろう、ぐっちゃぐちゃだね!」

「あっははは! ぐっちゃぐちゃだな!」


 雨が地面を叩き付ける音しか聞こえないはずの世界に、子供の笑い声が2つ、はっきりと響いていた。

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