12オランウータンズ
成亜
12オランウータンズ
XX年前。
███████原子力発電所の爆発事故により、周辺地域一帯は汚染された。
発電所から半径30kmは立ち入りが禁止され、住人たちは移住を余儀なくされる。人間が去り、文明の途絶えたその地はやがて、植物が覆い動物たちが闊歩する野生の楽園となった。
―――――――
地上探査から2週間。
俺は監督官に呼び出され、会議室にいた。
「おはよう、128番。早速だけど、君にはある任務に向かってもらいたいの」
目の前に並んだ監督官、総勢7名。一癖も二癖もあるキレ者たちだ。ああ、勿論皮肉だとも。奴らに俺たちの話は通じない。同じ言葉を使っているはずなのに、まるで会話になったためしがないのだ。
「地上探査の次は宇宙探査でもする気なんですかい」
「ええ、それよりもっと凄いことかもしれないわ」
「これは我々にとって大きな進歩を齎すだろう。その成果は君に掛かっている、成功を祈るよ」
「このような犯罪者崩れに任せていいものかね。いや、だからこそ良いのだろう。わかっているとも」
「あなたの任務は”核のボタン”を押したのは誰なのか。その原因を突き止めること。現状最も疑わしい――――いえ、そうであろう者たちはいるけどね」
原因を突き止めろと言いながら原因は特定済み。嫌な言い回しだ。
「
「ああ、”
「そう。だから、彼らの勝因を調べてほしい。過去に行って、それを止める。あなたに課せられる使命よ」
「過去に行く、か。いつの間にタイムマシーンができていたんだか」
「あなたの知らないところで技術は日々進化しているのよ。きっと、あなたが死んでからもね」
ヒントを寄越せ、過去の地上のことなど知らない。そう言ってみれば、何枚かの写真を見せられた。
例えば、白と黒のスプレーアート。
例えば、『原発廃止』のプラカード。
例えば、観葉植物に彩られた喫茶店。
例えば、多様な明かりに包まれた夜景。
例えば、山に囲まれた緑の建造物。
ヒントになるかならないか、わかりもしない資料写真だった。
いくつかの手続きと、いくつかのサイン。そして『名前』の贈呈式。
油臭い部屋でそれは執り行われ、俺は過去へ送り出された。
―――――――
目覚めればそこは病院のベッドだった。
「おや、お目覚めかい? 128番病床の……えっと、名前なんだっけ?」
「
「あーそうだそうだトールくん」
馴れ馴れしい人だな、と思った。
「僕は
「覚えてない、記憶もさっぱりなんだ」
「ふーん、ま、そういうこともあるよね」
「交通事故とか、まったくわからないが……ところで今は、何年だ?」
「2019年の……7月8日だね。君がここにきてから2日経ってる。随分長いお眠りだったけど、それが? なにか急ぎの用事でもあった?」
「ああ、なんてことだ。半年後じゃないか!」
予定では1か月前に送られるはずだったが、随分と大きな誤差である。これでは調査も満足にできるかわからない。
「半年後? なんのこと?」
わからないのか? わからないか。過去の人間には未知の出来事だ。しかし、俺たちにとっては20年も前の出来事なのだ。
――――半年後、地上は核に穢され、人の住める場所ではなくなる。
「はっはっは、なんだそれ。今時陰謀論? いいね~、流行らないけど僕は好きだよ」
笑って見せた彼は、未来の話にやけに食いついた。
自然化していく都市、朽ちていく文明の跡。地上探査でみた地上の”今”と、地下生活。
過去の彼からすれば御伽噺であろうそれを、実に熱心に聞いていた。……そして、疑わなかった。
――――――――
退院から3か月が過ぎた。
退院後も通院していたがそれも終わり、調査を行う日々。しかし、12オランウータンズなどというものは未だ見つかっていない。
「あれ、畝村さん」
コンビニで缶コーヒーを買い、しゃがみこんで飲んでいると声をかけてきた女性がいた。
「そんな暗い顔してどうしたんですか?」
「笠井先生……いや、ちょっと仕事がうまくいってなくて」
結局のところ。
今日に至るまで進展がないのである。
「12オランウータンズって知ってます?」
「とぅえ……オランウータンズ? なんかの組織? う~ん、なんかそれっぽいのを見たような……あ、そうだ。駅から北東の方のエリア。あの辺、風俗街になってるんだけど、オランウータンの絵を描いたポスターがあったから、それかも」
なぜこの人はそんな場所のポスターを知っているのだろうか。聞いてはいけない気がするので触れないことにして、礼を言って確認に向かった。
果たしてそれはそこにあった。
大きなオランウータンが6時の位置に、そこから円を描くように合計12のオランウータン。古びた雑居ビルの階段に貼られ、ここが事務所だと主張していた。
「あれっ、トールくんじゃん。おひさ~」
「あ、芹さん」
「こんなとこで何してんの~? あ、僕たちのこと気になっちゃった?」
「僕たちって……いや、たまたま目に入っただけだけども。12オランウータンズってなんなんだ?」
「よくぞ聞いてくれました! まずトールくん、君は原発のことどう思ってる?」
「は?」
質問の意図が測りかねる。どうしてわざわざそんなことを? ”未来”で見せられた写真にあったあのプラカードでも関係しているのだろうか。
「んー、わかんないか。じゃあいいや。とりあえずね、僕たちは地球が本来あるべき姿を求めてるんだ」
「本来あるべき姿……」
それはきっと、
「そっか。なら、応援してるよ」
「来てくれれば詳しい説明もできるけど……忙しい?」
「ああ。ちょっと今はゆっくりできないかな」
「おっけー。興味あったら、また来てくれ」
にこやかに手を振る彼に背を向け、密かに抱いていた緊張を解いた。
――――”あるべき姿”? あれが? あの、植物と動物が我が物顔でコンクリートを踏み台にしていく姿が? そんなわけがない。しかし、本当に12オランウータンズが犯人なら、彼の言っていた目的とはそれになる。
そんな悪党であろうか、彼は。疑う価値はあるだろうが、もし12オランウータンズは無関係だとすれば、あらぬ疑いをかけたことになる。
残ったコーヒーを飲み干して、溢れかえったゴミ箱に捨てた。
カランコロンと、缶が転がり落ちた音がした。
――――――――
運命の日まで1週間に迫っていた。
12オランウータンズ。環境保護団体の一つ。人類文明の軌跡を憎み、動物たち自由を与えることを目的とした団体だ。意外なことに全国的に拠点を持ち、会員数は100人程度いるとのことだったが……到底、これが”核のボタン”につながるとは思えなかった。
ならば、誰がそれを押したのか?
そもそも”核のボタン”とはなんなのか?
兵器によるものなのか、発電所によるものなのか。そんなことも地下の人類にはわからなくなっていた。もちろん、その両面を疑って調査にあたったが、一切動向が掴めることはなかった。
予兆がないのだ。
「――区……町にある天ぷら専門店で夕方、火事が発生しました。建物は2階まで全焼、調理中だった男性二人がやけどを負って病院に運ばれました」
他愛もないニュースが流れる。
「続いては速報です。先ほど、~~動物園から動物たちが脱走したと発表がありました。何者かによって檻が壊されており、そこから脱走されたようです。脱走が確認されたのはオランウータンが4頭、チンパンジーが4頭、ライオンが3頭などで、厳密な情報は現在確認中だそうです。現場には環境保護団体『12オランウータンズ』のロゴマークと"WE ARE WINNER!!"の文字が残されており、警察は関連性を捜査しているとのことです」
彼らは遂に動き出したらしい。しかし、俺の目的とは無関係だ。
12オランウータンズはあくまで疑わしかっただけであり、関連が見えなかった今、わざわざ追う意味もない。
――――こうして、俺は失敗した。
翌週、何者かの操作よって原子力発電所が爆発する。放射性物質は周辺一帯に撒き散らされ、これが悲劇のトリガーとなった。
それを目の当たりにしたところで、俺は未来に連れ戻された。
12オランウータンズ 成亜 @dry_891
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。12オランウータンズの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます