2.War Situation

「では早速ですが――」

 そう前置きをして、椎葉少佐は話題を切り替えた。

「お仕事の時間ということで、現在わたしたちが戦っているこの戦争におけるわがくにの現状と、本艦任務の詳細についてご説明しておきますね」

 そう言いながら、なにか操作をしたのだろう――田仲未沙の目の前に、ぼぅ……と黒い球体があらわれた。

 闇色の水晶玉――内に無数の輝点が浮かんでいるのが透けて見える、カチッとした実体をもたない投影図。

 輝点の群れは、ひとつ所に発したものが分岐し、ふたつの帯を形作っている、まるで宝石箱のような虚像。

 恒星間空間を立体的に描画した星図――銀河天球図。

「発端は〈砂痒〉星系」

 椎葉少佐は言った。

 言葉と同時に、黒い球体内部に収められてある輝点のひとつが強く輝く。

「我が国が戦っている敵国、〈USSR〉に宣戦なき奇襲を受け、その地に置かれていた根拠地群は壊滅しました」

 の地が見舞われた悲劇を淡々と告げた。

「次に〈珊瑚界〉宙域」

 煌めく帯がまるく切り取られ、不自然に欠損している奇妙な領域の近傍。

「我が国のサンクチュアリたるこの地に侵入してきた敵艦隊と聯合艦隊機動部隊が交戦し、敵の目論見もくろみを打ち破りました」

 銃後せけんには未だ詳細の語られぬ情報を言う。

「そして〈央路〉星系」

 うっすらと光る帯と帯の間――恒星もまばらな渦状肢間隙に輝点が灯る。

「ご存知の通り、大挙してらいこうしてきた敵軍を我が軍も総力を挙げてようげき完膚かんぷなきまでにこれをせんめつしました」

 これは世におおきく戦捷報道された快事。

「以上が今に至るまでの時点で生起した主な戦闘です」

 銀河天球図内で一際つよく輝く三つの輝点を示して椎葉少佐は田仲未沙に向かってそう言った。

「これらを一繋がりの流れにまとめるならば、無法、かつ卑怯な不意打ちではじまった戦争の流れを押される一方だったものから、何とか敵の勢いをぎ、一息つくところにまでは挽回できた――そういう事になるでしょうか」

 ふ、と軽く吐息し、すこし肩をすくめたそうな物腰で、そうまとめた。

 まるで自分たちの苦労や努力を無価値と思っているようでもあった。

 だからだろう、

 気がつけば、「でも……」という語を未沙が意識せぬまま口にのぼしてしまったのは。

 そして、一旦、思いをかたちにしてしまった以上は、それを中途で立ち消えさせることはできない。

「で、でも、世間では、〈央路〉星系の戦いで、攻めてきた部隊をほぼ全滅に追い込んだから、根をあげた敵が戦争の終結を打診してくるんじゃないかって噂でもちきりですけど……」

 椎葉少佐から言葉の先を促すような感じに見つめられ、飲み込みかけた言葉のつづきをつかえながらも口にせざるを得なかった。

「甘いですね」

 その、願望とおそれからくる楽観的な世論を椎葉少佐はバッサリと切る。

「たしかに〈央路〉星系で勝利をおさめることは出来ましたが、それはこちらに侵攻してきた敵の作戦参加艦艇群を撃滅しただけのことです。〈USSR〉宇宙軍が保有している戦闘航宙艦すべてを破壊したわけではありませんし、それどころか、我が国との戦争を担当しているArea Armyが行動不能に陥ったレベルにも達しない。国力、軍事力の差からして、こちらが完全勝利を目指さなければならないのに対し、向こうは一対一で戦力を等価交換することとなっても構わない。なんなら、藩国軍そのものをすり潰してしまってもよしとするだけの余力があるのです」

 絶望的ともいえる内容をしかし、けっして悲観的ではない口調で告げたのだった。

「そんな……」

 現実の想像以上の厳しさに、未沙は思わず絶句してしまう。

 自国の宇宙軍がおさめた大勝利に浮かれていたつもりはまったく無いが、冷や水を浴びせかけられた気分になっていた。

 そんな彼女に、椎葉少佐はにこりとわらいかける。

「もちろん、だからと言って、負けてやるつもりは毛頭ありませんよ? ただ、この戦争を戦っていくうえで最終的な勝利をおさめるのは非常に難しいし、どういう形になるにせよ、決着するまでには尋常でない時間を要する――そのことを記者のあなたをはじめ銃後の誰もに了解しておいてもらいたい、その心構えをお願いしますと、私が言いたいのはそういうことです。

「そこで現状ですが――」と、そこで「んっ」と喉の調子をととのえ、椎葉少佐は話題はなしをすすめる。

「残念ながら〈USSR〉宇宙軍の主攻正面が果たしてどこであるのかについては未だ確定できるに至っておりません。が、〈央路〉星系会戦以降、の国と我が方の間でもっとも多くの戦闘が生起しているのは、本艦、そして私たちが今いるここ――〈ソロモン〉宙域」

 また操作をくわえたのか、天球図上で該当するエリアなのだろう範囲がひろく、ぼうっと光った。

 先述の、〈珊瑚界〉――渦状肢に不気味な欠損のある宙域から程近い一帯。

〈パノティア〉肢――なかんずく、大倭皇国連邦の主権領域が球形をした虚無に浸食され、光帯がくびれたようになっている、その近傍である。

「我が国東方国境に位置する〈砂痒〉星系に奇襲攻撃をくわえた敵軍は、しかし、その後、こちらのトラップまって〈央路〉星系に誘引され、そして撃滅されました。これら一連の動きから推察すると、敵軍の企図していただろう当初案、その基本戦略は、中央突破――〈イァペタス〉銀河間隙を押し渡って最短距離で皇都直撃を狙うものだったろうと解釈できます」

 ほしむら上に赤く輝くポインターをすべらせラインをひいて、敵の予測進撃路を示してみせた。

「それが変化した」

 息を飲むようにして銀河天球図に見入っている未沙の顔にちらと目をやりながら、椎葉少佐は言った。

「先ほど、『国力、軍事力の差からして、向こうは戦力を一対一の等価交換どころか、こちらに相対している藩国軍そのものをすり潰してしまっても、その優位はゆるがない』と言いましたが、そうした前提があってなお、〈央路〉星系で喫した大敗は敵にとって予想の外だった。短期決戦でおわらせるつもりでいた我が国との戦いを方針転換せざるを得ない程には、衝撃的だったと考えられるのです」

 ポインターを淡く輝いたままの〈南溟〉宙域にスゥッと移動させる。

「これまでこの宙域は、さして重要であると見なされていませんでした。しかし、どうやら敵は、ここに散在する星系の幾つか奪取することで、我が国主権領域の分断をはかろうとしているように見受けられます」

 黒々とした、星もまばらな渦状肢の間――〈イァペタス〉銀河間隙の、〈南溟〉宙域に通じるラインが新たに浮かびあがる。

「もちろん、〈砂痒〉星系→皇都に至る当初の進撃路をすすむに足る兵力を恢復させるまでのそれは時間稼ぎなのかも知れません。しかし、敵がそうした動きをみせる以上、我が軍もこの地でほこをまじえるしかない。寸土たりとも皇国の地をうしなうことのないよう護らなければならない――と、つまりはそれが、この戦争の現状であり、また、本艦が遂行中の任務でもあります」

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『宇宙戦争/撃沈戦記』 第三話/戦艦〈やましろ〉 幸塚良寛 @dabbler

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