エピローグ

エピローグ 未知の世界からの帰還

 ニルアトから無法者の、証しの灯し手をつれてナイアトに戻り、そこで無法者を引き渡したうえでセルル川沿いのトノクアトに向かう。帰りのルートはトイラ土漠を突っ切るルートだ。行きもこれなら早かったはずなのだが、未踏地の調査も兼ねた旅だし、そもそも中央学府の探検部の財力ではトイラ土漠の通行料は片道しか払えないのであった。


 トイラ土漠で象の引く車に揺られながら、俺たち中央学府探検部の面々は、旅の思い出を語っていた。都会育ちのシルベーヌ先輩いわく「修学旅行の帰り道の初等学校の生徒みたい」とのこと。修学旅行ってなんだろうと思って尋ねたら驚かれてしまった。


 思い出すのは食べ物のことや、戦いのこと、土地の風習のこと。


 たのしくそんなことを話す。空を見上げると、まばゆい晴れだ。


「中央学府に帰るの、おっくうだのう」

 と、サザンカ先輩がぼやく。おっくうなのは俺も同じではあるが、なぜです、と訊ねる。


「まぁたスタキスのアホウに『学生をやめて教授になれ』と言われるじゃろ。面倒じゃ」


「サザンカ先輩って前人未踏の四十年生目指してるんでしたっけ」


「そうじゃ。儂はまだ学ぶことがたくさんある。人に教える身分になぞなれぬよ」


 清々しいまでに言い切ると、サザンカ先輩はぐいっと伸びをした。


「シルベーヌ。おぬし随分と日焼けしたのう」

 シルベーヌ先輩ははっと気づいてて鏡を取り出す。確かに旅の始まりを思うと随分日焼けしている。シルベーヌ先輩は顔をしかめて、

「また美容医療のお世話になるしかないわね」と呟いた。


「美容医療?」よく分からないので訊ねると、神都の美容クリニックでは日焼けやシミのできてしまった顔の皮を一枚だけうすーくはがす、という医療があるらしい。聞いた瞬間あまりの恐ろしさにぞわっとした。


「アハハハー白い肌を保つのって大変だねー」

 クオーツ先輩が笑う。クオーツ先輩はもとから褐色の肌なので日焼けは気にならないようだ。


 トイラ土漠を渡り、神都に向かう駅馬車に乗り換えて、俺たちは次第に都会の街並みに吸い込まれていく。すっかり忘れていた、巨大な建物のそびえる神都の風景に、俺は初めて来たときと同じ「都会やべえ」という感覚を味わっていた。


 中央学府の大きな建物が目に入った。駅馬車を降りて運賃を支払い、中央学府の建物に入る。


 門の前にはアルナ先輩と、探検部に入部したときに忠告らしいことを言ってきたスタキス学長が、二人して立っていた。


「おかえり。どうだった? みやげ話、早く聞かせて」


「うむ。楽しかったぞい。わしはグイウ、鬼鯨の心臓の刺身がいちばん旨かった」


「――おい」

 スタキス学長が、サザンカ先輩の肩をぽんと叩く。


「今回の旅で、お前の後輩たちはみんな単位を相当な数落としてる。みな進級は厳しい。どう落とし前をつけるつもりだ」


「そりゃあもう探検部員だからしょうがなかんべ、スタキスよ。学長先生は大変じゃな。探検部はみんな留年上等でやっとるんじゃから単位を取り落としたり進級・卒業できんくても関係なかろ。スタキスのかかわるところではない」


「しかし。優秀な学生をわざわざ危険地帯に送り込むなどあってはならないことではないか」


「お説教はいい。儂らは儂らの活動報告の壁新聞を作らねばならん」


 サザンカ先輩はスタキス学長を振り払って、校舎にのしのしと入っていった。俺たちもそれについていく。


「お、おいっ。サザンカ! いつまでも学生気分で浮かれているわけにはいかんのだぞ!」


「そう言われても、儂は教える立場にはなれん。自ら知る立場でいたいだけじゃよ」

 サザンカ先輩、カッコイイ。俺はそう思った。


 さて、例の探検部部室で、俺たちは地図を転写機でコピーして、村々の位置などを記し、そこではどんな伝説があり、どんなものが食べられ、どんな家に住んでいるのか……というようなことを書き込み始めた。


「へえ……アテルナって海獣なのか。おいしいの?」


「うむ、アテルナの肉は美味であったぞ。ほかにもウルムフという果物が美味じゃった」


「……そういえば、証しの灯し手が追いかけてくる、って話はどうなったんです? 結局、ニルアトで不法を働いてるやつらをやっつけるくらいしかなかったですけど」

 俺がそう訊ねると、アルナ先輩は笑顔で、

「エポリカ火山を目指した証しの灯し手たちは、みんな出発してすぐトイラ土漠の猛烈な砂嵐に巻き込まれて全滅だって」と、恐ろしいことをさらりと言ってのけた。


 みんなで出来上がった地図を眺める。


「今回も素晴らしい旅であったな」


「そうね、ウケーの伝説なんかは新しい知識として、神都に広めるべきだと思うわ」


「てか人生初で口説かれたし」


「……探検部の旅って、いっつもこんなんなんスか?」


「その時々によるのう。今回はいつもより規模の大きな旅じゃったし、普段は前に連れていったほら穴なんかを探検しておるわけじゃし。それは訓練じゃな」


 その時々による、と言われても、今回が初めてだったので結局よく分からないのであった。とにかく探検部は危険を恐れないのだ。


 なかなか無茶をする団体だということが分かったわけであるが。


「地図に書きたいことがいっぱいありすぎて、書いても書いても終わらんな」


「思い出ぎっしりだからしゃーねーべ。ベリル元気かな」


「そんなに気になるなら結婚しちゃえばよかったじゃない」


「やだ! イェルクイの密林、書店ないし! 虫いっぱいいるし! 抗生物質すらないし!」


「えっ、クオーツが旅の途中でだれかと恋仲に?」


「ちょ、アルナまでノッてくんなし! 片想いされてただけ!」

 クオーツ先輩がぶしつけな興味を向けられている間に、俺はふと思い出して、

「サザンカ先輩、エポリカ火山で拾ってきたキラキラのかけらってあります?」

 と、サザンカ先輩に訊ねた。


「おー! 忘れておった! これじゃな!」

 サザンカ先輩が雑にしまっていたが、キラキラのかけらは壊れたりはしていなかった。


「アルナ、これは何か分かるか?」


「うーんと。錬金術の素材になりそうだね。なんだろう――エネルギーが中にこもっている。なんのエネルギーだろう」


 アルナ先輩は、エポリカ火山で拾ってきた結晶をしみじみと眺めまわして、首をひねり、


「これは鍋で煮てみないことにはわからないなあ」と呟いた。ので、探検部の雑然とした部室に、小型の錬成鍋を置き、その物質の解析に当たることになった。アルナ先輩は、錬金術学科を出て院生をしているらしいので、腕前には間違いがないだろう。


「やっぱり高濃度のエネルギーが凝縮されてるように感じるなあ。サンプルが少なくてはっきりとは言えないけれど、鍋に放り込んだ瞬間、鍋内部のエネルギー量がとても大きく上昇した。もしかして……天然の『賢者の石』かもしれない。なんせ微量だから人を不老不死にするほどじゃあないだろうけど」


「て、天然の『賢者の石』?」サザンカ先輩がアホの顔をする。アルナ先輩は頷いて、


「うん。この反応は学部のころいっぺん実習で『賢者の石』を作ろうとしたときと同じだ。あのときは成功した学生はいなくて、結局教授クラスの錬金術師でも『賢者の石』を作るのは難しい、ということでちゃんちゃん、だったんだけど、そのときの途中と反応がそっくりなんだ。これをそのまま『賢者の石』として使えるかは疑問だけど、内部のエネルギーは生命エネルギーなんだと思う」


「……『賢者の石』って、不老不死になるって奴っスよね。あるいは卑金属を黄金に変えるってやつ」


「うん。錬金術の最新の研究でどうにか錬成する方法が確立されたんだけど、不老不死の目的で使うことは、少なくとも神都の文化圏では禁止されてる。卑金属を黄金にするのも、結局『賢者の石』を作るコストを思うとあんまり効率のいいことじゃないんだ。でもそれが、自然界で採取できるってことは、……これは報告しないで秘密にしたほうがいいかも」


 アルナ先輩はすごく悪い顔で笑った。一同、ハハハハハと笑う。


「おぬしも悪よのう、アルナ。しかし……それならあのケットシーの行動も合点がいく。これを薬にするために採取しておったんじゃな」


「あ、あとこんなのもあるっす」


 俺は拾ってきたドラゴンの鱗を取り出した。


「わあ、始祖竜の鱗じゃないか。こんな貴重なもの、どこで手に入れたの?」


「エポリカ火山登ってたらドラゴンと出っくわしたんスよ」


「で、それを倒してきた、と。相変わらずうちの探検部は無茶をするなあ。これを材料に、武器とか防具を強化できるけど、やる?」


「ゼレミヤ、それならおぬしの剣を強化してもらえ」


「えぇ? なんでです」


「ウチの弓矢を強化するより効率がいいからに決まってるべ。ウチは神術を混ぜながら攻撃できるけど、ゼレミヤの剣は剣としてしか使えないっしょ」


 なるほど正論。そういうわけで俺の剣を強化してもらうことにした。


「ゼレミヤの剣の腕にはずいぶん助けられたからのう。ドラゴンだって、ゼレミヤがおらんかったら、倒せんかった」


「新しい仲間が強力で、それなりに嬉しかったのよ、わたしたち」


「……ってことは、俺が入部するまで、三人で旅してたんすか。卒業した先輩とかは」


「卒業した先輩なんてそんなのおらんわい。ついでに言うと神大陸山脈に登ったときは儂とクオーツだけじゃった。いきなりイエティに出くわして死にかけたのも懐かしい思い出じゃな」


「イエティ、まじイエティだった。山登りはあぶねーと思った」

 はあ……。


「はいできた。ピカピカになったよ」


 剣を渡された。前より少し重たい。軽く素振りをすると、輝くような剣気がほとばしった。


「おおおすごい! まるで伝説の剣じゃ!」なぜかサザンカ先輩がはしゃぐ。


「材料がよかったのさ。始祖竜の鱗だからね。でもおかしいな、どう考えてもこれだけ強い力を蓄積するには千年以上かかるだろうに、この世界は生まれて四百年くらいしか経っていないんだよね」


「――やはり、世界は人類誕生以前から存在しておったのじゃろうな」


「その世界、想像すると平和ですごくいいと思う」と、シルベーヌ先輩が小声で言う。


 人類のいない世界は、想像すると……確かに平和だ。戦争もなく、不作もなく、世界がすべての生き物に平等。それは確かに理想郷と言える。


 この世界が生まれたのが四百年前なのではなく、俺たち人類が生まれたのが四百年前ではないだろうか、という説を、俺たち中央学府探検部は持つことになった。


「ありがとう。提出するレポートのネタにできる」


 アルナ先輩はにこやかにそういう。アルナ先輩は裏方の事務作業をしている人なので、俺らと違ってちゃんと学業をしている。院というのがいわゆる授業や講義をするところなのかは知らないが(なんせ俺はそもそも中央学府の上の方がどういう組織なのか知らないのであった)、レポートのネタにしてもらえるならありがたい、と俺は思う。


「さて、次はどうする? 旅をしておる間に真夏になってしまったわけじゃが」


「あっちーのだるいし、しばらく休みでよくね? 寮のみんなと飲み行きたいし」


「それ賛成。っていうかわたしたちだけでも飲みに行きましょうよ。無事に帰ってきた記念!」


 というわけでその日の夕方に酒盛りをする約束をして、俺はとりあえず寮に戻った。


 部屋では、退屈そうにアザブがレポートを書いていた。


「……ただいま」


「オワッ」アザブは椅子から落ちそうになった。俺は、へへ、と笑って返した。


「よく無事で帰ってきたな! 探検部、どうだった?」


「すげー珍しいものいろいろ食べたし、『眷族』とも戦ったし、充実してたぜ」


「そうか、すごいな! ゼレミヤ、お前すごいな!」

 アザブの語彙が死滅しているのはともかく。


 俺は冒険に納得していて、荷物を片付け、たまった衣類を洗濯し、風呂に入って汚れをこそげ落とした。風呂場の鏡を見ると、自分の白目と歯が異様に白く見えた。日焼けしたのだ。


 体のあちこちに、『眷族』やならず者と戦ったときの傷跡が残っている。すごい冒険だったんだな、とひとりごちる。


 その日の夕方、寮を出て校門前に出ると、すでに街で暮らすていの普通の服装の先輩たちが待っていた。俺も街で暮らす服装になっている。アルナ先輩もいる。


「じゃあ、ウチらが旅してる間にアルナが開拓した酒場に飲みにいくべ」


 クオーツ先輩が明るい口調で言い、俺たちはぞろぞろと酒場に向かった。いわゆるビアガーデン、という感じの、屋外のところだ。夏の間だけ営業しているらしい。


 フライドチキンと神都名物の揚げイモ、全員分の大ジョッキのビールを注文して、みんなでカンパーイ! とジョッキを鳴らした。


「次どこ行く? ほぼほぼ世界一周しちゃったんじゃね?」


 出てきたフライドチキンをはむはむ食べながらクオーツ先輩が言う。俺もフライドチキンに手を伸ばすが、トト・サ・レほどスパイスが効いていない。


「まだ世界一周ではないぞい。東方の新大陸は半分以上が未踏地じゃ」


「面白そうだね。リサーチして旅程組んでおこうか」


 みんなでビールとフライドチキンをやっつけながら、俺は心の底から、中央学府に入学して、探検部に入って、本当によかった、と思った。(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

架空ルポルタージュ 異世界大学探検部 金澤流都 @kanezya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ