第7話 贈る言葉はただ一つ

 あの日から今日に至るまで、日々書き続けている。

 どうにもつたない僕の物語は、憧れた世界にほど遠く。


 小説を書き直す。


 納得できる言葉を探す。

 描きたい風景を手繰たぐり寄せる。


 「できた。あとは……」


 インターホンの音。

 窓の外、雨はいつしか止んでいた。


 ドアを開ける。


進捗しんちょくどうですか?」


 ニヤニヤとした綿貫わたぬきがいた。


「おう、できたで~」

 

 彼女の手にはコンビニで買ったとおぼしきいくつかの食べ物。


「お、そうなんだ。読ませてよ」


「ええで~」


 断る訳が無かろうて。


「あ、そうだ。この前のライブの曲。紗菜さなの声で聞きたい」


 あの歌詞を、君の声で聞きたかった。


「え、嫌だ」


 断られた!!


「頼むよ~。小説の最後のアイディアに必要なんだよ~」


 身体をくねらせ、見苦しい懇願こんがんをする。


「ハ~、もう。サビだけだからね?」


 ため息をついているが、彼女の耳が赤くなってることを僕は見逃さない。


「アザァァっす!!」


 綿貫がポケットから煙草たばこを取り出す。


「ん」


 彼女のくわえた煙草に、


「へい!」


 火を付けて。


「フ~」


 一息、吐き出すと彼女は歌ってくれた。


「愛してるなんて言えないよ。


 『月が綺麗』と言ってみる?

 『死んでもいい』など言わせない。


 あぁ、だからこそ。

 私は貴方に依存している。

 

 歪んだ愛を、曇りきった表情で、

 最低な言葉に乗せて届けるよ。


 hi-liteハイライトの煙のように不確かな貴方

 ラムみたいなキスを上げる。


 だから、どうか。

 私だけを見て……」


 アカペラで音楽も無く、静かな部屋に彼女の歌声だけが響く。 


 そういえば、彼女が吸ってる煙草の銘柄は……

 いや、これ以上は野暮というもの。


 しかし、作詞者が誰か分かってしまった。


 メンヘラソングと言われるかもしれない歌詞。

 僕には直球過ぎる恋の歌ラブソングにしか聞こえなくて。


「大丈夫、見てる」


 そう呟いてしまうもんだから、

 彼女の顔がみるみる赤くなってしまう。


「ん~、ボロカスに言ってやるぅ」


 話題を逸らそうと綿貫はパソコンをのぞいてくる。


「いいよ」


 彼女の方へ画面を向ける。


「あ、まだタイトルは決まってないんだね」


「そうそう。だからアイディアが欲しくてさ」

 

彼女が読むのに合わせ、書き上げた内容を思い返す。


それは綿貫紗菜わたぬきさなへの感謝をつづったようで、しかし何処か恋文じみて恥ずかしい。


「笑ってくれて構わない」


笑えぬ日々に、君と話して救われた。

もう少しだけ頑張ると誓った物語。


「……タイトルはどうするの?」


 ふと、画面から目を離した君が問う。


「そうだな」


 コメディとは言い切れず、恋愛というには拙くて。

 君の姿に憧れて僕はここまでこれたんだ。


 だからこの小説のタイトルは……


「『ロックな君に憧れて、僕は小説を書き始めた。』とかどうかな?」


「へぇ~、憧れてたんだ~」


 ニヤニヤとする彼女の手に握る。


「え?」


 彼女の歌に答えよう。


「僕は君だけを見てる。何なら目は一個しかないしな」


 冗談めかして笑いかけるから、肝心な所で締らない。そんなしょうも無い僕の隣には、


「私が左目になってあげる」


 いついかなる時にも君がいた。

 気持ちはとっくに決まってる。


 贈る言葉はただ一つ、


「僕は君が大好きだ」


 言うが早いか、彼女が抱きついてくるのが早かったか。


 彼女が貸してくれた本の内容。

 反芻し、自分なりに読み解き出した結論がある。



 どんなに言葉を並べても、

 『I LOVE YOU』には敵わない。


 タイトルが決まった。

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『I LOVE YOU』には敵わない。 春菊 甘藍 @Yasaino21sann

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