第4話

 突然だが、ラブコメディーの主人公に必要な要素とはなんだろうか。考えてほしい。能力と言っても差し支えない。平凡である事とか、不可抗力をラッキースケベに変換できるとかだろうか。


 だとするならば、この状況。まさしくラブコメの主人公ではなかろうか。


 この素晴らしき朝に、かの素晴らしき黒髪ロング美少女で有らせられる我らが櫻木澪様が、これまた素晴らしい事に俺の左腕を獲物を逃がさぬ蛇のように絡みついていて、それを抱き枕にしながら、くぅくぅと睡眠をたしなんでいらっしゃるのだから、どっからどう見られても、やはり俺はラブコメの主人公なのだ。

 待て。さっき半裸と言ったな、あれは嘘だ。パッと見半裸じゃないんだけど、よく見たら半裸な透け感のある白のベールのようなパジャマを着ているのだ。そのせいで、穿いているパンツの色とブラジャーは、桜のようなあわいピンク色なんだと知ってしまったし、八十は下らないバストとヒップは整ったキレイな弧を描いていて、櫻木は慎ましやかな高校生なのに、大人の耽美たんびさを醸し出していた。さらに、このドスケベパジャマの機能はそれだけじゃない。女の子の柔らかさが、ダイレクトに来る。

 それを意識していると切なくてたまらなくなるのだけど、やっぱり櫻木と俺との関係は『友達以上恋人未満』な訳で、肌を重ねてから分かる事もあるのかもしれないけれど、俺に、かのスパイ映画の英国紳士のような度胸など持ち合わせているハズもなく……。


「正面から来いって言ったけど、こうも大胆とは……」


 女の子は時に男よりも大胆になるから、まったく計り知れない生き物だ。そう痛感する。


「う~ん……。あれ?センパイ?」


 むにゃむにゃと、その声に形があるのならきっと丸い。


「おはよう、櫻木。さっそくで悪いんだけど、ちょっと……」

「……?………………………………―――あっ」


 パッと左腕の拘束が解かれる。櫻木を見つめると彼女の頬は、ぽわっとほのかに色付いている。さながら、恥じらう乙女のような。もしかして、そんな表情さえ計算の内なのか、どうなのか。


「おはよう、ございます……センパイ」

「と、とりあえず何か着よ?俺、その、外で待ってるからさ……」


 逃げるようにベッドから床へ足を運ぶ。だが、櫻木は待ってよと言わんばかりに、服を掴む。


「かわいく、なかったですか?」


 櫻木は探偵のように核心に迫る。表情や言葉の一片ひとひらも見逃さぬ姿勢で。


「それはない!絶対にない!可愛いよ!だけど、まだ、俺にはって言うか……」

「……フフッ。分かりました。今日はこの位にしてあげましょう」


 櫻木は「かわいい」の部分を切り取って、小さく復唱した。まるで、四つ葉のクローバーを見つけた少女の様な微笑みで嬉しそうに。


「じゃあ、外で待ってるから……」

「はい……」


 出口と思われる小さな曇りガラスの窓があるドアに向かって、すたすた床を歩むと、そのドアの脇には見覚えありまくりの赤く濡れた白いシャツがハンガーに掛けられていた。ああ、今着てる服は村人Aみたいな感じかなと、余計な夢想をしつつ、ドアノブに手を掛けて、ふと疑問に思う。

 俺、Lサイズの白シャツ持ってたっけ?



 ◆◆◆


 窓から陽が差す廊下に出る。この部屋はどうやら角部屋らしく、金属製のプレートに『010』と彫られている。左手には同じような部屋が四つ、横並び一直線に配置してあって、廊下の突き当たりには階段と階を繋ぐ踊り場らしきスペースが伺える。ちなみに、右手にあるのは女子トイレ。

 俺はどうにも気恥ずかしくって、早く着替えてくれないか、と心の中の櫻木に懇願していた。

 すると、008号室から女の子がガチャり。


「さて、今日もお仕事お仕事っ!」


 ツインテールの彼女は軍服のような装いで、今日一日頑張るぞスイッチを入れた。目元がいかにもツンデレしてそうなつり目美少女なのに、言動が可愛いものだから、ついつい俺はクスリと笑ってしまった。

 やってしまった。

 後悔が一秒間に地球を七周半する勢いで来た。後で悔いると書くのにも関わらず………。

 彼女は猛禽類のように、ギロリとこちらを睨みながら「アンタ、だれよッ!」そう言った。


「ごめんなさい」

「謝って済むと思ってんの?信じらんないっ!!男子キンセーの聖域に足を踏みいれたアンタは死刑よ!ばーか!」

「ごめんなさい」

「ホンットにあり得ないんですけど。次やったらマジで許さないから!」

「ごめんなさい」

「あと、今聞いた事も言ったらコロス!」

「ごめんなさい」

「アンタ、ちゃんと話聞いてんの?」

「聞いて……る」


 彼女はため息をついて「もういいわ」と捨てセリフを残し去った。はい、俺の勝ち。それにしても子供がいるとか託児所かよ、ここは。ほとほと困るね。夜泣きでもされたら、うんざりだ。

 十分くらい廊下で待ち、「入ってもいいですよ」とドア越しに聞こえたので、いざ、室内に入れば、今から聖戦に赴かんとする聖女のような服装の櫻木がいた。その佇まいは、凛々しく旗の一つ奮えば、たちまち人が集うくらいに、良く似合う。公式にすれば『和顔の姫様×バトルシスター=萌え』といった具合か。


「櫻木。その服は?」

「これ、騎士団の団長さんの服だそうです。『キミのサイズに合う服は、どうやら私しかいないようだから、明日はこれを着なさい』と昨日おっしゃていました」

「なるほど、似合ってる」

「ありがとうございます」


 どれほど似合っているかを白状すれば、手始めに、すねの半分まである長さの黒色のブーツは、様々な戦いを生き抜いてきた事を語るように年季を感じさせられる。しかし、靴磨きが丁寧なおかげで泥臭くなく、陽に照らすとキラリと光るのだろう。加えて、レッドカーペットの裏地は見せるように剥き出しにしており、高級感が出ている。

 エレベーターのように目をスライドさせると、ストッキングからガーターベルトにかけて太ももをチラ見せするデザインに、俺は危うくノックアウトされそうになって、急いで目線を上へあげる。すると、お嬢様学校で見かけるような真紅のミニスカートを着用している。よく観察すれば、もう一枚薄く純白のスカートが一枚ひらりと見えて、そのスカートは二重構造になっているのだと知る。目はさらに上昇する。この階では、コルセットのような軽装鎧が豊かな白い双丘を支えていた。先ほどの太もものチラリズムとは対照的に、胸元を存分に余すとこなく魅せるのは、この服を作ったデザイナーのエロティシズムさえ感じる。

 そんな染まった櫻木を見ていると、なんだか取り残された気分で、寂しさがポツリと胸の奥でこだまする。櫻木はもう昨日の内に、この世界に対して順応してきているようだ。


「センパイ、食欲はありますか?」


 その問いに当然ながらYESと答えた。思えばこの空想げんじつに閉じ込められたっきり、何も口にはしていない。文字通り、腹へりコプターなのだ。


「腹へ……なんです?」

「気にするな、櫻木。それよりも朝食が食べられるのか?俺は、朝はご飯派なので、白米が食いたいよ……」

「私はパン派ですね。残念ながら、この街に入る道中に小麦畑しか見ていないので、白米は望み薄かと……」

「ま、それはそれで洋物ファンタジーらしくて、実感持てるけどね。それより、ここはどこなの?」

「ここはアーネスト王国第三の都市ニューサウストレッドと呼ばれる街で、今いるのは金羊毛ゴールデン・フリース騎士団所有の駐留所のようです……。階段を二階まで降りると、食堂があってそこで食事ができるようですね」


 スケールが大きい。だが、そんな事にいちいちリアクションしていると、いつか心臓麻痺で死にそうなので、あまり深く突っ込まず、理解に努めよう。


「とりあえず、食堂行きますか」

「はい!」



 











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ギフテッド @BJ_Note

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