第3話


「何でここにいるんだよ、何か知ってるのか?」

「詳しくは知らないんですけど、どうやら保護されてるみたいです。私達」

「保護……?」


 いや、あれはどう見たって拉致だろ。それ以外の何でもない。しかし、櫻木はあくまでも保護と言う。どういう事なんだ?


「はい。あの人達はアーネストって言う国の軍人で、私やセンパイのような右も左も分からない人を人攫いの賊から守るのが役目とかなんとか……」


 賊って……さっきのアイツらか。とすると、なんだ?あの賊の目的は俺で、ガスマスクの騎士はそれから守ったって事か。確かに辻褄は合うが、それはあのアーネストって国の目的も、また同じという事だ……。


「その、アーネストって国の目的が見えない以上、あまり信用しない方がいいかもな」

「えっ……?」

「人を守るために力が必要なのは分かるけど、あれは少し……」


 言いかけて、やめた。憶測に過ぎないし、もしそれで、櫻木が不安になってしまうのも悪いし。俺はアーネストなる国に不信感を覚えながら、相変わらず憎いくらいに曇のない空を見上げる。


「って、ちょっと、センパイ!!」

「はいっ!!」

「なんですか、その血は!?見せて下さい!!」

「……はい?」


 櫻木は何の前触れもなく、何の脈絡もなく、発作でも起こしたように動揺していた。普段の櫻木を思えば、流行りものやファッション、友達との恋バナに盛り上がるごくごく普通の女子高生だ。そんな普段の彼女から、想像もできないほど今の表情は凍てついている。


「どこも痛くないんだけどな……」


 顔をペタペタと確認すると、櫻木は短く悲鳴を上げた。


「腹部ですよ!脇腹の方!」


 見ればそこに、白いシャツに血が乾いた後みたいな染みがある。傷口にあたる脇腹には縦幅がスマホ一台分ほどのサイズで、特に色濃く赤黒い。そこから肋骨の側面に沿って、赤が広がっている。丁度、脇を締めると見えない絶妙な位置だった。


「なんっ―だ、これッ!」

「本当に傷口がないか調べましょう」


 櫻木に諭されてボタンを千切るようにほどく。はだけてみれば、激しい裂傷の傷跡がそこに刻まれていた。

 状況証拠だけみれば、俺は何者かの手によって刺殺された、といった具合なのだが、全く身に覚えがない。ショックで記憶が欠落している可能性もあるが、いや、待て、そんなバカな。殺されるくらいの事をしたのは、後七年先のハ……ズ……?

 おかしい。記憶が混濁している。まるでテレビのスノーノイズの中を彷徨うみたいに、。ザーザーザーザー記憶が虫に喰われたように穴だらけになる。


 気持ち悪い。


 気持ち悪いから電源を落とそう。

 そうだね。


 ボクはそう言って、プツンと電源を落とした。

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