第2話
事実、その言葉は嘘ではなかった。あれから少し経って馬車が来て、俺はこれに乗せられた。乗せられた時は、乱暴に扱われると覚悟したものだが、そこはやはり騎士様と言った所か、優しくて、割れ物を慎重に運ぶように、俺をお姫様抱っこして乗せてくれた。
やっと一息ついた。そう思ってると、キュポと栓を抜く小気味よいが聞こえて視線をやると、水筒が目に入り「飲むか?」とガスマスクの大柄な騎士がそう質問する。
調子が狂うというか、何というか。
あの騎士は人だ。良心というか人の心が確かにそこにある感じられる。
なぜ、ガスマスクを着けているのか気になるし、なぜ騎士の甲冑なんか着ているのも謎だし。その不恰好さが得体の知れない不気味さを際立たせているのに、その実優しいとか。ホント、どうなってんだよこれ……。そもそも
その時、なぜだか無性に憤りが湧いてくる。あれだけの理不尽をしておいて今更それかよ、と。が、もう俺にそんな気力はない。腹立たしいが、好意は好意。無下にはできない。遠慮もしない。
奪うように水筒を取ると、ごくごく喉に水が通る。
「ん……」
そう言って、俺は飲み干した水筒を差し出して目を閉じる。馬車が揺れるまではそのまま騎士の顔は見なかった。
なんか俺の心の中では、もうどうにでもなれと半ば
「あれ……。センパイ?」
そうだそうだ、と風景と下らない妄想を重ねながら現実逃避していたら、ふと名を呼ばれた気がする。見ると俺の
「
声音はおずおずと、しかし、どこかで絶対そうですよね、と言いたげな表情でもって俺に尋ねてくる。
俺にも確信がある。俺をセンパイと慕う生徒はたった一人しかいないからだ。
「オマエ……。
櫻木と初めて会った時の事を話そう。
あの時は高校二年で、まだ残暑が厳しい九月の頃。俺にはある悩みがあった。思えば五月くらいから、その
この問題を解決すべく、俺は意を決して正体を暴くことにした。犯人の目星はついてるし、ここはもうガツンと直接言ってやるのだ。警察に頼るのが無難なんだろうけど、でも、そこまでしちゃうと流石に少し可哀想になる。
で、結局そのストーカーの正体が……。
「どうしてこんな事を!?」
「ゴ、ゴメンなさい!……自分でも、やっちゃいけないって分かってたんです……。でも……」
「でも?」
「センパイの事、す、好きで……。と、止、めることが……」
できなくて、の部分をゴニョゴニョと恥ずかしそうに口元を濁す櫻木。
その仕草が不覚にも少し可愛かった。もうどうしようもない程、言い逃れできないのに、嫌われたくないから体裁をまだ取り繕うとしている所とか、少しゾクッと来る。まぁ、それは置いといて。
「とにかく、もう、やめてくれないか?監視されてるのって、あまりいい気分じゃないんだ。止めるなら、騒ぎにはしないからさ」
「……分かりました」
そもそも、一年二組の櫻木澪という人物は学校で一、二を争う美少女だ。なのでここで一つ、面白い美少女列伝を紹介しよう。これから語るのは、ちゃんとリサーチした上で構成しております。実話らしいのであしからず。
その者、ごくごく普通の男子高校生だった。たった一人、櫻木を見るまでは。ある日の事、廊下で友人と雑談を楽しんでいる所に、風が香った。反射的にふり返ると、滑らかで漆黒の髪の毛をスラリと降ろした背中姿が見えた。その印象がとても鮮明に焼き付いたようで、男子高校生は急いで櫻木の正面に回る。まるで、
下人は回想する。素顔を見るその時までに、街中ですれ違ったありとあらゆる美女を思い出しては、その誰もが櫻木に敵わないと確信を持って―覗く。
禁断の瞬間―からの静寂。
この時、下人には一筋の涙が滴る。遅れて感情が追い付くこと七秒。くしゃりと崩れた顔で立ち尽くす。慌てて友人Aが駆け寄ると。
「まっつん!おい!しっかりしろ!!どうした!?何があったんだ!まっつぅぅーーーーんっ!!」
友人Aは男子高校生を力いっぱいに揺さぶる。
「ふつくしい……」
彼の死に際に放った一言は人々をナンパへ駆り立てた。男達は彼氏を目指し、夢を追い続ける……!
世はまさに大恋愛時代!!
※全てノンフィクションです。
話がだいぶ脱線したが、整理すると、櫻木はとてつもなく美少女で、俺のストーカーだった。
それを踏まえて、友達以上恋人未満な関係になったのは次の日。夏休みにしっかりめに散財したお陰で俺の懐は、とにかく寒かった。それはもうフィヨルドぐらいに。そこでIQ五億の頭脳が悪魔的な発想を閃く。そうだ見物料を徴収しよう、と。最初は過払い金を回収するくらいの気持ちだった。ジュース欲しさに百五十円とか、その位のレベルで。
「櫻木、ちょっとジュース奢ってくれないか?」
奢ってくれない?とか傲慢にも程がある日本語を人生で初めて使った瞬間でもある。学食の自販機の前に櫻木を連れ出して、ちょいちょいと、お目当ての柑橘系炭酸飲料ビタビタccを指差す。はい、そこの柱の側にいる下級生。カツアゲとかじゃないから、正当な権利なんです。なのでどうか、殺すぞオマエみたいな視線やめてください……。
「え……。別にいい、ですけど」
「やった!」
奢れと言われて割りと素直にチャリチャリとお金を入れてゆく櫻木。ボタンを押す白い人差し指の爪は艶やかで、女の子は細部にまで美を宿しているのだとちょっと実感する。
「フフ、センパイ、いつもそのジュース飲んでますよね」
「……ハハ、やっぱり知ってんだ…………」
「センパイの事なら何でもお見通し、ですから……!」
純粋無垢な少女のように笑うが、今怖いこと言ってます。
「でも、センパイ。ホントにこれだけで、呼び出したんですか?」
「そうだよ?」
「私が言っちゃうのも、おかしいですけれど……。センパイに……その……怖い思い、させちゃったじゃないですか……」
「まぁね……」
「だから、呼び出された時、今日は昨日よりもっと責められるんだろうなって、覚悟してました。なのにどうして、センパイは普段どおり何だろうって……」
「良かった。櫻木が常識人で」
櫻木をちょっと皮肉ったが「からかわないで下さい」と、櫻木は少し真剣なトーンで言った。確かにどうして普段どおりなのだろう。少し考えてみる。
「……知りたいから……かな?」
「知りたい……?」
「そ。ストーカーとかはさ、やめてほしいんだけど、それって元は好意からくるものでしょ。だから、その純粋な気持ちは俺も嬉しいよ。だからさ、正面から来てよ。俺もキミを知りたいから」
「センパイ……」
結局、何故俺の事を好きになったのかを知りたいに尽きるのだろう。その人のいい所というのは、本人、つまり俺には見えにくい。だから何故、と知りたがる。そのためには、まずキミを知る。
「私、なんか、で、い……いいんですか?」
櫻木は頬を赤らめて、そして、泣いていた。こんな私でいいのかと、確かめるよう問いながら。
「い、いいよ!だから、な、泣くなよ」
震える肩に乗せるように手を置く。今はそれしかできない。
「だって!……だって!……嬉しいから!!一緒に居てもいいんだって、思ったら、嬉しくて……!」
「そっか」
暑さが残る九月。蝉はまだ泣き止まないこの頃に初めて櫻木の事を知った。
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