賢者・白樺ミカエルソンの密室考察

ジェネリック半チャーハン

猿飼邸殺人事件

「結論から言おう。これは殺戮オランウータンの犯行ではない」


その言葉に、談話室に集められた全員が目を剥いた。殺害された猿飼氏が懇意にしていた探偵だという白樺ミカエルソンなる男の発言は、この場においてそれほどまでに異常なものであった。


「全く、あの爺はこれだから困る。自分の享楽に耽り、後進の育成など考えたことがないのだから。おかげで揃いも揃って能無ししかいない」

「……讒言を吐き散らすのみなら、即座に立ち去りますが」


白樺は被害者の婦人が立ち上がりかけたのを異様に長い腕で静止しかけたが、その息子が毅然とした表情で突っかかってきたのを見て諦めたように座り込んだ。


「こんな無能の言うこと聞く必要ないでしょう、母上」

「無能は貴様だが」

「割り込まないでください……あのですね。父上の死体は無惨に傷つけられ、骨という骨を折られていたのです」

「それでいて凶器になりそうな器具はありませんでした! 人間にできるようなものではありません」

「そもそも父さんの殺された部屋を見たのですか、探偵さんは? 家具を倒しまわり、柱を折り、パソコンを叩き割り――あんなに意味もなく荒らすのは殺戮オランウータン以外にはあり得ません」

「入口は完全に施錠され、開いていたのは人にはどうやっても入れないような窓のみ」

「そして現場にはオレンジの毛が落ちており、何より」

「近所にやってきたサーカスから逃げ出したオランウータンが、手を血に濡らして発見されたのです!」

「ウホ……」


談話室の片隅には、檻に閉じ込められしゅんとしたオランウータンがいる。

ほぼ全員が声を上げ、憤然とした態度を白樺に向ける中、当人は


「で?」


と呟き立ち上がる。


「言わせてもらうが、これらは人間にだってできる。オランウータンがいるからといて殺戮オランウータンのせいにするのは、ただの思考停止だ」

「しかし、これほど証拠が揃った上で……」

「いいか、この指先を見ろ」

「血が付いている、でしょう? それが何か……」

「違う。これほどの破壊をしたにしては

「は?」


一息いれ、白樺はオランウータンの手を取り言った。


「いいか? あのレベルで部屋を壊し、爺を縊り殺すならこの程度では済まない。返り血を浴び、壊した家具の破片で自分の体も傷ついている筈だ」

「……サーカスの設営している公園の脇には川もあります。そこで水浴びをしたのでは?」

「だとしたら手に血がついているのはおかしい」


反論の手が止まる中、婦人が口を開く。


「……ではどうして私の夫の血は、そのオランウータンの腕に付いていたのですか!? 何の関わりもないのに、そんなことが起こるわけないでしょう!!」

「ああ、それについても簡単だ。いいか? 洗ったら血は落ちてしまう以上、腕以外はそもそも汚れていなかった、と考えられる」

「そんなこと聞いているのでは──」

「黙れ、話を聞け。ここまで手を綺麗にしておけるということはつまり、彼が部屋に侵入したとき、既に爺は死んでいたのだ。彼は血だまりに手を伸ばしただけ」

「どうしてそうなるのです!!」


激昂した婦人が叫ぶ中、1人の聴衆があ、と声を上げた。


「そうか……これは殺戮オランウータンじゃあないんです。こいつはだ!」

「──少しはマシな奴もいたようだな。『森の賢者』と呼ばれるほど賢いオランウータンは、他の動物と比べても容易く芸を仕込める。猿飼家は政治中枢に深く食い込んでいたからな」

「じゃ、じゃああのサーカスは……! すぐに警察に連絡を!」

「必要ない。一瞬でも事件の話をした時点で、面倒を察知して逃亡してるだろうな」


その言葉を聞いた瞬間、檻の中で間諜オランウータンが仰向けに寝転がりそのまま泣き出した。祖国に裏切られた悲しみは、彼にとって耐え難いものであった。


そんな間諜オランウータンの様子をちらりとも見ずに、白樺は言葉を続ける。


「では猿飼の爺はどうやって殺されたか? これも簡単なことだ。そもそも人の骨を折るだけならば、本棚で押し潰すので事足りる」

「つまり犯行は、人の手に依るモノだと?」

「ああ。『殺戮オランウータンなしでこの状況を作り出す方法』をよく考えろ」


推理を流れる水のように話しながら、彼は一枚の紙を取り出す。


「被害に遭った家具を羅列し、そのうちただ崩されたのでは無いものを考察し、微かに残された縄の痕やへこみから逆算すると、このような装置が完成する。縄一本を窓越しに引き抜くだけで全てが崩れ、あの状況になるような、だ」

「な……!?」


ゆっくりと、この場にいる1人1人の顔を見る。


「このような装置を組むだけの知識と腕力があるのは誰か? 仕掛けの途中に爺を逃がさないために、食事中薬を盛れたのは? 間諜オランウータンの存在に気づけるくらい、政治知識を身につけているのは? そして──殺すだけの理由があったのは?」


そして。猿飼家の末の息子を指さし、こう言い放つ。


「──貴様だけだ。口を開いていれば地位が自分からやってくる長男より賢く、食事の席が隣で、爺にさして可愛がられていなかった故に恨みがある。貴様こそが犯人だ」

「な……!?」

「嘘だろ、啓介……!?」


指を指された男は数秒間口をぱくぱくとさせていたが、やがて堪忍したようにうなだれる。


「……ええ。僕が殺しました。クソジジイが寿命で死ぬような時には遺言で一番上の兄貴だけにしか遺産を残さないことだろうと思ったので、今のうちに殺そうと思いました」

「そうか。俺に自供する必要は無い、自首しろ」

「いえ。経歴に傷がつくのは堪忍ならないので、こうします」


そう言った彼の手には、スイッチが握られており。

それを押した瞬間、ドアの前にシャッターが降り、天井が下がり始めた。


「あのクソジジイがやった道楽の中でこれだけが役に立ちました……! どうせなら、全員巻き込んで死んでやる!!」

「なんだよこの仕掛け……!」

「啓ちゃん正気…!?!?」

「た、助け……!」

「この天井は、お前らを潰した後自動で戻る! 確認した奴は殺戮オランウータンが全てをめちゃくちゃにしたとでも思うだろう!」


恐慌状態に陥った室内で、白樺は呆れたような目を青年に向けている。


「ハ、ハハ……! 探偵さん、死ぬんだって言うのにそんな目をして、腹が立つ! 絶望の表情を浮かべるくらいはしてくださいよ!!」

「必要ない。まったく、考え無しの真正の馬鹿が」


そういった白樺は、ジャケットと手袋を脱ぐ。


「いいか? 俺が最初にこの事件が殺戮オランウータンの仕業ではないと思った理由はな」


露わになった腕は、真っ当な人間のそれとは違い、毛むくじゃらで長く。



手を挙げ、力を軽くこめ天井を支えるだけでその動きを止めた。


「う……嘘だろ!? あり得ない、な、何なんだお前は!!」

「説明するような義理はないのだがな。オランウータンを舐め腐っている貴様に理解させるために敢えて言ってやろう」


なお下がり続けんとする天井が、ミシミシと音を立てる。


「俺の名は白樺ミカエルソン。飼育員の女と強姦オランウータンの間に生まれた、ハーフウータンで、探偵だ」


内部機構が壊れたのか、腕を下ろしても部屋は動かなくなる。


「や、やめ……来るな……!」

「俺が真っ当な人間でないのは重々承知だ。しかし、貴様は俺のような混ざり物でさえ欺けない杜撰なトリックを堂々と仕掛け、暴かれたら逆ギレで被害を徒に増やそうとした」


犯人の青年の元へゆっくりと歩み寄った彼は、胸ぐらを掴み、吐き捨てた。


「仮にも知的生命体なら、もっと頭を使え。貴様の浅知恵は猿にも劣る」


締め付けた猿飼家の末っ子が恐怖のあまり失神したのを見ると、白樺は彼を間諜オランウータンの檻の元へ引き摺っていき、蓋を開けて放り込んだ。

そしてシャッターが降りた扉の元へ歩いていくと、腕の力で無理矢理こじ開けた。


「では、俺はこれで」

「た、探偵さん! 謝礼は……」

「いらん。爺から生前にたんまり貰っている」

「そ、そうですか……あ、ありが」

「礼など要らん。感謝されるような規模の労働はしていないのだから」


そんな言葉を残して彼は立ち去ろうとしたが、部屋の外に出たところで「ああ、それなら」と振り返ってこう言った。


「貴様らが俺に出来ることが1つだけあった。オランウータンが絡む不可解な事件があったら──」


名刺を投げ渡し、一息。


「──この白樺ミカエルソンを呼べ。俺はあらゆるオランウータン事件を解決する男なのだから」

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