第6話 彷徨6

 木村は簡単に納めることができると思った200の紙片を、なんとか箱に納めることができた。納めることができたころには、目が乾き、日が中空まで昇っていた。

 するとけたたましい音が鳴り響いていた。それは来訪者の訪れを告げる音である。木村その音聞いて多少のめまいを覚えたが、紙片をそのまま机に置き去りにし、鍾乳洞を出ると荷車に戻った。木村自身がねぐらと呼ぶ部屋に戻らなければならない。

 荷車は大男に壊されたままで、速く走ることもできなかった。もし崩壊して周囲の人間たちを巻き込んでしまったら参事を引き起こしてしまうう。木村はもうこれ以上面倒ごとを持ち込むのはごめんだったため、最新の注意を払って荷車を操るしかなかった。


 部屋に戻ると一人の美女が立っていた。飾り気のない人好きのする笑顔でほほえんでいる。

「木村さん、こんにちは。久しぶりね。」

 この美女は人間である。今まで木村が話していたような実体のないモノたちではなかった。名前は賀集といった。

「お久しぶりです。」

「調子はどうですか?」

「おかげさまでまあまあです。」

 木村は社交辞令の挨拶を述べた。

「ところで例のものだけど、そろそろできたかしら?」

 木村はぎくりとして、あいまいな返事をした。

「ええ、まあ。」

「そう。よかった。今週にでも提出してもらえる?」

「わかりました。」

「それじゃあ楽しみにしてるわね。」

 そう言い残すと、賀集は戸口から出て行った。

 木村は自分の部屋の床に座り込んだ。彼女が言っていたものとは、木村が彫っている彫刻のことである。この彫刻は、建物の外観の一部になる予定であり、そのパーツが無い限り賀集が建設を計画している建物は完成しない。

 木村は押し寄せてくる課題や、賀集からのプレッシャーに負けて、体調を崩していたということもあった。なにしろ彫刻など今まで作ったこともない。そんな自分に彫刻を作れなどとは、賀集も無理なことを言う。

 数日かかって、ようやく賀集のいう彫刻を木村は掘り上げた。彼女のもとへ届けたが不在だったので、その場にそっと置いてきた。


 木村は二つの迷宮が自分を待っていることを知りながらも、傷の手当をすることに目を向けていた。彼は昔、臓腑にまで達するような傷を受けており、その傷はかなり回復していたものの、またその傷が疼き始めていたのだった。彼はその傷に手を当てると、傷の修復のために力を注いでいた。 

 あくる朝市が開くと、早速荷車の修理に取り掛かった。車の修理工は親切で、荷車はその日のうちに修理された。満身創痍だった木村にとって、それは行幸だったと言えるだろう。


 荷車が修理されたことと、以前から言われていた彫刻が完成したことで、木村の心は軽くなっていた。しかし腹部に追った古傷からはまた血が滲みだしており、彼の思考をさいなんでいた。

 彼は重い身体と思考を引きずりながら、白の迷宮に戻った。

 白の迷宮は、以前放置されたままとなっていたが、多少は木村が手を入れていたので整然としていた。

「やあ。」

 いつの間にか先生が目の前に立っていた。

「こんにちは。」

「色々あったようじゃないか。」

 先生は穏やかに聞いた。

「ええ、まあ。」

「君はまた、色々な人に会ったようだね。」

「はい。」

「話を聞かせてくれるかな?」

 先生は切り出したばかりの岩石のような椅子に腰かけると、穏やかに微笑みかけた。








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空中遊人 中村 眞澄 @7442

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