第5話 彷徨5

 木村は紙片の数を数えると、その紙片の数は600あった。これを5日以内に箱に納めなければならない。木村はため息をついて、また紙片を机の上に戻した。

 そろそろ先生の課題に戻らねばならない。黄色い鍾乳石の空間の一部は波のように歪んでおり、そこに触れると思った通り白い神殿の迷宮に戻ってきた。彼はあたりを見回したが、今はだれもいないようだった。

 そこに一話の灰色の小鳥が飛んできた。それは通信用の小鳥で、足に小さな巻紙を括り付けている。それを外すと、中には彼の健康状態を問い合わせる内容が書かれていた。彼は人間ではなかったが、人間とつながりが無いわけではなかった。とありあえずは無事である旨を巻紙に書きつけると、またその小鳥を飛ばして返した。

 木村は鬱々とした気分で先生の課題をこなしていた。先生の課題自体は問題なくできていたが、あの中年女の課題のことを思うと背中が緊張するのを感じた。

「滅入っているみたいですね。」

 いつの間にか小唄が目の前に立っていた。彼女の纏っている服は着物のようで、青白い光に反射されてヒラヒラと舞っていた。

「まあね。」

 木村は言った。彼は長い旅をすることを義務付けられていたが、一体なぜその旅をしなければならないのかわからない上、こうも次々と課題たちがやってくるとなると、目の前が暗くなるのをとめられなかった。

「それで、これからどうするのですか。」

「一番に気になっているのは荷車の件だが、あの鍾乳洞の課題にも手を付けなければならない。荷車の修理をできる市井に降りられるのは2日後以降だから、明日は鍾乳洞の課題だろうか。」

「そうですね。白い神殿の課題も一区切りついたことですし、今日はもう休んだらいかがですか。」

 木村は少し考えて、そうする、と答えた。荷物をまとめ、その日は迷宮を後にした。


 あくる朝、木村は鍾乳石の迷宮に戻ってきて、600の紙片の積まれた机の前に座っていた。膨大な紙片を前にして、また気がめいってきそうだった。

 紙片を一読しながら600の内、200はすぐに箱に納められそうなものであることに気が付いた。

 木村はバックパックに手を伸ばすと、中からいくつかの道具を手に取った。一つ目は利乃印とよばれる特殊な液体の入った箱だった。大きさは指の長さ程度しかなかったが、こに利乃印を紙片に塗りさえすれば、200はすぐに箱に納められそうだった。

 もう一つ取り出したのは、杜の巻と呼ばれる巻物の一種と呪符、そして主変と呼ばれる鉄筆の一種だった。杜の巻に主変で書きつけることによって、紙片それぞれを縛ったり実体化したりすることができ、また呪符によって縛りの速度や強度を上げるのである。これをしないと紙片は意思を持ち始め、夜中に変化して人々に悪さをすることがあるのである。

 木村にとっては紙片が人々を困らせることなどどうでもよかったが、それが自分の所から迷い出た紙片であると知られるのも気分が悪かった。

 紙片を納めていると、あのねっとりと笑みを含んだ声が響き渡った。

「いかがです?はかどっていますか?」

 後ろをふりかえると中年女が立っていた。手は腰のあたりに重ね、一見すると非常に常識ある一般人のようである。

「まあ。ある程度ですね。」

 木村はそう答えたが、あまりはかどっているとも言い切れなかった。簡単に納められると思っていた紙片ではあったが、納める際に種類ごとに分類が必要だったり、納める箱の形に加工をしてから納めなければならないものもあり、思いのほか時間を要していたのだった。

 木村は時間がかかっていることに焦れて、なおかつ腕や足に痺れが広がってきていた。

「何の用ですか?」

 木村は女に少しとげのある口調で聞いた。

「いいえ。用というほどのことでもないのです。ただあなたのやり方があまりにも丁寧なので見学に来たのです。」

「あまりにも丁寧?それが悪いことですか?」

「悪くはないですが、少し非効率ではないかと思いまして。」

 そういうと、女は消えはしなかったが、鍾乳石の壁の後方まで下がっていった。

 木村は目を細めて手元を凝視した。確かに効率的ではない。女が言ったのは、紙片をこの箱の中に納めよ、という課題であり、「分類わけせよ。」とまでは言われていなかった。

 木村は知らず知らずのうちに、自分が言われてもいない条件を自分に課していたことに気づいた。もっと集中しなければ。課題は課題であり、それ以上でも以下でもない。彼にとって好ましいことでない限り、必要以上の水準でするべきではないのだ。

 木村は中年女のいるあたりを軽く睨んでから、もとの課題に戻った。























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