エピローグ

 魔法を使い終えた後、私は全身の力が全て抜けるような疲れに襲われ、ロルスに連れられて屋敷に帰り、死んだように眠った。


 そして翌日、改めて王宮に向かってその後の話を聞く。

 まず、南西地方では天がひっくり返るような大雨が降ったらしい。これまでずっと日照りが続いていたところに急に大雨が降ったので、川や池が各地で溢れそうになったという。私が魔法を使うという予定は伝達されていたらしいが、皆半信半疑だったためらしい。


 それから、父上は病と称して屋敷に引きこもり、宮廷魔術師の職にも辞表を出したらしい。他の貴族たちはもっと粘るのではないかと思っていたので驚いていたが、昨日の父上の様子を見ていた私は驚かなかった。父上はオールストン家の当主だからというよりは自分の魔法が国内で一番優秀だからあそこまで自信があり、傲慢だったのだろう。


 別に私に魔法で劣ったとしても魔法では二番目だし、オールストン家の当主であることにも変わりはないのだが、昨日の父上はすっかり自信を喪失していたのが分かった。ショックで立ち直れなくなったか、もしくはずっと雨に打たれていたせいで本当に風邪を引いたのかのどちらだろう。


「やあ、よくやってくれた!」


 王宮に赴くとレーヴェン公爵が満面の笑みで出迎えてくれる。


「いえいえ、成功して良かったです」

「おかげでオールストン公爵は宮廷魔術師の職を辞し、オーガスト家も相方を失って動揺している。これで王宮内での二家による支配は終わるでしょう」


 ふと王宮内を見ると、ブランドが呆然とたたずんでいるのが見える。昔は他家の人々が彼の歓心を得ようとひっきりなしに近づいていたが、今は遠巻きに様子を見られているだけだった。


 そこへ今度は南西部の貴族たちがやってくる。


「ありがとうございました! 先ほど領地より豪雨が降ったとの報告がありました!」

「おかげさまで今年は飢饉にならずに済みそうです」

「それは良かったです」


 彼らからすれば本当に死活問題だったため、何度も頭を下げ、中には贈り物を渡してくる者もいた。

 そんな中、少し離れたところでレイノルズ侯爵とロルスもたくさんの貴族に囲まれて挨拶されている。

 昨日までは父上とオーガスト家の嫌がらせで数えるほどの家しかよりつかなかった我が家だったが、今は手の平を返したように皆が機嫌をとろうとしてくる。


 父上が宮廷魔術師を辞して引きこもってしまっており、オーガスト家は今後我が家にしてきた嫌がらせの数々を追及されるだろう。一方の我が家はこれからは公爵家に昇進するし、レーヴェン公爵家とも友好な関係が続いていくだろう。そうなれば我が家との関係を良くしておかなければいけないと思ったに違いない。


 その手の平返しに内心呆れてしまう部分もあったが、あの熾烈な嫌がらせを思い出すと、長い物に巻かれるのもやむなしと思ってしまう。

 こうして一日にして我が家の立場は文字通りどん底から頂点まで登り詰めたのだった。


 それから一か月後、私たちレイノルズ一家は改めて王宮に呼ばれた。あのとき私が国王陛下にお願いしたレイノルズ家の公爵家昇格がついに認められたのだ。

 あれから私の魔法でどれくらいの雨が降ったかとか、今後も継続的に雨を降らせられるかといった検証が行われた。一回雨が降っただけで作物が育つ訳ではなかったが、私の魔法は何か代償がいる訳でもないので数日休憩すれば魔力が回復し、また使えるようになる。そのため、継続的に魔法を使っていけば無事作物は収穫できるようになるだろう。

 そのように評価されて、レイノルズ家は公爵の爵位を与えられることとなったのだ。


「いやあ、最初にオールストン公爵からそなたを押し付けられた時はどうなるかと思ったものだが、まさかこんなことになるとは。つくづく感謝している」


 レイノルズ侯爵改め公爵が感慨深げに言う。


「私もあの時はもうだめかと思いました。でも皆さんが私を受け入れてくれたので今は幸せです」

「あの時は本当に済まなかった。オールストン公爵の振る舞いを見てレイラもそのような人物だと思ってしまったんだ」

「それは仕方ないわ。私だって父上のやり方は未だに許せないもの」


 もっとも、職を辞して屋敷に引きこもってしまった以上、これ以上の報復をすることも出来ないけど。私の弟はまだ幼く、父上に代わって表舞台に出るほどの能力はないのでオールストン家はしばらく表舞台に出てくることはないだろう。


「それに今回の勝利は私だけで勝ち取ったものではないわ。ロルスも義父上の頑張りもあったと思う」


 普通ならあそこまで執拗な嫌がらせを受ければ途中で音を上げて頭を下げようと思ってもおかしくはない。もしくは途中で家自体が立ち行かなくなっていたかもしれない。そうならなかったのは二人が必死で家を支えてくれたからというのも大きい。


「まあ、レイラの働きに比べれば大したことはない」


 ロルスは照れたように頭をかく。

 そこへレーヴェン公爵が姿を現す。


「皆さん、オーガスト家の所業について調査結果が出た」


 魔法を使った日以来王宮内での勢力は一変し、オーガスト家がうちにしてきた嫌がらせにもきちんと調査すべきだという声が大きくなった。元々はオーガスト家とオールストン家に歯向かってはならないと沈黙していたが、皆心の内ではあのやり方に怒っていたのだろう。

 そして調査を行うことが決定された訳だが、それを買ってでたのがレーヴェン公爵だったという訳だ。


「おお、どうだったんだ」


 義父上が身を乗り出して尋ねる。オーガスト家は賊を使って我が家の物資を襲わせるなど露骨な嫌がらせを行ってきたのに、ろくに調査をすることも出来ずに私たちは鬱憤が溜まっていた。


「オーガスト家の者に金をちらつかせて訊ねたところ、あっさりと口を割った。やはり領内の賊と取引して罪を見逃す代わりに貴家を襲わせたらしい。ひどいものだ」

「しかしよく口を割ったな?」

「彼もこれから落ちていくオーガスト家に忠を尽くすよりも我が家に仕えた方がいいと思ったのだろう」


 レーヴェン公爵はあっけらかんと言う。薄情なようにも聞こえるが、そもそも盗賊に他家を襲わせるようなことをすれば見限られるのも当然だろう。


「これまでの働きもあるし、王国軍を握っているからどういう処分になるのかは分からないが、少なくともしばらくの間は表に出てくることはないだろう」

「それは良かった」


 レーヴェン公爵の言葉にロルスはほっと息を吐く。

 義父上は改めてレーヴェン公爵に頭を下げた。


「このたびは助けていただき本当にありがとうございます」

「いやいや、そもそもわしはソフィを助けられている。それに比べればこの程度のこと、造作もないことだ。もっとも、魔法を使う日の前日は一睡もできなかったが」


 そう言ってレーヴェン公爵は笑った。

 ついでに私も頭を下げる。


「本当にありがとうございました」

「いやいや、それよりも公爵叙任おめでとう。今後も良好な関係を続けていきたい」

「もちろんです」


 こうして私たちは玉座の間へ向かうのだった。


「レイノルズ侯爵家の者たちよ、よく来た」


 王座の間に入ると、国王が上機嫌で私たちを出迎える。南西部の日照りの問題はレイノルズ家のような小さな家には関係ないことだったが、国王にとっては重大な問題である。元々は大規模な工事をしてよその川から大規模な用水路を造るということも検討していたらしく、それが急に解決して気が楽になったのだろう。

 私たちは陛下の前まで来ると頭を下げる。


「おかげで長年に渡って我が国を悩ませた飢饉の問題は解決した。今年の収穫では無事作物が採れ、国庫も潤うだろう。その莫大な功績を鑑みておぬしに公爵位を与える」

「出すぎた申し出であったにも関わらず受け入れてくださりありがとうございます」

「いや、これはこのたびの働きに対する正当な報いだ。今後はより一層国のために励んでもらいたい」

「はい、もちろんでございます」


 そして義父上はさらに前に進み出ると、国王から直々に一通の書状を受け取った。


「それからロルスよ、おぬしも公爵家の当主にふさわしい人物になるよう励むのだぞ」

「は、はい!」


 国王に直接声をかけられるというこれまでであれば考えられないような状況にロルスは少し上ずった声で答える。

 最後に国王は私に目を向けた。


「レイラも今後とも忠勤を励むがよい。それから、宮廷魔術師の職は慣例的にオールストン家の当主が就いてきたが、別にそれ以外の者、もしくは女性が就いていけないというものでもない。今後の働き次第では任命することもやぶさかではない」

「ありがとうございます」


 それを聞いて周囲からどよめきが上がる。

 わざわざ国王がここまで言うからには一般論と言うだけでなく、近いうちに私を宮廷魔術師にしたいという意向があるのだろう。


 別に宮廷魔術師の地位がほしいという訳ではなかったが、私が宮廷魔術師になればレイノルズ家がいっそうの名誉を得られると思うとそれも悪くはない。

 こうして私たちは玉座の間を出た。




「そうか、ついに僕は貧乏貴族の息子から公爵家の跡継ぎになったんだな」


 玉座の間を出ると、ロルスがようやく実感がわいてきたようで、噛みしめるように言う。


「そうよ。これまでずっと周囲に馬鹿にされ続けてきたけど、今後は私たちが王国を引っ張っていく立場になる」

「本当にありがとう。レイラ、改めて今後も僕のことを助けてくれるか?」


 ロルスが真剣な目で私を見つめる。


「もちろん、そうするに決まってる」

「公爵位が授与されたことよりも、レイラみたいにすごい魔法が使える人物が妻だということの方が実感がわかない」

「ロルス、それはこれからのお前の頑張り次第だ」


 義父上が口を挟むと、ロルスは少し恥ずかしそうに頭をかく。


「確かにそうだな、僕は君にふさわしい人になれるよう頑張るよ」

「別に今がふさわしくないとかは全く思わないけど。父上がどれだけ嫌がらせをしてきても私を手放そうとはしなかったし。あんな風にしてくれる方は多分他にはいない。でも、そう思って頑張ってくれるなら私もおいていかれないよう頑張らないと」

「そうだな、これからお互い頑張ろう」


 ここに来るまで色々あったが、私たちの人生という意味ではようやくスタートしたばかりだろう。

 こうして私たちは改めてお互い頑張ることを約束したのだった。

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「宮廷魔術師の娘なのに無能すぎる」と婚約破棄され親には出来損ないと言われ、厄介払いされました 今川幸乃 @y-imagawa

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