その後私は王宮の中庭の祈祷台に移動した。そこには複雑な魔術の術式が刻まれた台座と祭壇がある。

 庭に出ると、私の前に数人の貴族が現れる。


「今回は色々大変な中引き受けていただきありがとうございます!」

「レイラ様、是非ともお願いします!」

「我らの領地はこの魔法にかかっているのです」


 面識がないので最初は誰かと思ったが、南西部に領地を持つ貴族たちだろう。私たちは権力闘争のために雨ごいの魔法を使おうとしているけど、彼らからすればもっと切実な問題だろう。


「分かました、お任せください」


 そう言って私は祈祷台に登っていく。

 そこで祈りを捧げると魔力が増幅されると言われており、昔から重要な魔法を使う際は使われてきたらしい。近年はこの祈祷台を使う権利もオールストン家が独占してきたらしいので、私がここを使うのにもレーヴェン公爵は一苦労したとか。


 その周囲には国王や父上、レーヴェン公爵のような国の偉い人たちをはじめ、南西部の貴族やその他様子を見にきたたくさんの貴族や王家の家臣たちが集まっていた。

 ここで見事雨を降らせることが出来れば至上の栄誉がもたらされるだろうし、逆に失敗すれば大口を叩いて周囲を騒がせた無能と軽蔑されることだろう。


 そう思うとどうしても緊張が込み上げてくるが、緊張しすぎるとどうしても魔力が暴走気味になってしまう。私は祭壇の前で手を合わせて心を静める。祈祷台にはそういう作用があるのか、不思議と心が落ち着いた。


「サモン・ウンディーネ!」


 そこで私はウンディーネを召喚する。これまで毎日練習を重ねてきたこと、そして祈祷台により魔力の増幅が合わさり、私の力は強化されていく。


「サモン・ウンディーネ!」


 強化された魔力を使って私は次々とウンディーネを召喚していく。一度五体のユニコーンを操ってみせたせいか、五体召喚するまではそこまでの反応はなかったが、六体目、七体目とウンディーネを召喚していくと、次第にどよめきが大きくなっていく


 最初はお手並み拝見といった表情で私を見ていた父上の表情もだんだんと引きつっていく。父上ならば何体のウンディーネを召喚することが出来るのだろうか。とはいえそれを気にしても仕方がない。


 私は淡々と召喚を続けていく。


「サモン・ウンディーネ!」


 そして十体目のウンディーネが召喚されると大歓声が上がった。

 それを見て父上の表情が大きく歪むのが見えた。魔法に詳しい父上であればウンディーネを何体ほど召喚すれば雨を降らせることが出来るかが分かっているのかもしれない。そして十体という数はそれに近い数なのだろう。


 とはいえ、私にはまだ余力があるのを感じる。

 魔力を酷使しているというのにウンディーネたちが周囲に集まっているせいか、清涼な空気が漂っていて、不思議と辛くない。


「サモン・ウンディーネ!」


 十一体目を召喚するとさすがに重い物を片手で支えているような苦しい感覚を覚える。さすがにこれ以上は無理か。

 そこでようやく私は召喚をやめることにした。


「さあ、雨を降らして!」


 私は自分の周囲に召喚された十一体の精霊に向かって叫ぶ。精霊たちはいっせいに頷くと、体を動かし始める。最初は何かと思ったが、よく見ると地方で伝わる雨ごいの儀式の際の踊りと似ている。


 先ほどまで私の魔力に驚いていた周囲の人々は、今度は精霊たちの舞に目を吸い寄せられる。精霊たちは全員が一糸乱れぬ舞を舞っているという訳ではなく、中には動作が遅れている者や違っている者もいたが、なぜか全体でその動きは統率がとれていた。十一体の精霊ではなくまるで全員で一つの生き物かのように。


 多くの者たちは純粋にその美しさに見とれているだけだったが、父上だけは絶望と驚愕が入り交ざった表情で見つめている。父上は知識としてこのような舞で雨を降らせた事例を知っているのかもしれない。

 そしてそんな舞が続いていくにつれ、次第に祈祷台に魔力が集まってくる。


 さらに数分経つと、晴れ渡っていた空にどこからともなく黒雲が集まってきた。見る間に雲は空を覆い、まるで今が真夜中であったかのように辺りは暗くなる。

 私が魔法を使うことを知らなかった者たちが何事か、と動揺して王宮内から外を見ているのが見える。


 さらに時間が経つと、雨雲は南西の方角に流れていく。

 それでも次から次へと雲は湧き上がり、移動しても移動してもなくなることはない。

 やがて遠くから雷鳴が鳴り響くのが聞こえる。南西の地では今頃どしゃ降りになっていることだろう。そして中庭にもぽつぽつと雨が降り始めた。


 それを見て見物していた国王や貴族たちは慌てて王宮内へと入っていく。私の周りには精霊の力によるものか、薄い膜のようなものが形成されていて雨に濡れることはない。

 最後まで残っていたのは魔法を使っている私と、呆然とした表情の父上だけだった。


「い、一体どうしてお前にこんな魔法が使える……?」


 父上は震える声で尋ねる。


「さあ、よくは分かりませんが、恐らく私は生まれつき他人より魔力が多かったのでしょう。父上はそれに気づかずに私に魔力が足りないと思い込んで魔力増進薬ばかり飲ませ、増えすぎた魔力は暴走を起こしていたのでは?」

「そんな、ということはわしよりも魔力が多かったというのか!?」


 一般的に自分以下の魔力の持ち主であれば大体どれくらいの魔力を持っているかが分かる。

 父上が私の魔力に気づいていなかったというのはそういうことなのだろう。


「そうかもしれませんね」

「まさか、そんなことがあったとは……」


 そう言って父上は雨に濡れるのも構わずにその場に座り込むのだった。

 その後父上は駆け付けた家臣によって引っ張られていくのを見つつ、私は一時間ほど魔法を使い続けたのだった。

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