第25話エピソード25
◇◇◇◇◇
マサトは咄嗟に時間を確認した。
現在の時刻は17時28分。
「ケン、それって人違いじゃねぇのか? 星莉は今飛行機に乗ってるはずだ」
マサトがケンに尋ねる。
「確かに四季の女の護衛に着いてた奴らは、空港まで行って飛行機が飛び立つ時刻まで空港の外で待機してたらしい」
「じゃあ、やっぱり人違いだろ」
「いや、なんでか分かんねぇけど両親と家を出た女がひとりで家に戻ったらしいんだ」
「……戻った?」
四季はスマホを取り出す。
なにかを確認していた四季が顔を引き攣らせた。
それを見逃さなかったマサトが声を掛ける。
「四季?」
「……確かに星莉は乗るはずだった飛行機に乗らずに一度家に戻ってる」
「あ?」
「予約ミスらしい」
「予約ミス? どういうことだ?」
「親父さんが飛行機の予約をしたみたいなんだけど、2人分しか予約ができていなかったみたいで今日は2人しか乗れないから星莉が明日の便で行くことになったらしい」
「それで家に戻ったのか」
「あぁ、そうみたいだ」
四季の顔は血の気が引き、まっさおだった。
「星莉が玄朱の人質になったっていうのはどういうことだ?」
「詳しいことはまだ分からない。でも玄朱が女の家に立て篭っているらしい」
「玄朱はひとりか?」
「いや、shadowの残党2人と一緒だって。女を見送ったあと念の為、護衛の奴らは家の様子を見に戻った。そしたら、家の前で女が玄朱に詰め寄られてんのを発見して、すぐに助けに入ろうとしたらしい」
「今日の護衛担当は3人だったよな」
蓮が確認すると、ケンは頷いた。
そして
「あぁ、でもひとり玄朱に刺されたって」
ケンからの報告に、その場にいた全員が固まった。
「あ?」
蓮が低い声を発した。
「刺されたのは腕で命に別状はないみたいだ。傷が深くて出血が多いから病院に運んだ方がいいらしい状態みたいだ。でもまだこの件は公にできないだろうからって待機してるらしい」
「なんで公にできねぇんだ?」
玄武が怪訝そうに聞いてくる。
「人質になってる女は一般人だ。チーム同士の抗争に巻き込まれたとなったら立場が悪くなってしまう。そうだよな? 四季」
説明した蓮が四季に視線を向ける。
「あぁ、星莉は花ヶ森の生徒だ。できるだけ大事にはしたくない」
「それなら普通にその辺の病院に運ぶことはできないですね。刺し傷なら病院から警察に通報されます。そうなったら周囲にも必然的に話は伝わります。」
「でも出血がひどいなら、治療が必要だろ?」
玄武と玄人も話に加わり、緊迫感は増す。
その時だった。
マサトがポツリと呟くように言った。
「……松井医院」
「マサト?」
全員の視線がマサトに集まる。
「神代第一の近くにある松井医院なら事情を聞かずに治療だけしてくれる」
「ケン、松田医院だ。すぐに教えてやってくれ。刺されたヤツの付き添いにひとり。星莉の家の前にひとりは残して、他のメンバーを何人か行かせてくれ。あまり大人数じゃなくていい。星莉が人質になっているなら玄朱を刺激しない方がいい」
蓮がテキパキと指示を出していく中
「……てか、なんでひとりで戻ってきたりしたんだよ」
四季はまだ現実を完全に受け入れることはできずにいた。
「四季。星莉は知らなかったんだよな?」
「……あぁ、そうか。星莉は自分に護衛が付いていることも俺達がshadow狩りをして潰そうとしていることも知らなかったんだ」
「言わなかったから悪いわけじゃない。言って星莉が不安に感じるなら黙っておくことも必要だ。てか、これはお前が悪いわけでも星莉が悪いわけでもない。だから自分を責めるな」
「……」
「それにまだ星莉が傷付けられたわけじゃない。それを防ぐためにも一刻も早く星莉を助けに行くぞ」
「……そうだな」
「おい、四季。俺達は星莉のところに行くぞ。お前はどうする?」
「俺も行く」
四季はもういつもの四季に戻っていた。
マサトの言葉で冷静さを取り戻すことができた。
「俺達も連れて行ってもらえないか」
「あ?」
「必要なら俺が玄朱を説得する」
「鳴宮、俺達は玄朱を無傷でお前らに返したりしねぇぞ」
「それはもちろん構わない」
玄武が頷いたのを確認して
「ソウタ、車を」
蓮が声を掛ける。
ソウタはすでに他のメンバーと連絡を取っていた。
「分かってる。とりあえずウチの人数分は来てる。鳴宮達の車もすぐに……」
「俺達は自分らの車で行くからいい」
玄武が言うと、玄人がキーケースを取り出す。
「行くぞ」
蓮の言葉に皆が慌ただしく動き出した。
◇◇◇◇◇
「お疲れ様です」
蓮達を出迎えたB-BRANDのメンバーは玄武と玄人を見て目を見開いた。
それもそのはず、B-BRANDのメンバーはCouleurの情報をチーム内で共有している。
だからあまり情報が出回っていない玄人はともかく、玄武の顔を知っているメンバーは多い。
これまでの経緯を知らないメンバー達が蓮達と一緒に現れた玄武を見て驚くのも無理はなかった。
唖然とするメンバーに蓮が尋ねる。
「状況は?」
「は……はい、未だに人質を取ったまま家の中にいます」
「要求などはないのか?」
「えぇ、今のところなにもないです」
「家のどこにいるか分かるか?」
「さっきあのアパートとあのビルから2階を覗いてみたんですが、2階はカーテンが開いてて、誰かがいるような様子はありません。ですが1階の窓は全てカーテンが閉められました」
「……ってことは、一階にいる可能性が高いってことか」
「そうですね」
「四季、この家の一階の間取りは分かるか?」
「あぁ、玄関入ってまっすぐ廊下が伸びていて、その突き当りにリビングとダイニングとキッチンがある。そこに行く手前に風呂場とトイレ、それから和室がある。2階は星莉の部屋と親父さん達の寝室だ」
「リビングとダイニングキッチンに窓はあるか?」
「あぁ、ある」
「和室には?」
「小さな窓があるが、はめごろしで開けることはできない」
「その窓にカーテンはあるか?」
「いや、カーテンじゃなくて障子なってる」
「それなら和室にいる可能性が高いな」
「なんでそう思うんだ?」
「玄朱達は、計画的にこの家に立て篭ってるわけじゃない。だからできるだけ外からの侵入を避けたいという心理が働いているはずだ」
「……なるほど、だから窓が開かない和室か」
「あくまでも推測だけどな」
「どうする、蓮。侵入するか?」
「あぁ、でも出掛けるつもりで家を出たんなら戸締りはきっちりしてあるはずだよな」
「窓を割って中に入ることもできるが、窓を割る音が玄朱を刺激すると人質が危ない」
「……風呂場」
「四季?」
「もしかしたら、風呂場のカギが開いてるかもしれない。いつも換気のために少し窓を開けてるんだ」
「和室と風呂場の距離は?」
「そんなに近くもねぇ。てか、風呂場の音は和室には聞こえねぇよ」
「なんでだ?」
「風呂場は防音なんだよ」
「それなら侵入口は風呂場だ。もし鍵が開いてなかったら窓を割って中に入るぞ」
「分かった。俺が行く」
四季が言うと
「俺も一緒に行く」
すかさずマサトも言う。
「ケンと琥珀はカギを割るってなった時に和室側で玄朱の気を引いてくれ」
「了解」
「ソウタと樹はリビング側の窓ガラスを割っていつでも中に入れるように準備して待機」
「分かった」
「お前らは万が一人質が怪我をした時に備えて、いつでも病院に運べるように車を玄関前に持ってきて、そこで待機だ」
「分かりました」
「マサト、スマホは通話状態にしておいて、可能ならば状況を知らせてくれ」
「任せとけ」
「俺達は?」
「あんた達はゲストだ。のんびりと傍観していてくれ」
「分かった」
こうしてマサトと四季が、星莉を人質にして玄朱が立て篭っている家に侵入することが決まった。
◇◇◇◇◇
風呂場側に回り込み、マサトが小さな声で尋ねる。
「どうだ? 開いてるか?」
「ラッキー、開いてた」
「ラッキーだけど、不用心だな」
「今度注意しとく」
「それがいい」
「俺が先に行く」
「四季」
「冷静にな」
「分かってる。星莉を助けるまでは冷静に対処する」
「……まぁ、それでもいいけど、ここが星莉の家だってことを忘れんなよ」
「あぁ、そうか。あんまり荒らすと親父さんとお袋さんにガチでキレられるな」
「そうだ。だから、玄朱を殴るなら外に引きずり出してからがいい」
「頑張ってみる」
頷いた四季は窓の淵に手を掛けると、楽々と中に入った。
すぐにマサトもあとに続く。
風呂場を出て、脱衣所を通り、廊下を足音を忍ばせて和室に向かう。
和室の入り口は襖になっている。
そこで足を止めた四季とマサトは耳を澄ませて中の様子を窺う。
すると中から潜めたような声がわずかに聞こえてきた。
「どうすんだよ、玄朱。マジでヤバいって。お前が刺したりするからもうすぐ警察が来るぞ」
「分かってるって」
「早くここから逃げた方がいい」
中から聞こえてくる声は、かなり焦っている。
蓮が言った通り、これは計画的ではなく行き当たりばったりの行動の結果だろう。
四季はその場にしゃがみ込むと、慎重に襖を開く。
玄朱達に万が一気付かれた時のために、マサトはいつでも中に飛び込めるように身構える。
しかし、余裕がないらしい玄朱達に気付かれることはなかった。
その代わりに、星莉はわずかに開いた襖にすぐに気付いたらしく視線を向けてくる。
襖の隙間から見えた、四季の顔に星莉は思わず声を発しそうになったが、四季は自分の口許に人差し指を立てて、それを制した。
星莉はスッと四季から視線を逸らし、玄朱達の様子を確認してから二回頷いてみせた。
幸いなことに、星莉は拘束されていなかった。
座卓の横にちょこんと座らされており、玄朱達は窓際に立って話を込んでいる。
星莉と玄朱達の距離は1メートルちょっとほど。
四季とマサトは視線を合わせると小さく頷き合う。
マサトはスマホを入れているポケットを服の上から3回叩いた。
これは事前に蓮と決めていた合図だった。
1回だったら、侵入自体ができない。
2回だったら、侵入はできたが星莉の救出が難しい。
そして3回は、侵入できて、星莉の救出も可能だという合図だった。
「でも、外にはB-BRANDの奴がいるんだぞ。どうやって逃げるつもりだよ?」
「そうだ。奴らに車を持ってこさせよう。こっちには人質がいるんだ。あいつらはきっと俺らの要求に従うはずだ」
「そ……そうだよな。よし、そうしよう」
「あぁ。そうと決まればすぐに車を持ってくるように外にいる奴に伝えようぜ」
玄朱達が動き出そうとした瞬間、襖が勢いよく開かれる。
「星莉、走れ!!」
叫んだ四季の声に星莉が弾かれたように四季に向かって駆け出し、それと入れ替えに四季とマサトが和室に入っていく。
素早く、星莉と玄朱達の間に入った四季が
「星莉、玄関のカギを開けて外に出ろ」
星莉を庇うように立ちながら叫ぶ。
星莉は四季に言われるがまま、「はいっ」玄関に駆けて行った。
玄朱達は状況がまだ呑み込めていないらしく、その場に立ち尽くしたまま固まっていた。
「車が欲しいんだろ? 準備しようか?」
四季が玄朱に聞く。
「……はっ?」
「お前たちが乗るのは救急車だけどな」
四季がニヤリと笑みを浮かべた。
その様子を見ていたマサトが
「四季、ここではマズイ……」
慌てて止めようとしたが、間に合わなかったようで四季の拳は玄朱の頬に当たり鈍い音がした。
殴られた玄朱の身体が紙切れのように吹っ飛ぶ。
「四季、さっき言ったばかりだろ。ここで暴れたらあとが大変だぞ」
「そうだった。すっかり忘れてた」
マサトと四季がそんなやり取りをしていると、複数の足音が慌ただしく家の中に入ってきた。
「玄朱」
「あ……兄貴!? なんでここに……」
「お前はどんだけ人様に迷惑を掛ければ気が済むんだ?」
そう言った玄武が、四季に殴られ倒れている玄朱のみぞおちを蹴り上げる。
「……がっ……」
玄朱は苦しそうに蹲り、動かなくなった。
「おい、ここは人の家だぞ。兄弟ゲンカは外でやれ」
四季が言うと
「あっ、悪ぃ」
玄武は素直に謝った。
「てか、お前が言うなよ」
マサトが言うと四季は気まずそうに頭を掻いていた。
◆◆◆◆◆
「へぇ~、そんなことがあったんですね」
ヒカルがしみじみと呟く。
「あぁ」
「それで玄朱はどうなったんですか?」
「あ~……玄朱な……」
ケンは言いにくそうに口籠った。
「なんですか?」
「あれはマジで悲惨だったな」
「悲惨?」
「もしかして四季くんにボコられたとか?」
「いや、四季は玄朱を一発しか殴っていねぇし、俺達だって結局玄朱には手を出さなかった」
「だったらなにが悲惨だったんですか?」
「玄朱は玄武と玄人にボコられたんだ」
「玄武と玄人に? でも事前の話では、玄武達は玄朱を引き取るだけって話だったんじゃないですか?」
「確かにそういう話だったけど、玄武と玄人は玄朱に相当怒ってたんだろうな。顔を見たら止まらなくなったみたいで……」
ケンの言葉を
「玄武にボコられた玄朱は全治3ヶ月の診断を受けた」
蓮が引き継ぐ。
「なるほど。だから悲惨なんですね」
「しかも、退院と同時に傷害や恐喝でパクられた」
「パクられたんですか?」
「正確には玄武に言われて自首したんだけどな」
「兄貴にボコられて、その上自首。まぁ、それだけのことをしたんだから仕方ねぇけど、兄貴ってマジで怖ぇってあの時はそう思ったよ」
「でも、刑期を終えて戻ってきた玄朱は憑き物が取れたように変わってたじゃん」
「今はCouleurを玄武が引退して、玄人がトップ、玄朱がNo.2だもんな」
「四季と玄朱も和解して、最近はたまに会ってるみてぇだし」
「まぁ、上手い具合に解決したよな」
「そうだな。てか、あの時は大変だったし被害者がいるんだから不謹慎かもしれねぇけど……今思うとあの頃って結構楽しかったよな」
ケンの言葉に
「そうだな」
蓮とマサトは頷いた。
Precious Memories エピソード25【完結】
Precious Memories 桜蓮 @ouren-ouren
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます