第24話エピソード24

◇◇◇◇◇


玄武は事前に言った通り、2人でやってきた。

堂々とB-BRANDの本拠地にやってきた玄武は

「Couleurでトップを張ってる鳴宮玄武だ。こっちはNo.2の鳴宮玄人【げんと】だ」

全く臆した様子もなく自分とNo.2の名前を口にした。

「B-BRANDの神宮だ」

玄武の対応をする蓮もいつもとなんら変わりなかった。

「あぁ、知ってる。失礼だとは分かっているが事前に調べさせてもらった。そっちの幹部の名前と顔は把握している」

「そうか。No.2と同じ苗字なのか?」

「あぁ、こいつは弟だからな」

玄武の言葉に蓮を除く創設メンバーとマサトと四季は小さく息を呑んだ。

しかし蓮だけは

「やはりそうか」

まるでそのことを知っていたかのような口調だった。

その反応を見た玄武は興味深そうに

「うん?」

蓮に視線を向けた。


「こっちもあんた達のことは調べさせてもらってる。No.2の情報が極端に少なかったけど、苗字を見て、もしかしたらと思っていた」

「あぁ、そういうことか。他のチームでは、No.2はトップの右腕的な役割を担うが、ウチのチームは違う」

「影だろ?」

蓮が言うと「へぇ、そこまで調べてんのか。大したもんだな」玄武は感心したように呟く。

それから玄武は蓮の言葉を肯定するように小さく頷いた。

「そうだ、ウチのチームでNo.2の役割はトップの影になることだ。だからこいつに関する情報が少ないのは当然だ」

玄武と蓮が言う“影武者”のこと。

表に極力出ず、トップのために動く人間のことを指している。

「その影を人前に出していいのか?」

もっともな蓮の言葉に

「本当はあまり人前には出したくないが……まぁ、今日は特別だ」

玄武は気まずそうに頭を掻く。

「特別?」

「あぁ、もうひとりの弟があんた達には迷惑を掛けたみたいだから詫びを入れに来た」

「それは鳴宮玄朱のことか?」

「あぁ、そうだ。玄朱は俺と玄人の弟だ」

「詫びっていうのは?」

「だから玄朱が迷惑を掛けた詫びだ」

そう言い放つ玄武を

「……」

蓮はジッと見つめる。

そのまっすぐな眼差しは、玄武の本音を探っているように見えた。

「神宮?」

「……その詫びって宣戦布告の隠語かなにかか?」

蓮が疑問をぶつけると

「はっ? 宣戦布告?」

玄武は訝し気に首を傾げる。

その反応を見る限りでは、玄武は別にとぼけているのではなく、本当に蓮がなにを言っているのか分からないという感じだった。

「違うのか?」

「違ぇよ。隠語とかじゃなくて俺達は正真正銘詫びを入れに来たんだ」

「あ?」

蓮は疑るように玄武を見つめる。

しかしそれは蓮だけではなかった。

玄武と玄人以外の人間は皆玄武の言葉を素直に信じていいものかどうか困惑していた。

そこで玄人がなにかに気付いたような表情を浮かべた。

「もしかして……玄朱のチームのバックにはCouleurがいると思ってませんか?」

その問い掛けに

「普通にそう認識してるけど」

蓮が素気なく答える。

そのやり取りを聞き、玄武が納得したように手を打った。

「あぁ、そういうことか。あんた達は勘違いしてる」

「勘違い?」

「そうだ。Couleurと玄朱のチームはなんの関係もねぇし、完全に別物だ」

「でも玄朱はあんた達の弟なんだろ?」

「まぁ、弟ではあるけど……」

不自然に言葉を止めた玄武は、チラリと玄人に視線を向ける。

その様子に違和感を覚えた蓮は

「なんだ?」

続きを促す。

「今はちょっと訳アリで勘当状態なんだ」

「あの……その辺の説明は自分がしてもいいですか?」

玄人が蓮に窺うように尋ねる。

「別にそれは構わない」

蓮の了解を得た玄人は淡々と言葉を紡ぎ始める。

「自分達兄弟は両親を幼い頃に亡くしているので実質的には兄が親代わりなんです。玄朱は根っからの末っ子気質で簡潔にいうならば甘えん坊で我儘な奴なんです。それはもう兄も玄朱には手を焼く程で……。以前は玄朱もCouleurに所属していたのですがチームの規則を破り、著しくチームの名前を汚したので兄が除名しY区から追放したんです」

「……ってことは、本当にshadowの母体はCouleurじゃないのか?」

「あぁ、違う。shadowは玄朱が一緒に悪さして除名になった元Couleurのメンバーと立ち上げたチームだ」

「追放されてY区ではチームを立ち上げることができないからこの街でshadowを立ち上げたってことか?」

「あぁ、その通りだ。玄朱がこの街でチームを立ち上げたことも、また前と同じような悪さをしていることも知っていた。本来ならすぐにでも玄朱を捕まえに来るつもりだったけど、あんた達が玄朱にお灸を据えてくれようとしていることを知ってな。身内じゃどうしても甘さが出てしまう。だけどあんた達ならあいつが自分のしたことを後悔するぐらいまで追い込んでくれると考えて様子見をさせてもらっていた。悪いな、手を煩わせてしまって」

玄武が頭を下げると、その隣で玄人も深々と頭を下げた。


「念の為に確認なんだが、俺達はshadowを完全に潰して鳴宮玄朱をこの街から追い出すつもりだ。それでもCouleurが出張ってくることはないんだな?」

「もちろんだ。俺達はお前達に感謝をすることはあっても、攻撃しようなんて気は更々ねぇ。なんならお前達と一緒にshadowを攻撃してもいいぐらいだ」

「……そうか。でも、shadowはほぼ壊滅状態だ」

「そうみたいだな。玄朱は遠慮なくボコボコにしてもらって構わない。その後は俺達が責任をもって回収する。shadowのメンバーも含めてな。あと玄朱が卑劣なやり方で荒稼ぎしていた被害者への謝罪と賠償もこっちでさせてもらう」

「被害者への謝罪はともかく賠償はかなり高額になるぞ」

「あぁ、構わない。弟が迷惑を掛けたんだから俺が責任を取るのは当然のことだ。でも玄朱は成人してるんだから俺は一時的に立て替えるだけで、その分はきっちり玄朱本人から回収するけどな」

そう言った玄武の顔は、Couleurのトップではなく兄の顔だった。

玄武の話に嘘はないと確信を得た蓮は

「あぁ、それが本人の為かもな」

ふと笑み浮かべた。

「……ってことで、まずはあんた達への賠償だ」

玄武が言うと、玄人が封筒を取り出し蓮の前に差し出した。

分厚いそれは中身が透けているわけじゃないが一目で現金が入っていることが分かるものだった。

「金で弟が掛けた迷惑をなかったことになんてできないことは重々承知している。だけどこれは玄朱の兄としての俺達の詫びの気持ちだ。だから受け取ってもらえると助かる」


玄武の言葉に蓮は一瞬迷った。

金を受け取る気にはなれない。

でもこれはあくまでも玄武と玄人の詫びだ。

金を受け取らないということは、玄武達の詫びを受け取らないという意味になってしまう。

最初は宣戦布告に来たんだろうと思っていた。

だけどそうではなくわざわざ詫びを入れに来たのだ。

それに玄武はきちんと筋を通してこの場にやってきた。

コンタクトのとり方もこの場での振る舞いもそして謝罪も、全てが蓮達に対して礼儀が尽くされていたし誠意を感じることもできる。


玄朱と玄武が兄弟だと分かった時点で、shadowがCouleurの母体だと勝手に勘違いしたことは完全に蓮達に非がある。

その勘違いのせいでCouleurもそしてそのトップである成宮玄武という男もshadowや玄朱と同レベルだと思い込んでいた。

でも実際は違った。

玄武も玄人も信頼ができる男だったし、その男達がトップとNo.2を努めているCouleurというチームもshadowとは全く違うチームだと分かる。


蓮は小さく息を吐くと、まっすぐに玄武を見つめた。

「あんたの詫びは受け取らせてもらう。玄朱をトップの座から引きずり下ろしshadowを完全に壊滅、玄朱は追放とすることでこの件は手打ちにする」

「あぁ、そうしてもらえると助かる」

「この金は被害者への賠償に充ててくれ」

「いや、それとこれとは話が……」

「賠償してもらうほどウチに被害は出ていない」

「だが……」

「玄朱がターゲットにしていたのは学生でしかも女が多い。身体的な傷は浅くても心の傷は深い」

「……」

「あんたは立て替えるだけにしても負担は大きいはずだ。だからこの金はそれに使ってくれ」

「でもそれじゃ、あんた達に詫びが……」

「金の代わりに欲しいものがある」

「なんだ?」

「この件が完全に解決したら、B-BRANDと同盟を組んでほしい」

「同盟?」

「今後、ウチのチームは近隣の県まで勢力を拡大していくつもりだ。その時、必要があれば手を貸してほしい」

「別にそれは構わないが……本当にそれだけでいいのか?」

「もちろん。金を貰うよりもそっちの方がメリットが多い」

「分かった。この件が一段落したら正式な場を設けると約束する」

「あぁ、頼む」

蓮が右手を差し出すと、玄武がその手を強く握った。

Couleurとの同盟が成立すれば近隣の県に勢力を伸ばす時、玄武と玄人は心強い味方となってくれるに違いない。

玄武とは金で繋がるよりも、約束によって繋がる方が双方にとってメリットになる。

蓮はそう考え提案した。

蓮が金を受け取らず、その代わりに同盟を申し入れたことで玄武の信頼を得ることができたのもB-BRANDには利点となる。


思わぬ展開ではあるが、これでB-BRANDとCouleurの全面抗争は免れることができた。

Couleurがshadowに手を貸すつもりがないならば、shadowが壊滅するのも秒読み状態で、この件が解決するまでのカウントダウンはすでに始まっている。


この場にいる全員がそう思っていた。

特に四季は誰よりもその展開を喜んでいた。

星莉が戻って来るまでに全てのカタが付く。

ほぼ不可能だと思っていたが、実現できる見通しが立ったことをマサトと肩を叩き合って素直に喜んでいた。


そんな時だった。

ケンがスッとその場を離れ、カウンターの傍で振動しているスマホを耳に当てた。

スマホ越しに伝えられる言葉を聞いていたケンの表情がどんどん険しくなっていき

「おい、四季。大変だ」

振り返ったケンはそう叫んだ。

「どうした?」

「お前の女が玄朱に人質にされてるらしい」

「はっ?」

四季はケンの言葉を咄嗟に理解することができなかった。

いや、四季の頭が理解することを拒絶したのかもしれない。

とにかく四季は呆然とその場に立ち尽くしていた。


Precious Memories エピソード24【完結】

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