第21話 泉の聖女 ⅱ





 みんなの愛情を一心に受けた私はあっという間に8歳を迎えた。

 その頃にはお父様も爵位と家督を継ぎ、正式に辺境伯に就任した。

 お陰で毎日の読み聞かせも出来ない日もあるくらい忙しくなってしまって、少し寂しかった。


 その代わり、お父様が領主の仕事で領地を周るのに連れて行ってもらい、色んな領民の方たちと触れ合う機会が増えた。

 それまでは、私が幼すぎて領主館の外に出ることは許されておらず、遊び相手といったら家族のみんなや騎士の皆さんばかり。一番歳の近い同性であるアイラでも、9歳も年が離れていた。


 だから、初めて触れた外の世界はとても刺激的だった。

 メーメーと鳴くモコモコな生き物に領主館よりも大っきい木、鉄をカンカン叩く人に沢山の動物を引き連れている人。

 どれもこれも知らないことばかりで心が躍った。


 中でも歳の近い子供たちとの出会いは、最も嬉しい出来事だった。

 流石に護衛の騎士の方が遠巻きに監視していたけれど、その時初めて年相応の振る舞いというのができたと思う。

 子供たちに混じって野原を駆け回り、いろんなことをお話しして、一日中クタクタになるまで遊んだ。

 子供たちと遊んだ日の夜は、仕事を終えたお父様と一緒のベットに潜り込んで、その日どんな遊びをしたのかとかどんなことがあったのかとか興奮にまかせて話続けた。

 お父様は私の話を微笑みながらウンウンと相槌を打ちながら聞いてくれた。一度、村の男の子に告白された話をした時は顔色を変えて「どこの子供だ?」と怖い目つきで言われたことがあるけれど、今となってはいい思い出だ。

 そうやって、ひとしきり話し切ると疲れでいつの間にか寝てしまい、目が覚めたらまた遊びに行く。そんな日々が習慣となっていた。


 そうやって仲良く遊んでいた子供たちの中にアーダという女の子がいた。

 彼女はとある村に住む石工の三女で、とても女の子らしいく可愛らしい子だった。

 周りが男ばかりの環境で育った私にとって、女の子らしさの見本となった存在でもあった。

 刺繍やスカートの押さえ方、恥ずかしがり方や恋話などまさに噂でしか聞いたことがなかったような「女の子っぽい女の子」を体現したような存在で、初めて彼女と会った時は感動さえしたのを覚えている。少し大袈裟だけど、アーダと出会わなければ今頃男勝りな性格になっていたかもしれない。

 だから、ある意味私の恩人のような女の子だ。


 そんな彼女とはお父様の巡回で連れてってもらうたびに仲良く手を繋いで遊びに行った。

 アーダはきっと本物のお姫さまである私に憧れを抱いていたんだと思うけれど、私も本物の「女の子っぽい女の子」として憧れを抱いていた。

 そうして互いに憧れを抱いていたもの同士、とても気が合った。私の一方的な考えかもしれないが、彼女は親友の一人になっていたと思う。


 そんなアーダとの別れは突然やってきた。

 彼女の村に巡回で周ることとなっていたある日、私は彼女とどんな遊びをしようか胸をドキドキさせながら村へ訪れた。

 けれどその場に彼女は居なかった。

 アーダがどこに居るのか村の大人たちに聞いて回っても答えてくれないし、子供たちも大人に喋るなと言われているらしく聞かせてくれなかった。

 だから大人たちがコソコソ話しているのを盗み聞いたとき、血の気が失せるほどに衝撃を受けた。


「ほんと可哀想よね、領主のお嬢様。あんなに仲の良かった石工の一家が異民族に皆殺しにされてしまうなんて。」


 一瞬頭が真っ白になってから、悲しみが心の中を掻き乱した。

 その悲しみから逃れるように森の中へと走っていったが、どれだけ走れどもその苦しみが消えることはなかった。

 代わりに湧いてきたのはその異民族への怒りと義憤だった。

 なぜこんな酷いことを出来るのか、どうしてこんなことをやったのか、問いただしてやらねば気が済まなかった。

 だから、私はある愚かしい行動を取ることとなった。


 その日の夜は誰も寝室に入れることなく眠るフリをした。

 お父様たちもアーダのことを知っているのか、そっとしておいてくれた。


 だから私はその隙をついて、夜の森へと駆けて行った。

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私の頬を引っ叩いてください ひつじまぶし @kikikaikaiKai

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