ぴったりな相手

はちやゆう

第1話

 この部屋の正面のドアには一枚の紙が貼られていた。


『あなたにぴったりな相手を紹介します』


 なにやらあやしい文言が掲げられていた。そもそもわたしがこの部屋にたどり着いた経緯もあやしいものであった。あやしい街で、あやしい男に声をかけられ、あやしい誘惑をもちかけられ、あやしい態度をとっていたら、いつの間にかあやしい部屋にいた。それは簡潔で不明瞭で間違ってはいない。

 入ってきたドアより他にドアもないので、わたしはあやしげなドアを押しひらいた。


 そこは廊下のようだった。窓もなければ装飾品のたぐいもなかった。裸電球が三つ点々と天井から吊りさげられているだけで見とおしは悪かった。十歩くらいだっただろうか、廊下のつきあたりには一枚の液晶ディスプレイが貼りつけてあった。わたしが廊下につきあたるとディスプレイに文字が表示された。


『理想の容姿をお伝え下さい』


 やぶからぼうな質問であったがわたしは驚かなかった。あやしげな雰囲気とあやしげな事態にわたしは少し慣れはじめていた。


「凛とした趣があるかわいい娘が好みだ」

 具体的な容姿が思い浮かばなかったというよりは、質問を投げかけているひとに自分の趣向を話すのが躊躇われての回答だった。二律背反するような答えだが、きっと相手のほうから質問がくるだろうと想定してのものだった。そして、その想定は裏切られた。


 あいまいな答えを受けてディスプレイの文字が変化した。

『右の扉にお進みください』


 廊下のつきあたりには左右に扉があった。どちらも同じデザインをしていた。わたしはいわれたとおりに右の扉を押しひらいた。


 ドアをあけるとそこは先ほどと同じく暗い廊下だった。気味のわるい間取りだな、ぐらいでわたしはもはや考えることを諦めていた。電球は二つ。五歩、六歩と進むと廊下はつきあたった。正面にディスプレイが、左右にはドアがあった。


『恋人にもとめることをお伝えください』


 ひとことで答えるのがむずかしい質問だった。しかし、さきほどの内容を考えると相手は具体的な内容を聞いてくれそうもないことは想像できた。


「二つ求めてもいいのかな。ほんとうは七つはあるんだが、まあ日替わりということでね」


 ジョークに対する反応はなかった。ディスプレイは同じ文字を光らせるだけだった。バツが悪くなったわたしは思いついたことをそのまま口にだした。


「父のように頼りがいのあって、母のように慈愛にみちているそんなひとが欲しい」


 父性と母性を両立するそんなひとがいたとして、その彼女はわたしを必要としてくれるのだろうか。わたしは彼女になにをあげられるのだろうか。そんなことを思いはじめたとき、わたしの進む道をディスプレイが示した。


『右の扉にお進みください』


 扉をあけるとそこも廊下だった。わたしは廊下をつきあたりまで進む。そこで質問を確認した。


「パートナーに希望する収入をお伝えください」


 いままでが抽象的な質問であったのに具体的な質問だなと思った。理想を言うのはタダだと思い、自分の倍の収入を伝えた。

「多ければ多いほうがいい。とりあえず年収一千万円だ」


『右の扉にお進みください』


 ディスプレイから回答するひとの感情はまったく読みとれなかった。このひとは仕事に徹しているプロフェッショナルなのかもしれない。いままでにも何人ものひとの縁をとりもった縁の下の力持ちなのかもしれない。わたしはそのように思うことにして右のドアを開いた。


 扉をあけるとそこはウォークインクローゼットのような小さな鏡部屋だった。四方すべてが鏡張りをされており、天井から照明が吊られているほかはなにもなかった。正面の鏡にはノブがついており、これが次の部屋に繋がるようであった。


 なるほど、ここで身だしなみを整えよということか。いよいよやってきたぞ、と男は鏡で念入りに顔、髪形、身だしなみをチェックした。自棄っぱちになっていた気持ちが、いざその時となると高鳴りをはじめた。わたしは深呼吸をした。ふと、右側の鏡でわたしの顔をみた。わたしをのぞきこむと、まるでわたしに見つめられているようだった。わたしはノブを回し扉を押しひらいた。


 そこは見おぼえのある部屋だった。右手のドアには一枚の紙が貼られていた。


『あなたにぴったりな相手を紹介します』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぴったりな相手 はちやゆう @hachiyau

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説