娘の相談

@rei140

娘の相談

私は本の虫だ。

読むことだけに飽き足らず、自分でも小説を書いていた時期もある。

と言っても、それは娘が産まれる前の話だ。

家事に育児に仕事にと忙しさを言い訳に、いつの間にか筆を折ってしまっていた。


もう、娘も10歳と、そんなに手が掛からなくなったのに、今度は私の気持ちがもう以前ほどの熱量がなくなっている。


一度でもプロになった作家ではなく、趣味の範囲の創作だ。

別段書きたいものがないならそれでいいだろう、と読みたい本を読みつつも、何となく心に蟠りが残る。


ところで、ひょんなことから、私の創作意欲は取り戻されることになる。



実は娘も私と同じく本の虫だ。

私が子供の頃に読んでいた児童書や、小説を読むことが多い。

そんな紙の本に飽き足らず、最近は小説投稿サイトにもハマっているらしい。


そんな娘に珍しく相談をされた。

娘は何でも卒なくこなすタイプだ。

勉強も運動もそれなりに出来るし、友人もそれなりにいる。


一方で、私はおっちょこちょいでヘマが多く、呆れらることが多い。

空気が読めず、失言が多いせいか、友人も少ない。


だから今まで私に何かを相談されたことはなかった。

むしろ、そんな私を見下している節すらあった。

学校生活や旦那には冷たくないようなので、私への少し冷めた態度は諦めていた。

いつか、母の気持ちが分かる時がくるだろうと。



今日も私は家事を終えて、束の間の時間、リビングのソファで寛ぎながらお気に入りの小説を読んでいた。


「お母さん、相談事があるんだけど……今ちょっといい?」


娘は眉を下げて心底困ったという様子で私の隣に座る。


「えっ、どうしたの?」


もしや、学校で何かトラブルでもあったのだろうか?

まさかイジメだろうか?

それとも学校帰りで変な大人に……などとネガティブな妄想を繰り広げる私をよそに、娘は話し始めた。


「小説サイトの作家さんで、凄く好きな話があるんだけど、感想送って大丈夫かな?十年くらい前に投稿が止まってるから、今更感想送っても迷惑じゃないかな?」


娘は恥ずかしいのか、もじもじと落ち着きがない。

普段は何をやっても自信満々でニコニコしているのが常の娘にしては珍しい態度だ。

よほどその作品が気に入ったのだろう。


「何年経っても、自分の書いた小説の感想を、貰うことは、嬉しいことよ。だから迷惑なんて考える必要はないの。あなたが面白いとか、感動したとか、感じたままに感想を送ってみたらどう?」


そんな昔に書いた小説に感想送られる作家はさぞ嬉しいだろうな。

少しだけ羨ましいと思った。


次の日、娘は私の言葉に背中を押されたようで、悩んでいた例の作家に感想を送ったらしい。


私が十年間放置していた投稿サイトから、通知メールが来た。

嬉しいような恥ずかしいような、不思議な気持ちになる。

娘の感想は稚拙ながらも、凄く熱量を感じさせられた。

久しぶりに創作がしたくなった。



それから一週間が経った。


「ご飯、出来たよ〜」


階段から部屋にいる娘を呼ぶ。


今日は娘の大好きなハンバーグだ。


「感想送った作家さんがね、最近また小説書き始めてくれたの!感想送ったからかな?新しい話が読めるの嬉しい!」


その作家が作ったハンバーグを、美味しそうに食べる娘に何とも言えない気持ちになる。


母だと知ってしまったら、あの気持ちをきっと台無しにしてしまう。


秘密を作ることは苦手だけど、これは墓まで持っていこうと、私は娘の笑顔を見て決意した。


「お母さん、手が止まってるけどどうしたの?またどこか怪我した?」


「ううん、ちょっと考え事してただけ。明日のご飯は何がいい?」


「カレー!」


肉じゃがにしようと思っていたから丁度いい。


「じゃあ明日はカレーにしようか」


聡い娘はいつか私のことに気付くかもしれない。

けれど、今すぐバラしてしまうよりはいいだろうと、私は箸で小さく切ったハンバーグと共に飲み込んだ。


その日の夜、帰ってきた旦那に娘から相談された話をした。

旦那も、娘が私に対する態度が冷めていることが気掛かりだったようだ。

今日の話を聞いて、戸棚に大切にしまってあった高い赤ワインを出してきた。


「あの子が一歩成長した記念だ。祝おう」


旗からみたらそんなことで?と笑われてしまうだろう。

でも、親である私たちにとってはとても凄いことだ。

アポロが月面に降り立った時のように凄いことだ。


チーズで作ったおつまみで、ひっそりと二人で宴を開催した。


トイレに起きた娘に見られているとは知らず――。



その後、一週間口を聞いてくれなかったが、口を聞くようになってからは、以前より態度が円やかになった。


ただ、切っ掛けがほしかっただけなのかもしれない。

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