第4話「謀殺」

「それではこれよりエルフ族ユグドラシル領、領主アラル=ユグドラシルと、ドワーフ属イーストロック領、領主ゴルディア=イーストロックによる領主会談を始めます」

 

 うちのエルフ族が誇る美人秘書、シルフィの挨拶によって僕らエルフとドワーフによる領主会談は始まった。


 だが元々予定されていたこととは言え、僕は領主会談なんてものに興味はない。正直やりたくない。

 それこそ死にたくなるほどに。

 そもそもこの世界に来るまで僕は日本の普通の高校生だったし、今だって、ひょんなことから元々領主だったアラル=ユグドラシルの身体を受け継いでしまっただけだ。僕自身に領主の才覚はないし、やりたいとも思っていない。


 だがそんな僕のことを、慕ってくれているシルフィや、領土のみんなが安心して暮らしていくためには他の種族ともうまくやっていかなければならない。

 例え中身が偽物だとしても、領主としての責任は果たさなければならない。

 

「どうぞよろしく」

 

 僕は緊張する気持ちをグッと飲み込んで、精一杯厳かに挨拶をした。

 

「こちらこそ、よろしくお願いする」

 

 向いの席に座るゴルディアはドワーフらしい立派な髭を蓄えた初老の男性だった。後ろには護衛として屈強な部下を携えている。元いた世界だと40代くらいの外見に見えるが、ドワーフの寿命を考えるとその数倍は生きているだろう。単純な数値でも、僕とは人生経験が違う。そんな相手とこれから渡り会わねばならない。気を引き締めなければ。


「さて、会談を申し込んだのは他でもない。今日は取引をするためにこちらに参った次第だ」

 

 単刀直入に、ゴルディアが話し始める。

 シルフィによればドワーフは基本的に頑固かつ短慮な性格であまり接しやすいとは言えないが、その分素直で自分の意見はしっかり言うので策略や嘘は苦手だという。

 たしかに、開始早々に要件を切り出すあたり、実直な性格だとは思うが。

 

「取引……ですか」

 

「ああ、まず初めに、最近我が領土で新素材の採掘が進んでいるのはご存知だろうか?」

 

「ええ、聞いたことはあります。なんでも、新しい金属が見つかったとか」

 

 これもシルフィから予習しておいた内容だ。ドワーフはその性格からか職人気質の人が多く、鎧や剣を鍛えて一生を終える者も多い。なので必然的に金属採掘が盛んになってくる。

 そしてとりわけこのゴルディアが治めるイーストロック領では近頃「ナイトクリスタル」という珍しい金属の採掘が活発だという。

 シルフィに聞いた限りでは、未だどんな効果があるのかわからない未知の金属だという噂だが。

 

「おお、ならば話が早い。実はこのナイトクリスタルという新素材なのですが、採掘を重ねるにつれて、恐るべき欠点が見つかってしまったのです」

 

「──欠点?」

 

 僕が聞き返したのは何も新しく見つかった金属に欠点があったのが意外だったからではない。例えばダイヤモンドだって高い硬度を誇るが熱や油に弱いという欠点を持つ。見つかったばかりというのなら、予想外のデメリットがあってもおかしくはない。

 だから問題はその欠点がいったいどんな「恐るべき」ものなのかという話なのだが──

 

「ええ、採掘に携わった者たちが、原因不明の毒に冒されてしまったのです。ある者は高熱に苦しみ、ある者は悪夢を見たまま目が覚めません。このままでは衰弱死してしまう可能性もあるのです」


「それは……大変ですね」

 

「そうなのです。なので、これが本題なのですが、そちらが収穫したマンドラゴラを、その解毒のために分けていただきたいのです」

 

 ゴルディアはそう言った。

 確かにマンドラゴラは石化を含むあらゆる毒や呪いに対する万能薬として有名だ。新しく見つかった金属の原因不明な毒に関しても、おそらく有効であることだろう。

 

「もちろん、ただでとは言いません。こちらも相応の対価をお支払いする用意があります。いかがでしょうか?」

 

「そうですね……」

 

 僕は考えた。というか、考えるフリをした。顎に右手を添えて、いかにも僕は考えていますよ、とでも言うように。

 返答すべき内容はすでに出ていた。だがここはたっぷりと時間を使う場面だ。ああでもない、こうでもない、と視線を泳がせて、意味のない独り言を呟く。

 数分後、シルフィが咳払いをしたので、僕はようやく口を開いた。

 

「すいません、お待たせしてしまって。申し出の件ですが、お受けいたしましょう」

 

 シルフィがゲホンゲホンと慌てて咳をする。いったいナニ言ってるんですかアラル様!? とでも言うように。

 対照的にゴルディアと後ろの護衛は上機嫌だ。

 

「ありがとうございます。ではマンドラゴラですが、どれくらいいただけるのでしょうか?」

 

 そうですね、とここもたっぷりと間を空ける。

 僕に千里眼の魔法は使えないが、背中にシルフィからの視線を痛いほど感じる。


「いくらでも。そちらが必要な量を好きなだけ持っていっていただいて構いません」

 

「アラル様!!」

 

 とうとうシルフィが我慢できずに身を乗り出すが、僕はそれを片手で制した。

 ドワーフ陣は大喜びだ。

 

「素晴らしい。エルフ族の寛大な精神に感謝いたします。それでは荷物の受け渡しの日時を──」


「そのかわり、こちらも要求したいものがあります」

 

 僕はゴルディアの言葉を遮って、毅然とした態度で言い放った。

 一瞬、ゴルディアの表情がこわばったが、すぐに元の笑顔を取り戻す。

 

「ええ、もちろんですとも。相応の対価をお支払いするというお話でしたから。して、そちらは何をお望みでしょうか?」

 

「ナイトクリスタルを」

 

「へ?」

 

 瞬間、その場の空気が変わるのを感じた。

 ドワーフたちはまだ笑みを浮かべているが、もう目は笑っていない。

 

「なぜでしょうか? あんなガラクタ、そちらが手に入れても使い道などないと思いますが」

 

「いえ、我々にも僅かではありますが鉱山がありますので、採掘の際にうっかりナイトクリスタルが出てくるとも限りません。うっかり毒を浴びてしまった時の対策ために今のうちに徹底的に調べておきたいのです」

 

 もう一度、ドワーフたちの顔色が変わる。

 もはや口元すら笑っていない。

 

「いや、あんな危険な代物をエルフ族にお渡しするわけにはいきません。どうでしょう、もっといいものを…………」

 

 僕は敢えて笑みを崩さずに言う。

 

「ナイトクリスタル以外は何もいただきたくありません」

 

 ドワーフたちは互いに顔を見合わせると、口惜しそうに席を立った。

 


 

 

「貴重な解毒剤であるマンドラゴラを好きなだけ持っていっていい、なんておっしゃった時はどうなることかと思いました。結局、今回の取引は全部なかったことになりましたけど……」

 

 ドワーフたちを領外まで見送った後、屋敷までの帰りの道すがら、僕はシルフィと今日の会談について振り返っていた。

 

「ナイトクリスタルの毒に対する治療法に関しては、『他にアテがあるからそっちをあたってみる』って、結局どういうことだったんでしょう。よくわかりませんね」

 

 僕にはシルフィが何故わからないのかの方が、よっぽどわからないけれどね、と口にしかけて、それは誤解を生む表現だと気がついて、僕は口をつぐんだ。

 言うまでもないことだが、シルフィ=ラインフォード僕の秘書、兼主治医、兼メイド、兼魔術の師匠、兼側近、兼許嫁であり、非常に優秀な女性だ。洞察力だってないわけじゃない。むしろ鋭い方だ。特に僕の自殺を止める時などはプロ棋士もかくやというほど先を読んでくる。

 だがどうにも人がいいというか、裏切りや策略の気配には鈍感だったりするのだ。

 だから僕は、努めて偉そうにならないように、今日の会談の説明をした。

 

「ナイトクリスタルのせいで解毒剤が必要だったっていう話自体、嘘だったんだと思うよ」

 

「嘘……ですか?」

 

「うん、そもそも今回の会談のことをゴルディアたちは『取引』っていう言い方をしてたけど、もし本当に領土が病に冒されているなら、そんな表現はしないんじゃないかと思うんだ。『お願い』とか『頼み事』っていう言い方をすると思う」

 

 ましてやそんな一刻を争う自体なら、こうして呑気にアポイントなんて取らずにもっと慌てた様子で来るはずだ。

 

「結局こっちが条件を変えただけでマンドラゴラをあっさり諦めたことが何よりの証拠だ」

 

「条件……ナイトクリスタル、ですよね? 確かに、ナイトクリスタルを調べられてしまえば、毒を発生させてしまうなんて欠点がないことがバレてしまいますからね」

 

「それもあるけど、おそらく理由はもう一つ、ナイトクリスタル自体にきっと何か使い道があるんだ」


「どういうことでしょう? ゴルディアさんたちは、ガラクタだから使い道はないって」

 

「たぶん無意識のことだと思うけど、見つかったばかりの金属を、彼らはずっと『新素材』って呼んでいたんだ。もうすでに加工する目処が立っていないと出てこない言葉だよね」

 

 それに、これはあくまで勘だけど、こちらが思っている以上に、重要な使い道がある気がする。

 

「では、どうしてドワーフたちはマンドラゴラを欲しがったんでしょう? 病に困っていないのであれば他に使い道はないように思いますが」

 

「どうだろうね? 万能薬なんて便利なもの、とりあえず手元に置いておいても損はないと思うけど。もしかしたらあるいは…………」

 

 万能薬を手に入れることが目的なのではなく、こちらから万能薬を奪うことが目的なのだとしたら……?

 『そちらが収穫したマンドラゴラを』とゴルディアは言った。まるで僕たちが今朝マンドラゴラを収穫したばかりだということを知っているかのように。

 ドワーフたちは嘘が苦手だ。裏通りの鍛冶屋の店主みたいに、簡単にバレる嘘をつく。けれど今回の件は何かそれとは違う気がする。誰かが裏で糸を引いているような……


「シルフィ」

 

「はい」

 

「このあとは警備隊への謁見の予定だよね? 会談が予定より早く終わったし、今から会いに行ってもいいかな。

 それと、魔術師団の今朝の魔法の解析進めてもらってると思うけど、急いでもらった方がいいかもしれない。

 思ったより、まずいことになりそうだ」

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エルフ転生〜死ねない僕の死因探し〜 @nikaidou_jirou

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