神と双子の特別な1日【コミティア お試し読みサンプル】

ワニとカエル社

サンプル1

RUI


 この国には、双子が多い。なぜかは未だに不明だが、双子は神に愛された子供と信じられ、とても縁起のいいものだった。

産まれる双子の中でも、最も神聖な存在がある。沈みかける白い月と昇りゆく太陽、二つの光が空に浮かんでいる、脈々と続く『伝承の通り』に誕生する双子を全世界は待ち望んでいた。双子の片割れは『伝承の通り』雲の狭間から、天と月の明かりに照らされている。それは、この国、オウファンの『伝承』だった。

──月と太陽が両方とも天に留まり、赤子の姿を二つの光で雲の狭間より照らす。 

それこそ『神子しんし』の誕生である。── 


神子とは、現在する神の証明であり、聖地であるオウファン国の権威の象徴。昔から世界を脅かす謎の存在、黒族への切り札。

神子自身がこの世界で一人だけ、黒族を直接消滅させる浄化の力…『洗礼』をもって生まれる。

そして、神子はこの世界にたった一人しか産まれない。神子が天寿を全うした後は、伝承を元に神子の再来を待たねばならないのだ。


「……じゃあ、俺が死んだら困るんだ」

彼は無気力な声で呟く。その髪は長く、暗闇にわずかな金色の光を返す。白い法衣だが、式典用ではなく普段着。汗を袖で拭い、長い木の棒を片手に寝転んでいた。

「縁起でもないこと言うなよ、『テンレイ』。

そんな事したらジジイがぶっ倒れんよ?」

隣にいる双子の片割れが笑う。まるで鏡写しかのような同じ金の色が闇に光る。

ただし向かいの彼の髪は肩口まで。切り口は雑で、自分で荒く刃物で切っているようだ。彼は立派な武具を身に付け、長い剣を持っていた。

彼の名は、リュンレイ。この国の若き衛兵隊。含むような涼しい笑みをしていて本心が見えない。

「……俺も悲しいし」

とはいえ、彼の前ではいつもより優しい笑みだった。

リュンレイの前の彼は……神の神聖なる受け皿である神子。リュンレイのたったひとりの兄弟。

神子の名は、テンレイ。

だが、産まれてからリュンレイ以外にその名前を呼ばれることは無かった。肉親であるリュンレイも、人前で神子を『人間扱い』するような無礼は許されない。

神子は神の象徴。人間とは違う。人間の姿形をしているが、それは『人間に神の権威を伝えるため、神が選んだ赤子の姿を写しとった』だけ。神子の人格は国にとって必要ない。彼が実は神子という役割にうんざりしてやる気がない事も、

リュンレイと手合わせして密かに体を鍛えている事も、誰も興味がない。必要とされていなかった。その事実を知っているのは家族のリュンレイだけ。

「ん、そろそろ交代か。んじゃーな、おやすみ」

そう言って、リュンレイは手を振り、部屋を出る。すっかり暗くなった辺りを伺い、長い渡り廊下を一人歩く。

神子の寝所は離れになっているので、基本誰ともすれ違うことはないが念の為早歩き。双子の片割れと言えど、身分は歴然と離れている。二人きりで話すなど許されない…本来ならその姿を見ることすら。

神子が声を出すのは教皇と話す時と、洗礼の儀のみ。一国の王でさえ、神子と目を合わすことすら許されないのだ。

「おまたせー、レアンとシアン」

渡りきった屋敷の先には双子の女の子が、燭台を片手に立っていた。白い簡素な法衣に身を包み、二人とも同じ長さのお下げをしている。リュンレイらより少し下に見える幼さだが、年齢は不詳。彼女らはこの場所に来た時からずっと見た目が変わらない。 

二人の姿はまるで鏡に映ったかのようによく似ていた。リュンレイ自身も区別は昼でないと難しい。

「「…まるで逢い引きの手助けをしているようです」」

「そりゃずいぶん叶わない恋をしてるもんだ」

声をそろえて文句を言う双子。

この二人は神子のテンレイに直接仕える唯一の巫女。身の回りの世話もそうだが、表舞台にほぼ出ない神子の代わりに代替の儀式や式典に顔を出す『代わりの巫女』。神子ほどの扱いではないが、選ばれた特別な双子だ。とはいえいくらリュンレイと言えど、本来ならこの二人とも言葉を交わす事すら許されない。

テンレイに会うため、昔からこの場所に忍び込んでいたので、リュンレイもこの双子の巫女と顔見知りだが、本来ならこの二人とも言葉を交わす事すら許されない。

見つかったら衛兵隊から早々に降格し追放処分されてもおかしくないだろう。そんな危うい道を渡っているというのに、リュンレイはどこ吹く風とばかりに薄く笑うだけ。

双子の巫女はため息をついて呆れるしかなかった。

「「月欠け《つきかけ》が終わるまでは、お忍びを控えられた方が賢明ですよ。

立場が悪くなれば、今後損になることばかりでしょうに」」

巫女の忠言にも、ひらひらと手を振って通り過ぎるだけ。相変わらずの反応に巫女は再び溜め息。

リュンレイが通り過ぎるのを待って、手元を僅かに照らしていた蝋燭の灯りを吹き消した。

リュンレイはそのまま離れの門を抜け、庭先の抜け道を歩いている。暗闇の闇夜の中、静かに呟く。

「………そーでもないんよ」


デルタナはとても平和な国である。衛兵隊とは名ばかりで、ただの見張りと変わらない。神子の在る神殿、『言霊ことだまの檻』と呼ばれる場所を侵入者から護るために組まれたのが衛兵隊。人数は多く、質は良くない。二百以上の在籍のはずだが、登録だけして訓練しない者もいる。年に数回ある式典だけに参加するのがほとんど。

国の男子は十の歳までに衛兵隊の服を着て、式典に参加するというのが慣わしになっている。訓練せずとも、このデルタナに争いを持ち込む存在などあるはずがないからだ。

…何故なら、神子が在るから。

『神子に危害を加える者は、天に在る神の罰が永遠に下される』

もちろんそんな言い伝えを信じてる者ばかりではないだろうが、政治的にみてもデルタナとの同盟国はかなり多い。宗教的な繋がりからでもあるが、神子の加護の独占を目論んでいるために、暗黙の了解で不可侵の同盟を組んでいるのだ。だから賊が手を出すとしても、相手にする国が多すぎて意味がない。

また神子を手に入れようと、どこかの国が攻めようものなら、星の半数から報復行為として不利な戦争をせざる終えないだろう。

そのため神子の加護は全ての国に特権なく平等に与えられている。実際には内容的に国の一部高位の王族だけに与えられるが、正式な手続きを取り申請すれば、国の大小貧富の差はなく、儀式は執り行われる。

だからこの国は平和であり、衛兵隊などただの国のお飾りに過ぎない。登録者自体は多いとはいえ、神子の神殿を直接護衛するとなると、さすがに事情は変わってくる。

神殿に入れるのは衛兵隊長と対峙して認められた者だけ。現在は五人程。

…そして、その中で最も若いリュンレイは、一日の半分を自主稽古に費やしている。

こっそりと、神子の在る『言霊の檻』の離れで、しかも相手は。

「「リュンレイ様、マオ祭司がいらっしゃいます!」」

声を荒げて、シアンとレアンが二人同時に離れへ入ってくる。それを合図に、向かい合う二人は剣を納めた。

「…もう時間か」

「そいじゃ勝ちはお預けな」

反論しようと口を開きかけるテンレイだったが、それより早くリュンレイは立ち去ってしまった。もう姿は柵の奥の森へと消えていき、見えない。

「「さあ我等が神子。託宣たくせんの広間へ」」

柵を颯爽と越えて行くリュンレイを、神子のテンレイは羨ましそうに見ていた。


そんな眼差しに気づくはずなく、リュンレイは森を越えて街中へ溶け込む。

彼は今日非番である。衛兵隊は非番の日は自宅待機となっているが、多くは街中で人々と触れ合い楽しく暮らしている。

リュンレイの母親は彼らを産んだ後、すぐに亡くなり、祖父に育てられた。祖父も彼が十代にさしかかると亡くなったが、その頃には大人に混じって仕事を手伝えるようになっていた。

要領と愛嬌のあった彼は、街の人々から可愛がられた。特別な双子の片割れ、と存在は早く認知されていたし、家族を一気に無くした彼に街の人々は優しかった。街市場に行けば、端から奥の商人がリュンレイへ言葉をかけてくれる。そんな環境で育ったので、孤独感や寂しさを感じることはなかった。

「リュン兄ちゃん!」

街市場からのおすそ分けで肉まんをもらい、広場で頬張る。声をかけられたのはそんな時。彼が振り返ると、まだ幼い少年が駆け寄ってくる。

リュンレイを小さな頃から兄のように慕う、シンシン。ここら辺の街市場を遊び場とする子供の中のリーダーだ。

「おー、シンシン。どーしたんよ、そんな慌てて。いつもの稽古なら肉まんの後にしろよー」

シンシンはリュンレイから剣の稽古をされていた。…といってもリュンレイ自身はそんなに熱を入れてはおらず、遊び半分だが。

「今すぐ来てくれ!」

シンシンの手は震えていた。直感的に彼の声音から尋常ではない危機感を感じる。リュンレイは適当に見えて、感受性が高く洞察力に優れていた。だからこそ、この若さで衛兵隊に抜擢されたのだ。

彼は短く返事をして、シンシンと走りながら訳を聞く。

「港で海賊が暴れてる!

酒に酔ってて…姉ちゃんに声かけてて、……そ、それで喧嘩してるんだ!」

混乱した幼いシンシンの口からはなかなか要点が得られない答えだったが、港へ着くと、確かに騒がしい。なにかあったようだ。

「おお、リュンレイ、すまんねえ。

みな漁明けで使い物にならんのじゃ」

「どうにかしておくれよ、祭司様に見つかる前にあの海賊ども、つまみ出さなきゃ」

そして港の近くにある酒場から男たちの叫び声。魚市場の女たちに背中を押されて店に入り、ようやくリュンレイは状況を把握した。

「てめぇがこの街一番の腕っぷしかよ?」

「いっちょ前に剣は持ってるようだが、ずいぶんひょろ細ぇナリじゃねぇか!」

数人の男、おそらく海賊。身なりや迫力からして幹部ではないだろう。彼らの手には酒の入ったグラス。その横に無理やり座らされている若い女、シンシンの姉のミンミンだ。

「リュンレイさん!」

「いやーどうも…お楽しみ中、かな?」

魚市場の男共はみな漁明け。漁の疲れを酒で癒すので、大抵この昼過ぎの時間は死んだように寝ているのだ。

暴漢たちの相手をするお鉢が回ってくるのも致し方ないだろう。

「ね、姉ちゃんに手ェ出すなっ!

リュン兄ちゃんはいっちばん強いんだぞ!」

「…こらこら、煽っちゃダメっしょ」

この聖域で争いごとは御法度。そしてリュンレイは優秀な衛兵隊である。なので、優秀な衛兵隊の心得その一。まずは話し合いで言いくるめよう…としたが、シンシンによってその道は閉ざされた。

「ははは!ずいぶん狭ぇ一番だな!?」

「楽しませてくれなきゃぶっ殺すぞ!」

すっかり臨戦態勢になってしまった男たち。パキパキと指を鳴らし、舌を出して挑発している。

仕方ない、と溜め息を一つ吐くリュンレイ。

衛兵隊の心得、その二は、むやみに戦わないこと。だが、大事な前提を忘れていた。

今日は非番。彼は衛兵隊ではない。

いつもの調子で薄く笑う。

「そいじゃ、ちょいとお相手致しましょ」



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