Crowd psychology

@extacyboyz

第1話 駅

今日もとても疲れている。

とてもだるい。

足を前に運ぶのも億劫だ。


身体というより心が疲れているのだろうか。

前を向いて歩いているが、目の前の光景などしっかり視えていないようだ。

障害物に当たらないように目を開いているだけで、階段もいつもより時間がかかった。


いつもの喧騒もとても耳障りだった。


早く帰って横になりたい。


そう思いながら改札の前まで来ると、大きな人だかりができていた。


うるさかったのはこれか。




見た目40代後半ほどの男性が駅員相手に大声で捲し立てている。

電車が遅れたか?

事故か?

などと思い近くまで行くと、騒いでいる男性は他の若い男に腕を捻られ掴まれていた。


急に目に飛びこんできた事件性を帯びた光景に、少しドキドキしながら

自分の乗る路線だと今後困るからと心の中でつぶやいて観察を始める。

自然と手がポケットのスマホに伸びていた。


「助けようとしただけだろうっ、なんで無理矢理抱きついたことになるんだよ

セクハラじゃねえよ」


あ、痴漢か。

スマホのカメラを起動する。周りには自分より前に撮影している人もいた。


「大体あの女どこだよ、聞けばわかるよ」


それにしても珍しいな、こういう人って捕まったら大人しくなって、警察が来る前までに駅長室みたいなところに連れて行かれるんだろう?

録画ボタンを押した。


「連れてこいってあの女、助けてって言ったんだよ本当に。」


その言葉を遮るように腕を掴んでいる若者が言う。


「嘘つくなよ、おっさん!“嫌っ助けて”だっただろう?」


周りの野次馬がざわつく。さっきより増えてないか?

「警察まだなの?早くここ通りたいんだけど」

人集りから声がする。


駅員が退くように声をかけているが、こちらには聞こえない。

「ってえな、離せよ」

腕を掴んでいる若者が力づくで改札前から男性を離そうとしている。


不意に男と目が合う。

益々取り乱してこちらに向かって叫びだす。

「あ、お前一緒の電車だったよな?俺の前に立っていただろう?あの子苦しそうに倒れこんだよな?俺から掴んでいってないよな?」


腕を掴んでいる若者が言う。

「あの子嫌って言っていたじゃないか。おじさんの言い訳見苦しいよ。」


突然、人集りが割れて警官が小走りで来るのが見えた。

後ろに一緒に歩いてくる女性もいる。

“改札を通り”駅長室に向かっていく。

「ほら」

腕を掴んでいた若者が警官に向かって男を差し出した。

男が何かを言おうとするのを制して警官が言う。

「後で色々お話を伺いますから、少し座って待っていてください。」

そして女性の方を向き直して、

「まだいますか?」と尋ねた。


女性は周囲を見回した。

腰のあたりが濡れている。赤黒いシミのような跡。

しばらくすると小さな悲鳴のような声を出した。

それから目を見開き、震えながら俯いて、僕の方を指さした。


「え?」


警官が僕の方へ向かって言う。


「お話聞かせてもらえますか?」


僕はポケットの中で血に濡れたハンカチを握りしめた。

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