殺戮オランウータンカフェのほっこり事件簿

松戸待尽

殺戮オランウータンカフェのほっこり事件簿

「……なるほど、それはオランウータンが人を殺したせいですね!」

 落ち着いたボサノヴァが流れるカフェにはとてもそぐわない、物騒で胡乱な発言が店主――小田雨譚おだうたんから飛び出す。

「え?」

「……は?」

 雨譚さんに謎を持ち込んできた常連客の日光ましらさんとバイトの俺が同時に声をあげる。

 だって、現実的にありえないだろう。

 ましらさんが持ち込んできたのは「何故、ある日突然どこのスーパーでもインスタントコーヒーが買い占められ品切れになっているのだろう?」という日常の謎であって、どこをどうしたら殺戮オランウータンが出てくることになるのか。

「インスタントコーヒー好きのオランウータンが全部持っていったんですよ! オランウータン社会に貨幣経済はないですからね。従わなければ殺すと脅迫してコーヒーを買わせたんだと思います!」

 筋というか、パズルをハンマーで上から粉砕したような推理である。

 が、雨譚さんの自信満々な言いようと圧倒的美貌からかましらさんはトンチキ推理に聞き入っている。

 ――小田雨譚さんはここ「カフェ・ポンゴ」の店主で、頭脳明晰かつそこいらのモデル顔負けのメリハリボディの美女である。

 長髪をポニーテールにまとめ上げ、タイトなスーツをスタイル良くパリっと着こなした姿は、「……なんでカフェの店主なんかやってるの?」と初めて見る者に思わせる。

 ここまで書くと完璧美人のように思えるのだが……忘れ物からパンデミックまでただ一点で残念さがだいぶブーストされている。

 もちろん忘れ物もパンデミックもオランウータンのせいではない。絶対に。

 あらゆる事象をオランウータンが引き起こし、オランウータンこそが世界を支配しているというのはかなり狂気的な陰謀論ではないか。

 ――流石に前途多望な20代OLのましらさんに変な陰謀論を植えつけたまま帰られては夢見が悪い。

「買い占められたインスタントコーヒーに何か特徴はありましたか?」

 俺はましらさんにこっそり聞いた。

「コーヒーの特徴ですか……? そうですね、買い占められていたのはゴリラコーヒーの商品だけでした。私、ゴリラコーヒーのカフェラテが大好きなのでどこにもないのはちょっと困るんですよ」

「ゴリラコーヒーか……」

 ゴリラコーヒーはインスタントコーヒーの大手企業で、大体どの店にも置いてあるごく普通のコーヒーだが……

「……もしかして」

 一つ頭に浮かんだことがあり、スマートフォンでゴリラコーヒーの公式HPを検索する。

「そうよ! オランウータンはゴリラコーヒーのヘビーユーザーなんですよ!」

 未だ垂れ流されるトンチキ推理は無視する。

「……ちょっといいですか」

 俺はましらさんを一番奥のボックス席へ連れ込む。

 ――非オランウータン真実を雨譚さんの前で話すと、彼女は傷つくに違いないから。

「……買い占めの理由、わかりました」

「え? オランウータンじゃなくて?」

 ましらさんも本気で信じていたのかよ……。

「現実的に考えてオランウータンが買い占めたというのはないでしょう……まあ、これを見てください」

 俺はスマホの画面をましらさんに見せる。

「これは……MAZICMONKEYZのキャンペーン……?」

 MAZICMONKEYZというのは社会現象級のブームを巻き起こしている総勢100名の男性アイドルグループである。

というところで引っかかるものがあったんです」

 ゴリラコーヒーはMAZICMONKEYZとのコラボキャンペーンを行っており、自社製インスタントコーヒーを買うと付いてくる応募券を15枚集めることでメンバー撮り下ろしの直筆サイン入りトレーディングブロマイド(完全ランダム)1枚が抽選で当たる。

 さらに応募の際には広告に出るメンバーの投票も出来る。投票数の多かったメンバーだけが、ゴリラコーヒーのCMに出演できるというわけだ。

 あまりにも人の心がないあくどいキャンペーン概要を読んで、ましらさんは溜め息をついた。

 雨譚ほどではないが、ましらさんも結構可愛い部類に入る女性だ。溜め息すら絵になってしまう。

「このキャンペーンのせいでゴリラコーヒーがファンに買い占められていたんですね……私はのファンじゃないから良かったけど……これ超エグい……」

「特定の一社のコーヒーしか買い占められていないのが鍵でしたね。ゴリラコーヒー激推しオラン……じゃなくて石油王みたいなのがある日この町に引っ越してきた訳でもなし。とすると、これはコーヒーそのものを目当てにしたものじゃない」

「キャンペーンって……そんなに買い占められるものなんですか?」

「中国では、こういう買い占めが過熱化した結果中身が大量に捨てられて当局が動かざるを得なくなったとかニュースで聞きました」

「そうなんですか……キャンペーンが終わるまでゴリラコーヒーのカフェラテはお預けかあ」

「実は、抜け道はあるんです」

 俺はスマホでまた別のページ――業務用ゴリラコーヒーカフェラテの通販ページを開いて見せた。

「これなら、キャンペーン対象外だからファンも手を出さないはずですよ」

 悲しみに沈んでいたましらさんの顔がぱっと明るくなる。

「やったあ! ありがとうバイト君! これで私のゴリラコーヒー生活が守られたあ!」

 ルンルン気分で退店していくましらさんの背中を、俺はモヤモヤした気分で見送った。

 ましらさんとは一年くらいの付き合いになるのに、未だバイト君と呼ばれているのが一点。

 そして、まさかましらさんはこの店で淹れられたコーヒーよりも市販のインスタントコーヒーの方が好きなのではないかという疑念が一点。

 背を縮めながら店に戻るとドヤ顔の雨譚さんがいた。

「これでまた一つ、殺戮オランウータンの悪行を暴いたのだ!」

「……そうですか」

 雨譚さんは本当に、心の底から、オランウータンが犯罪を犯して世界を支配していると思っている。

 最近、それは間違っていると指摘するのはいけないことなのではないかと思いつつある。

 世界は、そう単純じゃないことを知っているから。

 世界のどこかに判りやすい悪人がいて、それを叩けば全てを解決するようには出来ていないから。

 ――雨譚さんにとって、殺戮オランウータンはこの厳しい世界をサバイヴするために産み出された闇の安心毛布のような存在なのだ。

 だから俺は、雨譚さんの傍で、殺戮オランウータンの夢を守り続けている。

 

 ゴリラコーヒー、という名前はあまりに腹立たしいが試しに飲んでみたところ衝撃が走るくらい美味しかった。

 何しろ酸味と苦味のバランスが絶妙だ。柑橘系のフルーティーさとチョコレートのような香ばしさを高い水準で兼ねそろえたそのインスタントコーヒーは、瞬く間に世界殺戮オランウータン連合(N.G.O.U)のオランウータン達の間で大流行を見せた。

 それからは怒涛の買い占めが始まった。しかしオランウータンは金を持っていない。

 その代わり配下の人間どもを買いに走らせ、あらゆる町中からゴリラコーヒーを品切れに追い込んだ。

 マレーシアはボルネオ島にある本部に集められるゴリラコーヒーの山を見て、現総長のオランウータンは唇を歪めた。

 聞く話によると、ゴリラコーヒー買い占めによってどうやら人間どもの間でも血で血を洗う争奪戦が起きているらしい。

 酷いところだと、ゴリラコーヒーを巡っての強盗殺人まで起きているとか。

 ――結果的にどうあれ、愚かな人間どもが死んでいくのは喜ばしい。

 間接的に手を汚すのも、オランウータンの殺戮道には悖らない。

 それどころか、新しい殺戮方法の道が開けたともいえるではないか。

 N.G.O.Uは16世紀から続く由緒正しい殺戮オランウータンの組織で、歴史の闇に紛れ様々な人間を殺してきた。

 だが自分達が万物の霊長だと信じてやまない人間どもは、まさかオランウータンが人を殺しているとは露ほどにも思っていないから何世紀にも渡ってN.G.O.Uは維持され続けているのだ。

 これからも――例え人間が滅んでも、オランウータンは歩みを止めないだろう。

 そして人間が地球上から姿を消したそのとき、新しく万物の霊長となるのは我らオランウータンなのだ!

 輝かしい未来を確信した総長は山からゴリラコーヒーを一個持ち去っていった。

 総長が去るのと入れ替わりに、インスタントコーヒーの山から一匹のオランウータンが姿を現す。

 銃火器を手に握ったそれは左右をきょろきょろと見渡し、誰もいないことを確認すると総長の去っていった方向に歩いていった。

 ――その正体は地球で唯一N.G.O.Uの存在と野望を突き止めた人類――すなわち、小田雨譚であった。

 オランウータンの着ぐるみを纏った彼女の瞳には、燃えるような熱意と殺戮オランウータンへの殺意が激しく灯っていた。

 子供の頃に行ったマレーシア旅行で親をオランウータンに殺されてから、人生の全てを殺戮オランウータンを皆殺しにすることに捧げると決めた。

「スーパーから消えたコーヒー……やはりオランウータンの仕業だったわね」

 まずいコーヒーを淹れ、カフェを営み、謎を収集してきた甲斐があった。

 個人経営のカフェを作れば日常の謎が持ち込まれるのは小説で読んだから間違いない。そうして集められた謎の糸口を辿れば、いつかきっと殺戮オランウータンへと辿り着けることも――。


 ――今、人類とオランウータンの存亡を賭けた最後の闘いが始まろうとしていた。

 




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