第七十八話  第六部 完結

 すると俺の体中から、力が抜けた。陰陽術おんみょうじゅつの効果が、切れたようだ。


 それでも俺は、壱岐いちきにらんでせまった。

「どうだ、まだ戦うか? その真っ二つになった剣で?」


 俺の実力を嫌というほど知った壱岐は、それでも言い放った。

「僕にとどめを、ささないんですか?」

「お前はもう、戦えない。とどめをさす必要は無い」


 壱岐は微笑びしょうしながら、かたった。

「今、僕にとどめをささなかったことを、後で必ず後悔こうかいしますよ?」

「ふん。かまわねえ」


 すると壱岐は微笑したまま、ゆっくりとっていった。


 壱岐の背中を見つめていた俺に、ことみは声をかけた。

「大丈夫、せいちゃん? 取りあえず、少し休んだ方が良いよ」

「ああ。そうさせてもらう……」


 そして俺は、たおれている周五郎しゅうごろうを見つめた。こいつはもう助からないな、と思った俺はそのまま、だいの字になった。


   ●


 周五郎は息を引き取る瞬間、夢を見た。暗闇くらやみの中に、小さな丸い光があった。


 そこから声が、聞こえてきた。

「周五郎、周五郎……」

「はっ! その声はまさか、姉上?!」

「周五郎、よく江戸の町人の命を誰一人として、うばいませんでしたね……」

「姉上、私は気付いたんです。もし何の罪もない江戸の町人を殺してしまったら、それはあのにくき徳川と同じだと……」

「よくそれに気付きましたね、私は、うれしいです……」


 姉に喜んでもらえた周五郎は、ほっとした表情になった。

「姉上……」


 すると姉の優しい声が、ひびいた。

「さあ、周五郎。こっちへいらっしゃい。私がいる世界へ……」

「まさか? 江戸の町人の命を奪わなくても、江戸を火の海にしてしまった私が姉上がいる極楽浄土ごくらくじょうどに行けるはずが……」


 すると再び、姉の優しい声が響いた。

「さあ、周五郎。いらっしゃい……」


 周五郎は姉の言葉に、素直にしたがった。

「はい、姉上……」


   ●


 江戸では、江戸城の警備けいびの者も火を消していた。江戸の町人のほとんどが消火活動を行ったため、日付が変わる前に全ての火は消された。


 疲れが取れた俺とことみが沖石おきいし道場に行ってみると、美玖みくさん、市之進いちのしん重助しげすけ、そしておゆうがいた。


 おゆうは俺に抱きつき、涙を流しながら告げた。

「良かった、誠兵衛せいべえさんが無事で……。もし誠兵衛さんに何かあったら、私……」


 俺は静かに、答えた。

「俺は、大丈夫だ。俺は何があっても、お前を守り続ける……」


 そして俺とおゆうが見つめあっていると、美玖さんが口をはさんだ。

「あー、お二人さん。そういうのは、二人きりの時にやってくれ」


 そして美玖さんと市之進と重助は、被害が少なかった沖石道場で休むことにした。ことみは無傷だった本郷ほんごう工房こうぼうの、おふくの部屋で休むことにした。俺とおゆうは、おゆうの長屋ながやに戻った。ことみがいなくて、長屋はいつもより広く感じられた。そしてその日、俺とおゆうは初めて同じ部屋で寝た。




 次の日、みんなで沖石道場の修理をしていると、元々被害が少なかったので正午のかねが鳴る前に修理は終わった。すると、せっかく皆が集まっているんだからと美玖さんは、これから美玖さんと市之進の祝言しゅうげん(結婚式)を行うことにした。稽古場けいこばに全ての門下生もんかせいと数人の町人、そして俺、重助、ことみ、おゆうが集まった。


 祝言が終わると、白無垢姿しろむくすがたの美玖さんはえた。

「うむ、めでたい! 昨日きのうの大火事では、けが人が出てしまったが死者は一人も出なかった。そして今日は、私の祝言だ! めでたい! だから沖石道場名物、いわしのつみれなべを作ったぞ! 大勢おおぜい集まっているが、気にするな。何せ、五十人分は作ったからな。はーはっはっはっ! それじゃあ今日は夜中まで、どんちゃんさわぎだ!」



            神通力を持つ、最凶の妖刀『血啜り』 完結



   ●


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【完結済】神通力を持つ、最凶の妖刀『血啜り』 久坂裕介 @cbrate

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