第七十七話

 壱岐いちきは、再び語った。『炎王えんおう』はねらったところに、炎の柱を立てられるだけじゃないんです。こうして『炎王』の剣先けんさきから炎の柱を突き出すことも、できるんです、と。


 くっ、何てやっかいな妖剣ようけんだ……。しかし今なら真っ二つにれるはず! 俺は『血啜ちすすり』をさやに納めると、素早く体中を左にひねって放った。


 光速こうそく軌跡きせき、つばめがえし!


 俺は『炎王』の一部に、左から右に斬りつけ更に右から左に斬りつけた。しかし『炎王』には、傷一つ付かなかった。


 壱岐は、雄弁ゆうべんに語った。

「ふふふ。『炎王』には、溶岩ようがんを混ぜたと言ったでしょう? 溶岩はつまり、岩なんです。『炎王』は岩と鉄の硬さを持っているんです。あなたは刀で、これを斬れますか? 斬れる訳がないでしょう? ぎゃはははは!」


 くそっ。光の速さの居合術いあいじゅつでも、岩と鉄の硬さを持つ『炎王』は斬れないか……。でも何とかしねえとこいつは本当に、江戸を燃やし尽くしちまう。一体、どうすれば……。


 するとそこに、ことみが現れた。

「せいちゃん、大丈夫?!」

「くるな、ことみ! こいつは、お前がかなう相手じゃねえ!」


 だがことみは、言い放った。

「でも、せいちゃんを助けることはできる!」

「何?!」


 ことみは『いん』と『よう』を頭上で交差こうささせると、呪文じゅもん詠唱えいしょうした。

妖刀ようとうよ、神の力を解き放て!」


 神通力陰陽術じんつうりきおんみょうじゅつ制限解除せいげんかいじょ


 すると『血啜り』は『ばきん』と音を立てて、まばゆい光を放った。


 こ、これは一体……。

 不思議に思っていると『血啜り』の中にいる、アナグマの意識が流れ込んできた。

 『ふむ、あのニンゲンやはり、なかなかやるな……』

 どういうことだ?!

 『うむ。『血啜り』の神通力はお前の凶暴性きょうぼうせいを引き出し、筋肉の強さと速さを上昇させることだ。だが全ての凶暴性を引き出している訳ではない。お前の筋肉が、えられないからだ』


 な、なるほど……。

 『だがあのニンゲンの術で、お前の凶暴性は全て引き出された。筋力の強さと速さを上限まで引き出された。つまり今なら居合術を使わなくても、光の速さで攻撃することができる。だがそれは、わずかな時間だろう』

 分かったぜ! 一気に決着を着けるぜ!


 俺は魔物まものが発するような、不気味ぶきみな声で告げた。

「ぐっぐっぐっ、『血啜ぢずずり』……。美味いを、ずずらせでやるぜ。ぐざ外道げどうをなあ……」


 そして俺は『血啜り』で一瞬で、壱岐の左肩、右腹、右肩、左腹、左腕、右腕、左脚、右脚を斬った。

「どうだ、美味いが、『血啜ぢずずり』。ぐざ外道げどうは? ぎゃはははは!」


 全身を斬られながらも壱岐は、『炎王』を中段に構えた。そして放った。


 炎砲えんほう


 だが俺は『血啜り』を左から右にるい、炎の柱をかき消した。


 壱岐は、おどろいた表情で叫んだ。

「な、何だと?! これが光速の威力いりょくか!」


 しかし俺は、考えた。結局は、『炎王』を真っ二つにしなきゃなんねえ。だが、どうすれば……。待てよ、今の状態で光速の軌跡を放ったらどうなる? 光の速さをえられるかも知れねえ!


 俺はまばゆい光を放つ『血啜り』を鞘に納め、体中を左にひねってためを作った。そしてためを、一気に解放した。超えろ! 光の速さを!


 那軌御タキオン


 鞘から放出された『血啜り』は、血のような赤い光をまとっていた。そして『血啜り』と『炎王』の間の、時空じくうゆがんだ。だから放出されたと同時に、中段に構えられた『炎王』を真っ二つに斬っていた。『炎王』の上部は、回転しながらはじきとんだ。

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