第22話 ミス赤点は伊達じゃない
そして、金曜日の夜。
「助けてぇ~~~~、遊馬ぁ~~‼」
案の定。
スピーカー越しに流れてくる彼女の涙声が自室に響き渡った。
「ぜぇんぜん、分かんないよぉ~~‼」
月曜の余裕っぷりはどこへやら。彼女は切羽詰まった勢いで俺のスマホに電話をかけてきた。こんな事になるだろうとは思ったけど。
ふえぇ~ん、とスマホ越しに泣き出す幼馴染に思わず嘆息してしまう。
下校の時はまだ強がってたくせに。
「……ったく、何が分かんないんだ?」
「全部だよ、全部!全部、分かんないよぉ~!」
「全部、つっても何か分かるのはあるだろ?」
「ない…………ない、んだもん……」
俺からの追及に。
小夜は、彼女とは思えないほど元気のない声を出した。説教される子供のようにしゅんとなって、勉強机の前に小さく座っている姿が容易に想像できる。
てか、ないってどういうことだよ……。
そんなのノートを見返したら、少しくらい……あっ。
「……そういや、お前さ。ノートちゃんととってたか?」
「う、うぅ…………っ」
電話越しに彼女の言葉に詰まる。
そういうことか。ったく、小夜……。
最初の内は可哀そうという気持ちも若干俺の中に残っていたが、今はそれも呆れへと変わってしまう。
ほんと、どうしようもない奴だな。
でも当たり前と言えば、当たり前か。彼女から今までノート見せて、と言われたことはなかったし、誰かにノートを見せて欲しいと頼みに行っている姿を見たことがなかったから、何故か勘違いしてたけど。
冷静に考えて、小夜が真面目に授業を受けている訳なんてなかった。
日頃からして真面目とは一番縁遠い所にいるこいつが。
「そ、そんなにいじめないでよ~~……」
ツッコみにもキレがない。
いつもなら、「私を真面目じゃないって、あんた……この世界において、誰を真面目って呼べばいいのよ!」ってくらい自分に酔ってるのに。
今日は、物事を冷静に把握できているらしい。
いっそのこと、ずっとこうだったらいいのに……。
「そんなこと言わないで、助けてよ~~」
またも、ふえぇぇぇん、と泣き出す小夜。
撤回。
彼女を毎回なだめる方がごめんだ。
「このままじゃあお小遣い無くなっちゃうよぉ~~…………」
前回の試験結果もあって、中間テストで前回のような成績を取るとお小遣いを没収されてしまうらしい。彼女のご両親とは何度もあったことがあるが、あんな温厚そうな人が厳罰を科すとは、やはりミス赤点の二つ名は親を相当ご立腹にさせたようだ。
仕方ないな。
てか、用意しといて本当に良かったわ。
「それじゃあ、明日の昼から図書館で勉強しようぜ」
「ふえぇぇ~…………えっ?」
俺からの提案に、彼女はピタリと泣き止む。しゃくり上げながら、まるで俺の言葉が信じられないと言ったような雰囲気がスピーカー越しに伝わってきた。
例えるなら、「遊馬が私を気遣ってくれてる」的な?
そんな様子が伝わっ……。
「ゆ、遊馬が私に優しい…………」
予想通り。
やっぱり幼馴染というだけあって、彼女が考えている事なんて手が取るようにわかる。俺が珍しく小夜に優しくしたことに驚いているくらい……っておい、そこで絶句するのおかしいだろうが。
意外過ぎるといった声に内心ツッコむ。
普通そこは、ありがとうだろ。
てか、俺がいつお前にきつく当たったっていうんだ。いつだって優しいじゃないか。俺がどんなに慈愛をもってお前に接してたか、この小説をプロローグから読み直してこい。
どんなに厳しいことを言っても、毎回たこ焼き部の救いは与えてただろうが。
はぁ~、これだからこいつは……。
何だかんだで、結局余計なことしか言わない小夜に憤慨していると。
「…………遊馬、ありがと」
ポツリ。
俺の心でも読んだかのように、小夜はまだ涙で濡れた声で小さくお礼を言ったのだった。
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