第21話 聖域って何だっけ?
「――って、10日もあれば楽勝じゃない!」
翌日の放課後。
いつも通り、小夜の甲高い声が部室に響いた。
勝ったわね、と余裕しゃくしゃくに息巻いている。
歓迎会の最後に、「来週の中間テスト」というキラーワードが飛び出して怖気づいた文芸部の怠惰担当達であったが、それが来週の水曜日から、というのを知って息を吹き返したのだった。
ああ、マジで助かったわ。
10日もあれば確かに全然大丈夫。
楓も青ざめていた夕べとはうって変わっていつものように読書をしている。
その一方で。
「東雲さんは順調?」
「うん、順調だよっ。でも、ちょっと数学につまずいてる感じかなー。私は因数分解が苦手でさ」
うーん、とシャーペンを頭に当てながら、問題集とにらめっこをしている。
もちろん机に向かって顔をしかめる、その愛らしい姿に授業中も通して毎度癒されていることは言うまでもない。
隣の席にしてくれた真嶋先生にはマジ感謝。
「あっそういや、ここに来たの途中からだけどテストって……大丈夫なの?」
「前の学校と範囲変わんなかったから、全然大丈夫だよ!」
少し気になっていたことを問いかけると。
東雲さんはこちらを向いて、にへっ、と破顔した。
彼女の場合、学期の途中に転校してくるという二次元的ばりに特殊な転校の仕方をしてきたからどうなるんだろうと思っていたけれど、彼女曰く問題ないらしい。
会話を終えて、再びサク〇ードに顔を落とす東雲さん。
やっぱり真面目ないい子である。
「で、もうお一方も……」
黙々、という言葉がピッタリといった風に速水部長もノートと問題集を広げて問題をサクサク解いていっていた。問題を解いているはずなのに、問題集のページをめくるスピードが尋常じゃない気がする……。手の運動といった感じに、問題を解いてはページをめくり、問題を解いてはページをめくり……という動作を繰り返している。
恐るべし速水部長。
これが、鷹ノ森高校の学年トップの実力……。
彼女の勉強法にすごいを通り越して、畏れさえ抱いていると。
「な~に、遊馬。あんたもしかしてテストにビビってんじゃないでしょうね?」
毎度おなじみ。
はは~ん、と煽るような声とジト目でこちらを見つめてくる、ミスター赤点。
「私は、ミスよ、ミス!」
俺からのフリにもばっちりと答えてくれる、ミス赤点。
「さっきから赤点赤点うるさいわね!」
「だって、事実だろうが」
思い返せば小夜のやつ、学年末試験で赤点を6、7個取ったんじゃなかったっけ。因みにうちの赤点基準は平均点の二分の一だから、彼女がどれだけ凄いかを物語っている。
よく全体の教科の半分も赤点採れるよな。
「せ、先輩……」
「み、見ないでぇ……楓くん~~‼」
俺達のやり取りを耳にしていた楓が、本から顔を上げた。
その瞳には、悲しみの色が……。
いつもおもちゃにして遊んでいる彼からの、容赦のない瞳に顔を覆う小夜。さすがの彼女もお気に入りの彼からの視線は突き刺さったようだった。
「楓もこうなっちゃダメだぞ?」
嘆息しながら彼に忠告する。
うちのテストは、俺から見ても大して難しい方じゃないと思う。だがそれ故に油断してノー勉で試験に臨んで地獄を見るバカもいるんだよな。
どっかの誰かさんみたいに。
「ぼ、僕も……勉強します!」
俺からの忠告に素直に従う楓。
早速本を鞄にしまって、代わりに勉強道具を取り出した。
「か、楓くんまで…………⁉」
その光景を見ていた小夜が絶句する。
これで、部室で勉強してないのは俺と小夜だけだ。
まぁ俺は今からしようと思ってたから、実質的には彼女だけということになるが。
「お前はしないのか?」
俺もサク〇ードを取り出す傍ら、彼女に問いかけると。
「わ、私しか、この聖域を守れる者はいないっていうの…………⁉」
などと芝居がかった態度で何やら一人ブツブツと呟いていた。
聖域って……こいつが何を聖域としているのか俺には皆目見当がつかないし、見当がつきたくもないが、敢えて言っておく。
みんな真面目にやってるだけだからな?
勉強やらない自分イケてるとか、勉強やってるなんてダサいわねとか思ってるのかもしれないが、それ全然カッコ良くないからな?
「だからお前も真面目に……」
今回は小夜も痛い目を見ないように、心優しき聖人である俺が優しく手を差し伸べようとしたのだが。
「私は、まだ勉強しないんだから!」
テスト勉強なんて一週間前からで十分よ!と高らかに部員に宣言する。
どっちみち2日後から始めるんなら今日から始めろや、とは思ったし、お前は一週間前からでもテスト勉強したことなかっただろ、というツッコみも喉元まで出かかったが。
これは、けんもほろろというやつで。
変に勉強しないことに意地を張ってる彼女を俺は放っておくことにした。
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