第18話 行き遅れるとこうなります。

 30分前。

「青島君、何このキュンキュンする小説は⁉」

 ほぉー、と鼻息荒くスマホを覗き込む真嶋先生。

「いや、そういう感じのやつなんで……」

 俺の声など聞こえていないように、ドンドンとスクロールしていく。

 思いのほか、真嶋先生と『新月さん』が合っていたようだった。読み始めて30分近く経つが、まだ小夜にスマホを返す気配がない。

「はぁ~、私にもこんな青春が……」

 などとブツブツ呟きながら読み進めていっている。

 日頃の欲求不満が声に出てますよ。

 嘆息しつつ小夜の方を見ると、彼女もここまで長くなるとは思わなかったのだろう、スマホが返ってこないことに少しソワソワしていた。

「真嶋っち、そろそろ…………」

「あっ、店員さん。ビール一つお願いします!」

 小夜が声を出したのと同時に、通りかかったウエイトレスさんに注文する。

 って、おい。

 あんた何頼んでんだ。

「何よ、ビールぐらい飲まなきゃこんな青春小説読んでられないわよ」

 さも当たり前のように反論する真嶋教諭。

「曲がりなりにも、今日は歓迎会ですよ!生徒がいる前でビールなんてそんな……」

「固いこと言って~。ちょっとぐらい大丈夫よ」

 俺の忠告もどこ吹く風。

 すぐに運ばれてきたビールをゴクゴクッ、と飲み干す真嶋真紀、30歳。

 彼氏なし歴=年齢というのも頷ける。

「青島君?」

「はい、ごめんなさい」

 もう心を読むのにも慣れた俺は、冷たい満面の笑みに平謝りをしてやり過ごす。

 彼女から目を背け、肘をついた俺は大きなため息をついた。

 もう、どうなっても知りませんからね――。

 で。

 現在に至る、と。

「お酒弱いんなら飲むなよな、本当」

 ふにゃふにゃと寝言を漏らす担任に嘆息する。

 真嶋先生が酔いつぶれたのは、ビールを2・3口飲んだ後。急に「わらぁし、眠たくなっちゃった~」と甘い声を出したかと思ったら、座席で小さく丸まって眠っていた。

「うぅ~……教頭せんせ~」

 ずっと教頭先生に怯えてるな。

 バスケ部のクラスメイトが愚痴ってた(教頭先生が顧問をしてる)けど、見た目は安西先生なのに、めちゃくちゃブチギレるらしい。「諦めたら、ただじゃおかんからのぉ!」が口癖ということも聞いた。

 恐ろしいこと、目の前で酔いつぶれている担任の比じゃない。

 相変わらず、ふぅぅ~~、と顔色を悪くして震える真嶋教諭。

 本当何したんだ。

「そろそろお開きにしたいんだけど……」

 部長が腕時計を確認する。

 時刻は9時を少し過ぎたところ。

 終わるのにちょうどよい時間だった。

「せんせ~、起きてくださ~い」

 明日も学校があるし、こっからの延長戦はごめんだ。何としてでも先生を起こさないといけない。

 だが、やはり先生が目を覚ます雰囲気はない。

 こうなれば、最終手段しかないのか……。

 重々しい空気を纏った俺は、緊急の手段を部長に提案した。

「……このままほっときますか?」

「うーん……さすがにそれは出来ないかな……」

 部長も一回考える素振りをみせるが、却下する。

 いくら何でもそうですよねー。

 三十路の女性を一人残しちゃダメですよね。

 酒に飲まれたダメダメ人間だとしても、一応彼女は文芸部の顧問である訳で。さすがに一人ファミレスに残して帰る訳にもいかなかった。第一、小夜以外の文芸部の痴態をファミレスに放置することなんてできない。

 何度も体をゆさゆさと揺さぶるが、「ふにゃ~」という気持ちよさそうな寝言が返ってくるだけでやっぱり起きる気配がない。

 こうなったら、本当に最終手段だ。

「あっ、あそこに斎〇工が」

「な、何ですって⁉」

 はやっ。

 起きるのはやっ。

 授業中、よく言っている一番の推しの俳優を耳元で囁いた途端、彼女はさっきまでのだらしなさが嘘のように、目を輝かせて飛び起きた。

 これじゃあ、ただの茶番じゃないか。

 呆れる俺達をよそに、どこ、斎〇工どこっ⁉とあたりをキョロキョロと見回している。どんだけ彼のことが好きなんですか。

 そろそろ現実みた方が良いですよ?

 寝起きの顧問に冷たい視線を送る。

「……あ、あなた達、何で死んだ魚のような目で私を見てるの……?」

 俺達の視線に気づいた彼女は、ビクッとしたように肩を跳ねて。

 恐る恐るといった感じで問うてきた。

「我々に何か言うことはありませんか」

 突き放すように、何の感情も入り込んでいない声音で顧問を問いただす。

 その言い方に真嶋先生も少しおののいたようだったが、まだ状況が理解できていないようだった。

「…………と、いうと?」

「俺達、先生が起きるの待ってたんですけど。もう一度言います、俺達に何か言うことはありませんか?」

 部員全員で詰め寄る。

 その迫力にさすがの真嶋教諭も体を小さくさせ。

「…………ご、ごめんなさい」

 しゅん、と元気のない声で謝った。

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