第16話 テンプレ対応、乙です
一通り用意したゲームも終え、みんなが一息ついていた時。
東雲さんがおもむろに口を開いた。
「そういえば、何で遊馬君はシマウマって名前にしたの?」
ペンネームの由来を尋ねられる。
あ~、それか。
そう言えば、他のメンバーからもあんまり聞かれたことがなかったな。
「俺の名前が青島遊馬だから、そっから島と馬をとってシマウマっていう感じかな」
「なるほどっ!」
大して面白くもないエピソードだけど、東雲さんはぱぁと目を見開いて合点した。ガッテンガッテン。
「東雲さんは……そのまんまだよね。ほたるだから@firefly」
「へへへっ、そうなんだよね。あんまりいい名前が思いつかなくてっ」
少し恥ずかしそうに照れる。
ほんと可愛いんだよな、こういうところ。
マジで天使だと思う。
「他のみんなはどんな名前にしてるの?」
周りのメンバーに顔を向け、それぞれにアカウント名を聞く。
「私は@amaameだよ~」
「ぼ、僕はっ……@babybreathです!」
「私は風鈴って意味で@windchimeかな」
三者三様に自らのアカウント名を告げる。
「へ~、やっぱりみんな凝ってるんだね~」
全員のアカウント名を聞いて、東雲さんは感心したように呟いた。誰に対してもリスペクトを忘れないその姿勢はフェデラーさながらである。
確かに、@windchimeとか@babybreathとかってシャレてるよな。まぁ、名前は言ってはいけない残りの一名からは俺と同じような匂いがしたけれど。
「何みんなで話してるの、私も混ぜて~」
お手洗いから帰ってきた真嶋先生も自分が三十路ということを忘れて、はしゃぎながら話に加わる。この人、ほんとキャピキャピしてるよな。
小夜の三十路が目に浮かぶよ。
「青島君、私の顔に何かついてる?」
そんな事を思いながら真嶋教諭を見ていると、急にこちらに微笑みかけてきた。しかし、その奥の眼差しは極寒のシベリアのごとく凍てついている。
この人超能力でも持っているのか。
「い、いえ……真嶋先生、今日もお綺麗だな……と」
「そう、ありがとう♪」
何とか取り繕うと、満足げな笑顔を見せる。
その仮面のように張り付いた笑顔に悪寒が走るが、それ以上先生は何かを追求することはなかった。今回は大目に見てくれるといったところか。
なんとか助かったみたいだ……。
ホッと心の中で息を吐く。
俺も一週間トイレ掃除を命じられるところだった。
真嶋先生との戦いはいつも命がけである。
だが、東雲さんはそんな緊迫したやり取りがこの数秒間の間で行われていたとは露知らず、いつものにこやかフェイスで、今話していたアカウントの話を真嶋先生に話し始める。
そして、一通り東雲さんが言い終えたところで。
「へぇ~、文芸部ってそんなことしてるのね!」
真嶋先生は興味深そうな声を漏らした。
心なしか、さっきの「青島君――」のくだりより一オクターブ声が高くなってるような気がするのは、多分俺の耳がバグっているだけだろう…………などと余計なことを思っただけで、「ん、どうしたの?」という顔をこちらに向けてくるんだから、たまったもんじゃない。
やっぱりこの人、超能力者だ。
触らぬ真嶋に祟りなし――俺は無言で微笑み返しておく。
だが、一難去って何もない訳がないというのが俺であることを自分がよく知っている。
「だからさ、真嶋っちも一緒に遊馬の小説よもー!」
無邪気に手を上げる彼女に俺はこめかみを押さえた。
ほらね?
こうなることは、アカウントの流れからもう見当ついてたよ。一円玉より軽い口をお持ちの小夜さんが、東雲さんの時と同様、俺の小説を大々的にバラすことくらい。
「え、青島君、その小説サイトで小説書いてるの?」
「ええ、まぁ……書いてました…………」
今は書いてませんけど……とそのあとに続けて強調する。こうすることで真嶋先生に「もう書いてないのだから読まなくていいですよ」ということを暗に伝える作戦だ。
さっきまでの超能力を使えば、俺が思ってくれてることなんてすぐに察してくれるはず。
さっきは怖い思いをさせられたが、仮にも彼女は文芸部の顧問であり俺の担任だ。可愛い生徒が嫌がることは絶対にしないはず。
「私にも読ませてほしいわ」
はい、フラグ回収完了~。
お疲れ様~。
今回はすぐに回収できたから、ほんと楽だわ、助かるわ~。
これで俺に救いがあればなお助かるんだけど。
「で、でも……たかが俺が書いた小説ですよ?」
自分の小説のネガティブキャンペーンを始める。自分で言ってて少し悲しくなるが、さすがに背に腹は代えられない。どうせ無駄だと分かっていても、最後まであきらめない。助からないと思っても、助かっている精神が大切なのだ。
そうすれば、いつか必ず報われる日が……。
いや~、あまり読んでても面白くないと思いますよ~、とやんわりと読んで欲しくないという意思表明をしていると、まさかの隣の席から声が上がる。
「遊馬君の小説、とっても面白いよ!」
その鬼気迫った声にギョッとして、横を見るといつも笑顔の東雲さんが怒ったように眉を吊り上げて俺を見上げていた。
し、東雲さん……?
「遊馬君ってさ、自己評価低いよ!」
「えっ……いや…………」
「私、ずっとシマウマさんの小説、楽しいって感想送ってたよ!私以外にも、遊馬君の小説を楽しみにしてた人も絶対にいる!だから、もっと自分の小説に自信持ってよ!」
熱弁をふるう東雲さん。
それまでの雰囲気を一変させて彼女は俺の小説の良さを言ってくれる。
あっ……東雲さん、俺の小説のガチ勢だった。
唯一の部外での読者。何の他意もなく、純粋に俺の小説が面白かったからこそずっとフォローしてくれた彼女にとって、作者が『新山君と秋月さん』を悪く言うことに耐えられなかったらしい。
いつも温厚な彼女がほっぺたを膨らませてむくれている。
可愛い……。
こういう東雲さんもありだな、うん。
「聞いてるの、遊馬君っ!」
ボーッとしてるのがバレて、一喝される。
ごめんなさい、見とれてました。とは、さすがに言えないので。
「ごめん、ちょっと言い過ぎたかも」
素直に自分の非を認める。
自分も好きな小説をボロカスに言われたら嫌だもんな。
かといって、真嶋先生に読んで欲しくない気持ちは変わらないまま。
「どうして、私にだけ見せてくれないのよ~」
見せてよ~、と小夜っぽいテンションで俺の腕を引っ張ってくる。さすが小夜と仲が良い(?)だけあって、小夜のようなダルがらみだ。やっぱり仲の良い友達からって影響受けやすいよな……あれ、この人先生だよな?
俺達の担任だよな?
「いや、だって……先生、国語科じゃないですか」
「ふふっ、日本語の揺れは許さないわよ☆」
どこから取り出してきたのか、硬派に見える眼鏡をチャキっと装着した真嶋先生は、「私の専門は現代文だからねっ!」とウインクをかましている。
だから見せたくないんだって。
「は~い、真嶋っち。これが遊馬の小説ね~」
「ありがと、雨宮さん♪」
「おいっ」
俺が見せるのを渋っていると、小夜は自分のスマホを先生に渡した。俺の制止も構わず、先生はスマホに目を落とす。
作者は許可してないのに……。
「結局見せちゃうんなら、変わんないでしょ」
うじうじといじける俺に小夜は呆れたとばかりにため息をつく。
そうかもしれんが……。
「遊馬君の小説が面白いのは、間違いないよ!私が保証するからっ!」
幼馴染が悲しんでいるのを面倒くさそうに眺める小夜とは対照的に、東雲さんは落ち込む俺に優しく慰めてくれる。
胸をポンと叩いて、任さなさいというポーズをとっておどけてくれた。
やっぱりこの子は天使だわ。
どこぞの悪魔と格が違う。
「私も天使だぞ~」
「お前はどう見てもガブ〇―ルよりだけどな?」
「何ですって!」
俺の喩えに即座に反応する。そして「いつも私をバカにして…………ラッパ吹いてやるわよ!」というボケまでかましてきた。
こいつ絶対アニメ見てただろ。
ボケにボケで返された俺は、はぁ~、と気だるげに息を吐いて。
「お前も大概オタクだよな」
絶対オタクとは認めない小夜に、引導を渡す。
俺のボケについてくるとか、こいつ絶対に俺かそれ以上のオタクだろ。
「な、何を言ってるのかしら~?」
ふゅ~ふゅ~、とならない口笛を吹く。
図星を突かれた小夜は、これまたテンプレ的な対応を見せた。
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