第12話 小夜の本心

 みんなと駅で別れ、小夜と二人だけになった帰り道。

 彼女はおもむろに口を開いた。

「ねぇ、遊馬。ほたるんのためにも早く新作書いてあげなよ?」

「またその話か……」

 部活と同じ話題も持ち出されて、はぁ~と肩を落とす。部室の中で終わった話を何度も掘り返さないでほしい。

 俺だって気にしてるんだから。

「なかなか、いいイメージが思いつかないんだよ……」

「いいイメージねぇ……確かに難しいかもね」

 一瞬、同意してくれたような声音になるが。

「でも……シマウマ先生なら書けるでしょ?」

 期待しても意味がないので特に期待はしていなかったが、案の定いつもの彼女に戻った。俯く俺を覗き込むように体を曲げ、悪戯っぽい眼差しを俺に向ける。

 俺が悩んでいることが、さも楽しげだ。

「からかうなよ」

 毎度おなじみ、小夜へのため息を発動する。

 これが始まって、俺のため息……というかみんながため息をつく原因の9割は小夜だと思ってるんだが、俺の考えすぎだろうか。少なくとも俺は、彼女にため息をつくことさえうんざりしているくらいだ。

小夜にはしっかり猛省してほしい。

「からかってないって~」

 信じてよ~、と甘えるように俺の肩に体を預けてくる小夜。

 あっ、こいつ絶対からかってやがる。

 誰がお前の代わりに小説を書いてやったと思ってるんだ、この恩知らず。

「あのな、簡単に小説を書け書けっていうけど、そんな簡単なもんじゃ……」

「私も早く読みたいし~」

 俺の言葉を遮り、さらに催促する。

 ほんと、軽く言うよな。

 イメージが浮かんだとしても色々大変なんだぞ……。

 起承転結を考えるだけでも結構頭使うんだから。あと、ただでさえ想像力が凡人レベルな俺が『新山君と秋月さん』を一年間も連載したせいで、シチュエーションとかのアイデアはほとんど出し尽くしてしまってるし。

 新しい小説のいい案が思いつく気があまりしないのが今の正直な感想だ。

「それじゃあさ、『新月さん』の番外編とか書いてみたら?新しい小説を書くよりは書きやすいんじゃないの?」

「まぁ、確かに……」

 俺もそれは考えた。

 新たな小説を書く上で一番手っ取り早い方法。それは、元々ある小説に新たな物語を追加することだ。それだと、新たにキャラクターを考える必要もないし、今まで書いてきた小説だからどんなキャラか勝手が分かっている。

 一回書き始めると、世に言う「キャラが勝手に話し出す」じゃないけど、流れに乗って思いのほかうまく進むことだってあるし。

 だから番外編を書くことが効率的には一番いいんだけど……。

「でも、一度完結させた小説をもう一回復活させたくないというか……」

 自ずと、口数も少なくなってしまう。

 ちょっと言いづらい。

 なんで書きたくないか、その理由が自分でも変わってるな~って分かっているから、ごにょごにょと曖昧に告げた。

「遊馬ってさ、変な所にこだわり持ってるのね~」

理由を聞いた小夜は少し呆れたようだった。自分でも気にしていることになんの躊躇いもなく刃を突き立てる。

 いや、変な所にこだわりを持ってるのは自覚してるけど、ちょっとはこの気持ちを理解してほしい。なんていうか『新月さん』のあの世界はそのまま残したいっていうか……変に新しい話を書いて違うような雰囲気になったら嫌というか…………。

 上手く言葉にできないけれど、『新月さん』はあのまま手を加えずに置いておきたいっていう気持ち。

「それじゃあ、やっぱり新しいのを書くしかないのね~」

「まぁ、そういうことになるな……」

 はぁ~、と茜色に染まった空を見上げる。

 最近ため息しかついてない気がする。

 5月も半ばということもあって、憂鬱な俺を励ますような爽やかな風が頬を駆け抜けていった。

 なんかいいネタないかな~。

 適当にあたりを見回すが、そこには通学路の見慣れたものしかなく。想像力豊かな人なら、そこから連想して何か面白い話を思いつくのだろうが、俺の場合は実際に面白いことが起こってくれないと何も思いつかない。

 創作って難しいよね。

「――ねぇ、遊馬」

 俺が頭をひねらせていると、彼女が突然俺の前に立ち塞がった。らしくない、真面目な口調で俺の名前を呼び、対峙する。

 きゅ、急にどうした?

 突然の彼女の行動に戸惑ってしまう。

 最初はいつもの悪ふざけとかかと思ったが、俺をまっすぐに見つめるその様子からはそんな雰囲気は感じられなかった。いつもの――所謂ゆるバカが前面に押し出された雰囲気とは似ても似つかぬ、ちょっとシリアスな雰囲気を纏っている。

 急にどうしたんだ、本当。

 さっきまでとは様変わりした小夜を見つめる。

 まさか、お前……ベビーにでも操られてしまっているのか?

 それとも、小夜・オルタにでもなったのか?

 もしオルタになったとすれば、こっから魔法戦争が始まることもあり得るけど……もしこの小説がバトルものになったとしても、いつぞやのハチャメチャハートフル日常系ファンタジーバトル小説になるのだけは絶対ゴメンだからな?

 すると、小夜は小さく息を吸い込んで。

「大変なのは、分かってる。でも……頑張ってよね」

 いつもよりワントーン下がった、囁くような声で小夜は俺にエールを送ってきた。

 何を言うのかと思えば……まさかの真面目に応援されるやつかい。

 思わず心の中でツッコんでしまう。

 これは正直予想外だった。

 俺を真面目に応援してくれようとは、小夜もいいとこあるじゃないか。いつもはちゃらんぽらんな感じで「頑張れ~」を連発する彼女からの真面目な「頑張れ」に少しは俺も気持ちが上がるというもの。

 ただ、疑問は残る。

「ありがと……でもなんで急に?」

 急に真面目モードに切り替わったことを聞くと。

「私も遊馬の小説、案外好きだからさ」

 早く読みたいのは本当だから、と小夜はしおらしい口調になってそう言った。言いたいことを言い終えると、すぐさま俺に背を向ける。

 うわっ……小夜がデレた。

 こいつがデレるとこ初めて見たかも。

「案外、お前も可愛いとこあるんだな」

「う、うるさいわねっ!私がここまでお願いしてあげたんだから、絶対に新作書きなさいよねっ!」

 そういうと再びプイッと顔をそっぽに向ける。

 ほんと素直じゃないんだから、とそんな彼女の態度に思わず苦笑してしまう。高飛車な口調の中にも、どこか優し気を感じる。

 でも――頑張らなくちゃ、な。

 さっき彼女に言われた言葉を思い出す。

 日頃はああは言っていても本音では応援してくれている……その気持ちを知った俺は、東雲さんだけでなく小夜のためにも新たな小説を書こうと心に決めた――なんて美しいオチをつける訳がなく。

 俺は日頃の仕返しとばかりに、帰宅するまでデレた小夜をイジリ倒してやった。

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