第二章 テストに関するエトセトラ

第11話 あの……東雲さん?

「あ、あの…………東雲さん?」

「な~に、青島くんっ?」

「………圧すごいです」

 ジーッという彼女からの視線に耐えかねて、東雲さんに向き直る。これじゃあ読書どころではない。彼女の視線が気になりすぎて、正直本の内容も全然頭に入ってこない状態だ。

 てか、何を読んでたっけ、と表紙を見ると『すぐに分かる!心を平静に保つ方法』という文芸部に似つかわしくない本だった。本棚に合ったのを適当に取ったのだが、誰が持ってきたんだ、全く。

 少し躊躇いつつ東雲さんを見る。

 すると案の定。

『新作まだなのっ?』

 という熱烈な瞳で俺を見つめていた。自分が思っていることを何も隠そうとしない純粋な瞳。目は口程に物を言う、とは言うが、口以上に訴えかけている。

 まるで憧れの選手を見つけた時の野球少年のような無邪気な笑みを向ける東雲さんに、俺は小さく息を吐いた。

 最近、こんな日がずっと続いている。

 東雲さんが@fireflyさんだったことが分かって以来――東雲さんから見れば、俺がシマウマだと分かって以来、俺は彼女から毎日のようにものすごく期待に満ちた眼差しを向けられるようになっていた。

 キャハァァァ~!という言葉がぴったりなほど星がちりばめられた瞳を。

 まぁ、それは嬉しくはあるんだけど。

「新作楽しみにしてるよっ!」

「ハハハ……ありがとうございます」

 毎度のごとく、彼女からのこの一言が胸に突き刺さる。対して俺はといえば、情けなくも期待を持ってくれている彼女の言葉にただ頬を引きつらせることしかできなかった。

 新作……か。

 口の中でその言葉を反芻する。

 期待してくれているのは、もちろん嬉しい。

 だって、俺が小説を書いているときに心の支えになってくれた人だから。いつも俺の小説を面白いと言って読んでくれた人だから。最後にもらった感想なんて、何度読み返したか分からないくらいだ。

 そんな彼女のためにも新しい小説を書いてあげたい。

 だけど。

 嬉しい気持ちだけじゃ、小説は書けない。

 やっぱり、ちゃんとしたプランがないと……行き当たりばったり進めてしまえば、最初は書けていてもどこかで必ず詰まってしまう。だから行き当たりばったりにならないように、小説は最初に計画を立ててそこから地道に書いていかないとダメな訳で。

 と、4行使って俺は何が言いたかったかと言うと。つまり、今の俺には小説の計画を立てることなんて「無理、絶対無理……」という状態にあるいうことだ。

 もちろん俺も最初は、彼女からの要望とあらばすぐにでも新たな小説を書くぞ!と雄雄しく思ってはいた。いたんだけど…………実際、本腰を入れようとしたら現実はそう甘いものじゃなかった。

 後から冷静に考えれば当たり前のことで。俺みたいな凡人に小説をポンポン生み出せるだけの創造力が備わっているはずも訳なく。『新山君と秋月さん』を書き終えてからは、「いざ書かん」と勇ましくパソコンに向かっても一文字たりとも小説を書くことができないでいた。

 だから、新作を書ける見通しなんて全く立ってないんだけど……。

 小夜と違って毎日こうも純粋な期待をしてくる彼女に、簡単に「書けない」とは言えないし言いたくもなくて。

 いつもうやむやに誤魔化していた。

 そういうと東雲さんは「そっか!」とだけ言って引き下がってくれるんだけど……何回このやり取りをしたのだろう。

 言うたびに、俺の中にある良心が少し痛くなった。

 そろそろ本当に書かないと……。

 彼女は一年間、ずっと俺の小説に期待してくれ続けていたんだ。そして今も、連載していた時と変わらない、いや、それ以上の期待をしてくれている。

 東雲さんに期待だけ抱かせている訳にもいかない。

 最近は机に座って考えることも無くなっていたけれど。俺の脳みそに何かがおりてくる奇跡が起こることを期待しつつ、俺が気持ちを入れ直した。

「あれ~、またほたるんをあしらってるの?」

 が、そんな俺の気持ちを挫くように。

 さっきまで静かに読書をしていた小夜が横から茶々を入れてきた。

 いつも通りのニヤニヤ顔で、俺を煽ってくる。

 やっぱりこいつが黙ってるわけないんだよなぁ……。

 小夜にダル絡みされた俺は、周りに憚る事無く盛大に一つ大きなため息をついた。小夜に思いっきり聞こえるようについた。

 こいつがいるせいで、士気も下がるんだよな、本当。

 早く、たこ焼き部にでも転部してくれ。

「ったく、小夜。お前なぁ……」

「ため息なんかついてもダメよ、シマウマ先生?」

 ふふっ、とウインクするが全くもってときめかない。ここに部長がいてくれたら、小夜をたしなめてくれるのかもしれないけれど、あいにく部室には今のところ部長だけが来ていなかった。

 お前のために小説を書いてやったんだぞ。

 その恩を忘れたか。

 ガルルルル…………と威嚇するような睨みを小夜に向けると。

「やだ、シマウマ先生がライオンみたいに睨んでくる~、怖いよ~楓くん~っ!」

「ふ、ふわぁ⁉」

 睨まれたことに対して大袈裟すぎるリアクションをとると、隣に座っている楓にギュッと抱きついた。今回はさすがに飛び火しないだろう、と読書に没頭していた楓は、虚を突かれて女の子のような高い声を出した。

「かっわいい~~楓くんっ!」

 その声を聞いてさらに小夜がぎゅぅうと楓を抱きしめる。

 ああ、可哀そうに……。

 でも、まぁ俺は助けないでおこう。楓に夢中で小夜は俺のことをすっかり忘れているようだし。わざわざ掘り返すような真似はしないのが鉄則だ。

 すまん、楓。

 小夜の好きなようにされる楓がちゃんと成仏できるように手を合わせておく。

 チラッと横を見ると、東雲さんは読書に夢中になっていた。

 結構、精神が図太いとこあるよな。

 小夜と楓がワーワー言っているのに、我関せずという立場でページをめくる。ふふ~ん、と愛らしい鼻歌もしているあたり、さすがである。

 これは、楓と文芸部二大巨頭が誕生したのかもしれない。

 微笑ましく東雲さんを観察している間も、抱き着き続けようとする小夜と何とか逃れようとする楓の攻防が続いていた。

 この二人だけを見て、誰がこの部室を文芸部と予想できるだろう。毎度のごとく、文芸部なのに騒がしく(原因は小夜)なってきたな。

 そろそろ止めに入ろうかと思っていると、おもむろに部室の扉が開いた。

 救世主の登場か、という眼差しで扉に目を向ける。

「また、騒がしくしているね」

 すると案の定、現れたのは速水部長だった。

「これじゃあ、文芸部としての顔が立たないな」

 凛とした相貌に苦笑を浮かべて、件の二人を眺める。

「あっ、部長お疲れ様で~す」

「た、助けてください、部長~~⁉」

 部長がきたことを認めるなり、二人も挨拶をする。まぁ、片方に関しては挨拶というより救助要請といった感じだけど。

「雨宮さん、あまり小鳥遊君に構っちゃダメだよ?」

「分かってますよ~」

「じゃ、じゃあ離してっ、離してください~⁉」

 部長に言われた手前、渋々楓を腕の中から解放する小夜。解放された楓は、顔を真っ赤にして息を切らしつつも、ホッと安堵の表情を浮かべている。

 一方、東雲さんは部長が来たことにも気づいてないようだった。

 何たるマイペースの持ち主……。

「そういや、部長。今日は遅かったですけど、どうしたんです?」

「ああ、ちょっと生徒会に用事があってね」

 そういう部長の顔は何だか満足げだった。

 生徒会は去年でやめたはずだから、どんな用事があったのだろう。

 部長が訪れた際の森川会長が目に浮かぶ。

 会長、速水部長が来てめちゃくちゃ喜んだだろうな……。生徒会をやめてからは生徒会にも顔を出してない、って前に言ってたし。ということは、数か月ぶりの生徒会だったはずだ。

 部長目当てで生徒会に入ったともっぱらの噂である会長(もちろん凛様信者の一人)のことだから、もしかしたら涙を流して喜んだかもしれない。

「森川会長、忙しそうでした?」

「ま、まぁ……いつも通りと言ったところだったよ」

 やれやれ、と気だるそうに両肩を回す。

 心なしか頬も引きつっている。

 ああ、これ会長にめちゃくちゃ絡まれたパターンだな。「お茶、どうぞ!」「お菓子差し入れしてもらったので、食べていきませんかっ⁉」などと、ハイテンションでおもてなしをしようとする彼女の顔が容易に想像できた。

 通りで部活に来るのが遅かったわけだ。

 あの人、俺みたいな隠れ凛様ファンじゃなくて、もろに「凛様、大好きです!」っていうオーラを醸し出してるもんな。凛様を見つけたら、もう居ても立っても居られないっていうか。

 楓でいう、小夜みたいな感じ?

 一度、部長と二人で話しながら歩いてたのを会長に目撃されたときは、ものすごい形相で睨まれたもんな。今思い出しても、身の毛もよだつ怖い話だ。

 また部内で怪談話をする機会があったら、それを披露しよう。

「大変だったんですね……お疲れ様です」

「悪い子じゃないんだけど……でもまぁ、経費を取ってくることは出来たしね」

 すると部長は、誇らしげに目を細めた。

「経費、ですか?」

 それが生徒会に行ってきた理由だろうか。

「そう、経費。二人の歓迎会をするための、ね?」

 ああ、そういうことか。

 部長に言われて、合点する。そういえば、もう5月なのに歓迎会をしていなかった。

 歓迎会をするにあたっての費用を生徒会に出してもらえるように交渉してきたという訳か。会長も速水部長の頼みとあらば、絶対断らないしな。

「生徒会とのパイプが生きたよ」

 さすが、前生徒会長。

 我らが文芸部の誇りです。

「えっ、歓迎会するの?いついつ?」

 真っ先に歓迎会というワードに飛びついてきたのは、やはり小夜だった。というか小夜以外は読書しちゃってるし……いや、文芸部だからそれでいいんだけどね?

「明後日の夜にしようと思ってるんだけど、主役の二人に聞かないと。東雲さんは明後日でも大丈夫かな?」

「あっ、はい!明後日は大丈夫です!」

 声を掛けられた東雲さんは読んでいた本から顔を上げて笑顔で答える。

 う~ん、可愛い……。

 もう彼女が何かするたびに、条件反射のようにうっとりしている気がする。これは俺がかたなし君になる日も近いかもしれない。

「じゃあ、小鳥遊君は明後日の予定はどうかな?」

「あっ……ぼ、僕も大丈夫ですっ!」

「それじゃあ、日曜の夜6時に駅前のファミレスに集合にしようか」

 無事、明後日に歓迎会が開催されることに決まる。

 でもなんで、明後日にしたんだろう。

 聞こうかと思ったが、小夜が部長に話しかけていたのでやめておいた。

 あと、ファミレスはワグ〇リアではなく、コ〇スだったことも追記しておく。

 

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