第10話 現実は小説よりも奇なり

「あぁ~、なかなか取れない……」

「フ、フフフッ……よ、よく似合ってるわよ、遊馬っ……」

「お前はホントに笑いすぎな?」

 トン、と軽く彼女の頭にチョップを入れると、小夜は小さく声を上げた。

 油性ペンってなかなか強力なんだよな……これどうするよ。

 頬に引かれた直線を見てため息をついていると、先ほどまで東雲さんと話していた速水部長が嘆息しながら俺達の方に近寄ってきた。

「今度からは、気を付けるんだよ二人とも?」

 そうだそうだ、と小夜を見て俺も加勢するも部長の言葉に思わず聞き返す。

「……えっ、俺もですか?」

「もちろん青島君、君もだよ。途中からノリノリだったじゃないか」

 え~、そんなぁ。こんなの理不尽だよ。

 不可抗力ってやつですよ。

「部長、ごめんなさ~い」

 一方で小夜は謝りなれた口調で両手を合わせ「てへ」っと舌を出してウインクした。その反省の色が全く感じられない仕草に部長はこめかみを押さえる。

 会長職から解放された後も部長、大変だな。

 俺なら間違いなくこいつを張り飛ばしていた。

「でもまぁ、東雲さんが入部してくれるらしいから良かったんだけど」

「えっ、そうなんですか?」

 まさかの急展開。

 こんなハチャメチャ文芸部に東雲さんが入部してくれるだって?

 彼女に顔を向けると、東雲さんはニコッとして首を傾けた。

 あっ、可愛い…………ってそうじゃない。

 ここまでの流れを東雲さんは本当に見ていたのだろうか。相当、というか全く入る気が起きないのが普通のような気がするんだけど。

 楓以外本読んでなかったし。

 少なくとも俺だったら、小夜が鬼ごっこを始めた時点で帰ってた。

「な、なんで、入ることにしたの?」

 もちろん入部してもらうに越したことはないのだが、「無理に入らなくてもいいんだよ?」と軽いフォローを入れる。

 しかし彼女は首を横に振って。

「だって、楽しそうだったもん!」

 無邪気に破顔して答えた。

 そう、それならよかった…………と胸を撫で下ろす。

 東雲さんって読書好きなんだ。じゃあ、文芸部に来てみない?――こんな文句で文芸部に誘ったはずなのに、いざ来てみると部活でやってたのが鬼ごっこなんて……冗談にもなってなかった気はするけれど、逆にそれがよかったのかもしれない。

 ひとまず結果オーライと言ったところか。

「それじゃあ改めてこれからよろしく、東雲さん」

「うんっ、よろしくね青島君!」

 俺の顔を見上げてはじけた笑顔を見せる東雲さん。

 見上げられた瞬間、彼女の可愛らしさに背中が一瞬ゾクッとした。あっ、何だか小鳥遊(かたなし)君の気持ちも少しだけわかったような気がする…………で、でも、ほんの少しだから、a littleだから!

 俺が邪念を振り払っていると、小夜が間に割り込んできた。

「私もいるよ~」

「あっ、雨宮さんもよろしくね!」

「ねぇ、おんなじ部活になったんだし、私のこと小夜でいいわよ。これからよろしくね~」

「じゃあ私のことはほたるって呼んでね、小夜ちゃん!」

 小夜のやつ、さりげなく距離を詰めてやがる。

 東雲さんから下の名前を言われるなんて………そんな羨ま……い、いや俺はかたなしくんじゃない、かたなし君じゃない……。俺の中の小っちゃいもの愛みたいものが目覚めそうになるのを何とかこらえる。

「……よ、よろしくお願いします先輩」

「楓君だよね、よろしく!」

 あっ、苗字の方で呼ばなかった。

というか名前をちゃんと覚えてたんだな、東雲さん。

 おずおずといった感じで話かけた楓に、彼女は少しお姉さんのような雰囲気を纏って笑顔を見せる。

 なんか、姉弟みたい。少し照れた楓とニコニコと楓を見つめる東雲さんが好対照となって、なんだか微笑ましかった。

「新生・鷹ノ森高校文芸部だね」

 東雲さんがそれぞれと挨拶を交わし終わると部長は周りを見渡して目を細めた。

 部員4名というめちゃくちゃ弱小部活だった分、そこに一人が入っただけでもとてつもなく大きな変化だ。でも不思議と彼女が入ったと聞いても違和感というかそういうものは何もなくて。

むしろ、文芸部のピースがハマったようなフィット感を覚えてしまう。

「じゃあ、ほたるんが入った記念に遊馬の小説を……」

「一旦口を閉じようか、小夜さん?」

 天真爛漫にとんでもないことを言おうとする彼女の口を塞ぐ。

 こいつ口を開けるとろくなことを言わないんだから。

 あと、さりげなく「ほたるん」とか言いやがって。

 俺はその呼び方をまだ認めてないからな?

 東雲さんも部員になったからといって、わざわざ俺の完結した駄作を読んでもらう必然性は全くないし、読んで欲しくない。

 そんなもの読んでもらったところで、微妙な反応をされるのが関の山なんだから。

 俺としては、旧制・文芸部内での永遠の秘密として炊飯ジャーに封印しておくべきだと思ったんだけど。魔封波したのにわざわざ復活させるなんていう、バカげたことを考えるんじゃない。

 そうやって、きつく小夜も小説同様に封じ込めようとするが。

「あっ、青島君、小説書いてたの⁉」

 驚嘆の声を上げる東雲さん。

 ほら、聞こえてた……。

 俺はその姿に小さく息を吐いた。

 こういう場合「小説を…………」で食い止めたのだから「さ、小夜ちゃん、今何て言ったの?」となるのが普通だと思ったんだけど、ばっちり彼女の耳にも届いていたらしい。

 現実って厳しい……。

「ま、まぁ…………遊びみたいなもんだよ……」

 ハハハ……と彼女から視線をずらす。

 このまま彼女が引いてくれればいいんだけど、どうせそんなこともないんだろうな……、知ってる。

「私も読んでみたいよ!」

 ほらね?

「で、でも……駄作だし誰も読んでないっていうか……」

「ううん、どんなのだって読んでみたい!友達が書いてるってだけでワクワクする!」

 それって、これから弱みを握れるって意味でのワクワクかな?などとひねくれた見方をしてしまうが、東雲さんはいたって純粋無垢な瞳をこちらに向ける。

 小夜のような悪意を感じられないその眼差しが眩しい……。

 こ、これが……東雲さん!

「いいんじゃないのかな?君が思っているような作品じゃないと思うよ?」

「ぶ、部長まで……」

 俺が渋っていると、部長が横やりを出した。

 もしかして……これって。

 恐る恐る楓の方に顔を向ける。

「ぼ、僕も……先輩の小説、面白かったですよ?」

 ありがとう、楓……ってそうじゃなくて。

 絶望に打ちひしがれる俺をさらに突き放すがごとく、彼は包み込むような優しい笑みで死刑宣告をする。

 楓、お前もか。

 その優カワな笑顔と言ってることの残酷さのギャップがありすぎるだろ。メンバーの中で一番たちが悪いじゃないか。

「楓…………お前とは絶交だ」

「え、えええええっ、せ、先輩っ⁉」

 刮目して慌てふためく楓。

 いつもは遠慮しがちな彼には珍しくめちゃくちゃ声も張って、色々と弁明しようとしている。

 そんな彼をよそに俺は頭を抱えた。

 俺が多数派だと思ってたのに、このまま末代まで封印は続くものだと思っていたのに……!しかし俺の期待も空しくいざ蓋を開けてみると、4分の1だと思っていたのは小夜ではなく俺の方だったようだ。

 そんなにピッコロ大魔王を目覚めさせたいのだろうか。

 まぁ、封印が解けた所で犠牲になるのは俺一人だけなんだけど。

「わ、分かったよ…………」

 未だに期待の眼差しを向けている東雲さんの眩しさに根負けする。

 これで俺の弱みを握る人物がまた一人……。

 ふと、思ってしまう。俺がここに来て得をしたことって何かあっただろうか。小説を小夜に代わって書かされて、挙句の果てに完結してからも新部員、それも自ら勧誘した子にバラされて……あれ、ずっと損ばかりしているような気がする。

 俺がこの部活に来た意味って一体……。

「ワクワク…………!」

 すでに東雲さんはスマホを片手に俺が題名を言うのを待っている。ワクワクって、普通口に出すもんじゃないですよ?

 そんな期待しないでください、逆に言いづらいですから。

「早く言っちゃいなよ☆」

「お前はずっと黙っておけ……あっ、そうだ。お前のも見せちゃえよ?」

「えっ、小夜ちゃんも書いてたの⁉」

「そ、それはっ…………な、何でもないからっ!そ、そんなの書いてないからっ……うっ……遊馬許して~」

 東雲さんの眼差しに、小夜は俺に泣きついてきた。

 ホントお前、変わり身の早さだけは一級品よな。プリンセス天功も驚きだわ。

 これで許してしまうあたり俺も甘いんだけど。

「あ~、あと俺の小説って『新山君と秋月さん』ってやつね…………」

 さりげなく、本当にさりげなくこのどさくさに紛れて題名を告げる。

 聞こえてませんように、聞こえてませんように……。

 どうせ聞こえなかったところで、もう一度言う羽目になるんだろうけどできるだけ題名を知られるのを伸ばしたかった。

「えっ……?」

 案の定、彼女の口から声が漏れる。

 しかし彼女の発した言葉は、聞き返すときのような疑問に満ちた声色じゃなくて。むしろ、驚きとか戦慄したときに発する時のそれだった。

「ど、どうしたの……東雲さん?…………もしかして知ってた?」

 明らかに彼女の様子がおかしい。

 らしくなく顔から笑顔が一切消え、動揺を隠せていない彼女に尋ねる。

 サイトに登録したあるんだったら、もしかしたら俺の小説に一度目を通したことがあったのかもしれない。アクセス数はごく僅かとはいえ、東雲さんがそのごく僅かに入っている可能性だってあるのだから。

「えっ……と、大丈夫?」

 じゃなさそうだけど……。

 返事が返ってこないので、もう一度尋ねる。

 すると彼女は若干頬を上気させて。

「あ、青島君がシマウマさん……なの?」

 不安にも期待にも似た眼差しで真っすぐに俺を見上げた。俺のペンネームを思い出せるなんて、やっぱり俺の小説読んだことあったんだ……。

 そのことに嬉しさを感じつつも、その視線の圧に気圧されてしまう。

 すごい真っすぐに俺から視線を外そうとしない。

「えっ、ああ……そうだけど」

 すると彼女は小さく「やっぱり……」と呟くと一回、二回と大きく深呼吸して。

「わ、私っ……いつもメッセージを送ってた@fireflyです!」

 東雲さんは自分のアカウント名を部室に響くくらいの大声で告白した。

 へっ……?

 な、何かの聞き間違いでもしてしまったのか。

 @fireflyさんが、し、東雲さん……?

「ファ、ファイヤーフライ……さん?」

 もう一度彼女に確認する。

「は、はいっ……私が@fireflyです‼」

 感慨深そうに瞳を細める彼女とは裏腹に、俺は固まっていた。いや、俺だけでなくその場にいた残りの3名も時間が止まったように凍り付いた。

 見かねて東雲さんが心配そうに声をかける。

「あ、あの……だいじょ…………」

 それが合図だったかのように、

「「「「え、えええええええっっ⁉⁉⁉⁉」」」」

 俺達4人は同時に驚嘆の声を校舎中に響かせた。

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